第六十四話 発と還

 そしてフィティーは再び目を閉じて意識内に全集中し始める。


 「今目の前に俺がいる。その俺に向かって、どれだけ小さくても構わないから殺意を向けてくれ」


 うん、とも返事をせずひたすら言われたことを理解した瞬間に実行する。するとしっかり感じる。フィティーが俺に微かな殺意を抱いていることに。


 これが本気なのか偽りなのかは俺には分かる。出来るならそこまで成長させてあげたいのが本音ではある。


 「いいぞ。次に右手に握り拳を作って、そこにだけ殺意を集中させるんだ。体の流れなんて気にする必要はないからな」


 全身から吹き出た殺意は俺の言葉に反応するかのように右手に集まる。こんなスムーズに行くなんて珍しすぎる。やはり王族の才能は伊達ではないらしい。


 「最後に、集めた殺意を意識の中だけで具現化させるんだ。形はなんでもいい。これだけの思いを込めてここに握り拳を作ったんだってほどの大きさが好ましいな」


 「…………」


 凄まじい集中力だ。俺の意図を的確に捉えては、無駄なく体全体に働きかける。きっと無意識でのことだろうが、無意識だからこそ潜在能力が計り知れない。


 天才多すぎるって。


 最初、フワフワと滲み出るほど微弱だった気派も、拡大化に限界が来た今では俺の頭ほどの大きさまで膨れ上がっていた。フィティーは汗をかきはじめ、次第につらそうな表情へと変化していった。


 「よし、そこまで。何も考えずリラックスしていいぞ」


 「……はぁ……」


 疲れを顕にして、左膝を地面につけるようにしてしゃがみ込む。無体力時代の俺を見ているようでシンパシーを感じるな。


 俺も1から始めたらこんなだった。いや、もっと酷かった。テンランの指導は完璧で分かりやすかったが、飲み込みが悪かったので手こずったものだ。


 「どうだった?」


 「完璧だったな。よくあれたけの情報で、あれほどデカイ気派を作れたもんだ」


 「良かった。私も何だか気分が良くて、つい夢中になったよ」


 「俺に?」


 「うん、イオナ様に夢中」


 「……冗談を冗談で返すタイプか。覚えとく」


 ルミウは冗談に照れて殴り返すタイプ。ニアは冗談と受け取らずマジで言われてるって思うタイプ。シルヴィアは何でもかんでもマジだと思うタイプ。んー、癖強いな。


 「でも冗談抜きにして疲れたよ。久しぶりにこんなに集中した」


 「中々居ないぞ?それほど1つのことに集中出来る人って。だから俺もずっと驚いてたしな。的確に操れてるとこを見ると将来が楽しみで怖いわ」


 「ふふっ、それならいつか抜けると良いけど」


 マジだ。嘘ではないと重々伝わってくる。希望を持たせたら危険なタイプでもあるらしいな。


 フィティーは汗を拭くため、テーブルに置かれたタオルを手に取る。そして俺は続ける。


 「そのまま聞いてくれ。気派についてだが、気派は何度も言うように心臓から流れ出る気を操ることが基本だ。その中で、俺たちに静脈と動脈が存在するように、気派にも似たものが存在するんだ。それが――【はつ】と【かん】と言われるものになる」


 ここからが気派を扱うということの意味を成す技になる。


 しっかりと聞きそびれないよう、真剣な眼差しは変わらず、右手に流を集中させては止めるを密かに繰り返していた。


 「発は動脈と同じで、心臓から体全体へ向けて放たれるものだ。つまり出来たばかりの新鮮な流というわけだ。だから発は主に相手を威圧したり、攻撃を仕掛けるために使うことが多い。出来たばかりだから扱いやすく、馴染みやすいのもポイントだな。逆に還は静脈と同じで、体全体を巡った流を心臓に戻すものだ。つまり体に馴染んだ流ということ。だから還は主に相手の刀を受け止めることや、弾き返すなど防御に使う。繊細なコントロールが必要だが、扱えるなら強固な防御が可能となるのがポイントだ」


 「難しそう」


 「はじめは誰だってそう言うもんだからな。これから2ヶ月以内には簡単に使えるようになってるさ」


 「それは私の才能を信じ過ぎてるよ」


 「いいだろ。それほどフィティーには才能と価値があるってことだ」


 「だと良いけど」


 明るい表情を見せるようになったのも、距離が縮まったからなのかもな。目で見て図れるものではないので確信も予想も出来ないが、きっとそうであってほしい――そうだろうと思えている自分がいる。


 「ではここで問題。客観的にでも主観的にでもいいから、今フィティーはどちらを優先して鍛えるべきでしょうか」


 なーんてお遊びを始めたが、正解はフィティーの言った方だ。自分自身を分析し、その結果で答えを出してくれるだろう。


 「還だと思う。還なら発に切り替えた時、早く覚えられそうだし」


 「いい着眼点だな。正解だ」


 「どーも」


 今だけでなく、なるべく早くそして効率よく覚えるためには、ってとこまで考えてるなんて王族としての教育は剣技指導より100倍はましなんだろう。もしくはフィティーの地頭や独学力が長けているか。


 まぁ、これを聞けば分かるか。


 「ちなみにだが、俺が今見せた気派は発と還どっちだと思う?」


 「還でしょ?」


 「ははっ、そうだよな」


 フィティーはシンプルに地頭と独学力が長けている。しかし、俺の気派がどちらか見抜く勘の良さは無かったらしい。


 残念、俺の気派は

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る