第六十五話 ピストルの殺意

 まぁ、それを知ったところでフィティーにデメリットは何1つない。あるとすれば俺に隠し事をされたことに対する悔しさってところだな。何にせよ敵対するほどのことではない。


 「言われた通り還から教えていく。初級からでも難しいこともあるだろうが、何とかその天才を活かして知識として蓄えてくれ」


 「うん、任せて」


 「それじゃ……」


 と言いかけて右手を腰に、左手をぶらぶらとさせた俺は左手の指と指を弾く。するとパチッと乾いた音が鳴る。が、それだけ。目で見て気配で感じて変わることはない。


 今のフィティーはそう思っているだろう。


 「いきなりだが、今フィティーに対してピストルを構え、殺意を向けてる人は何人でそれが誰か分かるか?」


 「……私にピストルと殺意を?」


 「ああ。視界には入ってないが、存在はしてるぞ」


 視界に入らないなら、死角に存在する。そう考えるのが当たり前の人間は、嫌でも首をあちらこちらへ回す。フィティーも今まさにその状況。


 窓の外にもこの部屋の中にも見えない、その誰かが向ける殺意とピストルの存在を知ろうと躍起だ。今の気派では絶対に見つけられないのに。


 「分からない……ホントに居るのかすらも怪しい」


 やっと今の自分では把握出来ないことを言われてるのだと知り、探すのを諦めて俺に視線を向ける。決していじわるをしたわけではないが、こうやって落ち込むような表情をされるのは申し訳なく思う。


 良心が働き過ぎてるのかもな。


 「安心しろ。今日でどこから殺意が向けられてるかは分かるようになるから」


 「それなら良いんだけど。これ分からないと結構大変でしょ?」


 「そうだな。今なら絶対に殺されてた。と言っても相手が相手だから熟知した後でも、対面すれば負ける可能性高いけどな」


 「……それほどの実力……降参、誰が私に殺意とピストルを向けてたのか場所と人を教えてほしいんだけど」


 「ああ、それなら来てもらう方がいいよな」


 俺はもう1度指を鳴らす。


 同時と言えるほど速く、扉からではなく窓の外に姿を現す。縁が心もとないほど足場がないのにも関わらず、堂々とそこに立っていられるのは筋力、バランス力、感覚など全てが人間の域を遥かに超越しているからだな。


 「えっ……ルミウ様……?」


 その正体はフィティーを驚かせるには十分だったらしい。


 「正解だ。さっきルミウにピストルを頼んで、指を鳴らすと今起きたことを実行するように耳打ちしてたんだ。小さい音を聞き分けたりすることは精密さが大切になるから、それに気付けば少しは選択肢も絞れたかもな」


 「……分からなかった。さっきまで一緒に居て気配もだいたいは掴んだと思ったのに……」


 「それがレベル6で埋められたヒュースウィットの神傑剣士だ。多分だが、世界最強の剣士団だと思うぞ。これが当たり前に出来るやつらばかりだからな」


 「これが神傑剣士……至高の存在……」


 神傑剣士でも、もちろん個人差はある。しかし、天と地ほど離れることはなく、若干の差で優劣がつくだけの接戦だ。大差がつけられるなんて、日々鍛錬する天才には悔しさを滲ませることだから誰もが負けじと刀を振っては腕を磨いている。


 故に神託剣士との差は永遠と広がり続ける。後何年後に神傑剣士の星座が変わるだろうか。高みの見物でもしといてやるか。


 ガチャっとこちら側から開けてやる。すると靡く艶のある髪が、風と共に俺の顔の前までくる。至福の時間です。


 匂い?そんなの疎いから名詞は浮かばない。でも、あぁ好きってなる匂いだってことは言える。……これぐらい清々しいキモさを顕に出来る俺でホント良かった。精神的な疲れが溜まってるな……。


 「頼まれてたピストル、持ってきたよ」


 「ああ、助かる」


 変態の俺は擬態が得意だ。すぐにキモい俺は旅行へ出かける。


 何故ピストルを頼んだか、それは言うまでもなくこれからフィティーに使うためだ。殺すとか、半殺しにするまで発砲するってことはしないけどな?ちゃんとした、気派の扱い方の鍛錬に使うだけだ。


 「イオナ様、さっきの質問の続きなんだけど、ルミウ様はどこから私にピストルを向けてたの?」


 ピストルを受け取ると、その横からヒョコッと顔を斜めにして可愛らしく登場する。会ってからはクールなイメージしかなかったので、これはこれでありだ。


 「屋上だ。それもフィティーの真上のな。俺からだとフィティーの脳天目掛けて1mmのズレもなく銃口向けられてたって分かるから、いつルミウが引き金を引くかハラハラドキドキだったぞ」


 「引かないよ。引いても貫通しないし」


 「そうだったんだ。やっぱりすごいな……本当のレベル6って」


 巫山戯る俺にいつものノリでツッコむルミウと、真剣に現実と向き合うフィティーは温度差は無く、でも余裕の差は存在した。


 「何も用事が無いなら私はそこらへんを散歩しながら、パトロールにでも行く」


 別にしなくても怒られることも非難されることもないが、俺に意図的に目を合わせてそう言うルミウは、しなければならないと思ったようだ。


 「何もない。後は俺1人でフィティーといちゃつくだけだ」


 「了解。楽しんで」


 呆れた顔をするが、それは俺にとっては逆効果だとルミウはまだ学ばないらしい。縁から降りようとするルミウの背中にお巫山戯を打ち込む。


 「おい、嫉妬するなよ。そんなに気落ちしなくても、後で構ってあげるって」


 「調子に乗るなよ、バカ剣士」


 「うおっ……強過ぎるだろ……」


 思った倍以上の辛辣返しに正直驚いた。殺意こそこもって無かったが、帰ってきたら一発殴られるだろう。


 覚悟しとくかぁ。

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