第六十三話 気派の教え

 「っしゃ!とりあえず、周りのことよりフィティーの鍛錬から始めるか」


 何度も始めようとしたが、その度に気になることや、やるべきことを思い出したので今度こそ1からの鍛錬を始めるとする。


 「まずは俺に向けて全力で剣技を放ってくれ」


 「……イオナ様に?」


 使うことに恥じらいや抵抗があるのか、怪訝な面持ちで俺を見ていた。自分の剣技が王族にも関わらず低レベルということで、今まで虐げられて来たことが根付いたフィティーの条件反射とも言える。


 「心配しなくても、部屋は壊れないし俺も死なないぞ。だから全力で頼む。そっちの方がより正確にフィティーを知れるしな」


 「分かった。それじゃ」


 刀を抜くと、両目を閉じてグッと両手で力強く握る。レベル6にしては弱過ぎて、レベル2にしては上出来なほどの集中力と気派。


 これ以上のことは求めれない。それほど全力だった。


 俺はその姿を黙って見ながら、刀を握ろうともせず、隙だらけの棒立ち状態で構える。決して煽ってるんじゃない。教えてやるんだ。


 「いくよ」


 普段より1オクターブほど下がったかと錯覚するほどの声の違いに、これは成長するタイプだと感じたのはほんの一瞬。


 「ああ、来い」


 目に意識を集中させる。今から俺がするべきことは刀を受け止めることではなく、1秒1秒のフィティー全てを理解することだ。


 「心技・居合い」


 最近のことだが懐かしく感じる剣技。重心を低く保ち、左腰から俺の首筋まで、迷いなく一直線で引かれる線のように振り上げられる。


 そんな俺の脳内では1秒がコマ送りにされて意識の中を縦横無尽に飛び回る。ここはこうしてあそこはこう、と、シュミレーションを何度も繰り返す中で疲れないほど俺はメモリがない。


 四肢を初めとした体全体の動きから、気派がどこで一定ではなくなりブレが生じるか、それを全て逃すことなく目で追う。


 1枚の写真を撮るようにまばたきをしては、刹那で2度目3度目と休む暇なく抑える。


 めちゃくちゃきちぃぃ!!


 そして、十分だ。そう思ったときには俺の首に後、1cmまで迫った刀が新たに意識の中へ潜り込んだ。


 俺はすぐさま流を調整する。心臓から流れる気派を捉え、それを右肩へ集める。その間僅か0.1秒未満。危ない!、そんな顔をするフィティーが目に映るが、俺は焦ることはない。


 そして余裕を見せる時間は無いので、即座に気派を放つ。手加減は多少しているが、衝撃はレベル2では地獄のようなもの。しかし、いずれはレベル6としてこの王国のトップとなり見返すためには、こんなのは序の口だ。


 「――えっ!?」


 目で見れば、陽炎のように揺れ動く理解不能の空気。それに押されるフィティーの姿は、ヒュースウィットに居た頃の国務を思い出す。


 ブワッ!と後ろに2mほど勢いよく飛ばされることで、フィティーは自分の現状を理解したようだ。尻を擦り、痛かったとアピールをする。


 「鍛え甲斐のありそうな転び方だな」


 「……何を……したの?」


 右手を地面に付き、すぐに起き上がる。


 「誰でも出来ることを、レベル6なりに強化して使ったんだ。意外と大変だけどな」


 つくづく体力増加の限界がないことに安堵する。自由自在に扱えるのは9割そのおかげだ。


 「今のはフィティーも知る、気派って呼ばれるやつの強化系だ。自分の感情や思いなど、それらを体力の量によって具現化させて身に纏ったのが気派なんだが、こうやって相手の刀を受け止めることや弾くことも出来るんだ」


 「へぇー、万能だ……」


 「それは体力を莫大な量持つ人間か、レベル6、又は魔人にしか出来ない。まぁ、フィティーには問題なく使いこなせる素質があるってことだな」


 壁を目の前に具現化させることすら難しく不可能に近い。それを最初から難なくこなせるレベル6は居ないので、俺が今までどうやって成長して来たかを思い出しながら指導すれば問題はないだろう。


 「どうやって使うの?ってか私に扱えるの?素質があるだけじゃ無理な気がするんだけど……」


 「それを何とかするために俺が居るんだろ?俺は今の時点でフィティーをどうすればレベルアップさせれるか――レベル2に設定されたのをレベル6まで成長させれるかビジョンが見えてる。だからあとは実行するだけだ」


 「流石は天才剣士……」


 「だろ」


 本気で思っているような眼差しを向けてくる。悪い気はしないな。いっそこのまま持ち上げられていたいぐらいだ。


 「気派の扱いは簡単だからこそ、精密さが勝敗を分ける能力だ。右腕に全て気派を流し込むってイメージしても、想像通りにはいかない。ちゃんと心臓から流れ出る気派を掴み、それを操って右腕に込めなければいけないからな」


 そう言っても掴んで調整の可視化は出来ない。言葉で全てを説明したければならない難しさにはトホホと言わされるな。


 気派ならエイル、剣技なら俺、立ち回りならルミウってそれぞれ専属の教師を備えた方が絶対にフィティーのためになるだろうな。


 ……そんな我儘も言ってられないのが、他国での家庭教師の大変さってわけか。


 「例えば、俺が今からフィティーを殴るって思ったらどんな感情と思いと動きが必要になる?」


 「利き手に握り拳を作って、恨み憎しみとか負の感情を持って確実に痛めつける思いが必要かな」


 「正解だ。んじゃ、それを実行する方法を教えるから頭の中で言われた通りに想像してくれ」


 「分かった」

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