第六十八話 調査の始まり

 ヒュースウィットと比べると目で見ても分かるほど閑散とした街並みに、人通りもそこそこの通路を私は1人で歩く。理由は単純で、あのヒュースウィット王国最強であるバカ剣士――シーボ・イオナに視線で調査を頼まれたからだ。


 私も一瞬の出来事にイオナの殺意なのかと勘違いを起こしたが、すぐに波長や重み、圧などの感覚が否定した。そして今、その発生源を見つけるために堂々と歩いては、気になるとこに足を運んでいる。


 しかし、一瞬とはまさに言葉通り。微弱すぎる圧から索敵するにも私では実力が少し足りない。ホントに少しだけ。なので一瞬を頼りに、似ている気派を扱う人間を探している。


 通り過ぎる誰もが私を知らない王国だからこそ、人前に出て悠々と歩ける。懐かしいこの気持ちを胸に足は止まることなく進んでいた。


 「あれも違う……あの人も違うか……」


 不自然なほどキョロキョロしてしまい、絶対に変人と思われる奇行でも、私は悔しさからそれをやめない。あとで何も得られなかったことに対してイオナに色々言われるのが嫌なのだ。多分それを軸に私は動いているかもしれない。


 イオナたちと別れて早15分程度。未だになんの成果も得られず、焦りはせずともどうしようかと考える回数は増えている。だんだんと人通りも増えてくることで、より精度の高い緻密な気派をコントロールして、探さなければならない。


 まったく、なんで私がこんなことを……。


 そんなことを思った時だった。私と変わらぬ身長をした男が刀を腰に下げており、正体を隠すために着たような茶色の薄めのローブの下に、しっかりとホルダーも確認出来た。彼は次の瞬間、誰か特定のものに対して絶対に殺めるという途轍もない殺意を込めた。


 それが誰へのものか、そんなことを把握する前に私は自動的に無意識に腰に下げたシルヴィア製の刀に手を掛けていた。彼が不審な行動をとるならその瞬間に動き出せるように。


 周りを見たところ、守護剣士も神託剣士も居ない。ならこの場を制圧出来るのは私だけ。他国の剣士だが、今そんなことはどうでもいい。考えるべきは死者を出すか出さないか、いや、見逃すか見逃さないかの2択だ。


 突然の殺意に落ち着きを持つのは慣れ。落ち着きをそのままに、私は一歩ずつ彼に近づく。何人も彼の前を後ろを通るが、ヤバいとは気付いてない様子。中々の手練らしい。


 そしてついに、彼の足と腕が動く。それは青果店を営む若い女性店主に向けてだった。確定した気持ちそのままに、すぐさま駆けよる。そう思った時、心配なんてどこか吹き飛ぶほどの出来事が目の前で起きていた。


 「すみませんお姉さん、ここの果物って何がオススメですか?」


 まばたきを1度すると、そこには居なかったはずの人間が、殺意をむき出しにした男性の肩に手を置きながら女性店主に向かって話しかけていた。


 それに驚きの表情を見せながらも、鞘から飛び出しかけた刀を収める男性。離れた私からでも分かる。莫大な量の圧が、どれだけ殺意を込める男性の抑止力になっているのかが。


 冷や汗をかき始めた隣でその異次元の天才はお姉さんと笑顔を使っていた。


 「それじゃまた


 彼はいつになったら女性にあのような態度を取り続けなくなるのか、私は知りたい。せめて買いに来るなんて言えばいいものを。彼は顔が良いので、会いに来ると言われた女性は頬を赤く染めて手を振っては、はい!と元気に答えていた。


 そして、その男性と肩を組み私と同じ方の奥へと歩き始めた。私はやることも無いので付いていく。彼の買った果物と同じものを買って。


 路地裏に入るとこをギリギリ見たので、もう何も気にすることなく私も路地裏へ行く。どうせ茶化されるだろうから覚悟も決めて。


 するとそこでは、早速果物を食べながら聞きたいことを聞き始めた――イオナがいた。


 「んで、お兄さん。あの女性になーにしようとしてたんだ?」


 「……俺は……」


 既に制された男性は、何をしても勝てないことを猛者なりに理解していた。戦闘の意はなく、完全に敗北の念がムンムンと放たれていた。


 ずっと隠れてても面白くないので姿を現す。イオナといえど、私の隠密さには尊敬をしてくれてるほどなので気付いてない。


 「やぁ、奇遇だね。私も君と同じ人を捕まえようとしてたよ」


 「ん?えっ、ルミウじゃん。なんでここに?」


 「君がその人を捕まえたから、私も気になって後を追ったんだよ」


 「うわぁお、俺にストーカーかよ。どんどん強まる愛に俺は押しつぶされそうだ」


 「はいはい」


 やはり変わらないテンションに、私も変わらない対応をする。すっかり引っ込められた、男性に対する憤りを初めとした感情。このギャップがいつ感じてもすごい。


 私が姿を見せる前、今よりも断然低い声で脅迫じみた言葉を使っていたイオナは、私たち11名の神傑剣士全員が計り知れないほど、強力で未知の潜在能力を持つ。


 最大の強みは私たちを想い慕っているところだ。イオナは何よりも自分の仲間を大切にしている。なのでそれらが脅かされるのであれば、自分の命なんて二の次に行動する。それがリミッター解除となり私たち全員で抑えようと勝てない状態になる。


 今までそこまで大きなことは起こらなかったが、今後あると考えただけでも心強くて恐ろしい。

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