第六十二話 偽りのない王女

 ヒュースウィットでもリベニアでも素材の名称は同じだ。しかし何度も言うように質は別物だ。


 黒真刀を製作する際に使う材料は黒奇石こくきせきと呼ばれる特殊な石を、それぞれの刀鍛冶の加工技術と相談しながら扱う。


 ヒュースウィットの黒奇石は、採掘した時点で既に黒奇石に気派が若干量流れており、その流れが濃ければ濃いほど高レベルの剣士に馴染むと言われる。なのでそれにニアとレベル6のコンビで俺は難なく黒真刀を扱えていた。


 しかし、普通の黒奇石に元々気派が流れることはほんとんどない。なので多く採掘は出来ず、他国では貴重品だ。つまり、常に高品質の刀を握る俺に、いきなりランクダウンした刀を扱えと言われて余裕で使いこなせるわけもない。


 なら、その前に慣れるのが普通。貴族が平民を見下すようだが、本気で見下すほどそこまでゲスではない。


 「それじゃ行ってくるねーイオナ、また後で」


 「行ってきます」


 「ああ」


 貸してもらえるという2人専用の工房に、いつの間にか仲良くなっていた2人が向かう。2歳差あり、ニアが歳下なのだが、シルヴィアの陽気さと行動が歳下なのでたまーに混乱する。


 ってか可愛いコンビって絵になるよなー。


 そして残ったクールコンビ。こっちはこっちで絵になる。めちゃくちゃ好きな雰囲気だ。何を考えてるか分からないこの不思議オーラを纏った2人。特にフィティーは、今は碧色だが、塗料を落とした姿を目で捉えると心を持っていかれそうだ。


 白黒のオッドアイ……好きになりそう。


 「では、私も行こうかな」


 「気をつけろよ。迷子になっても助けに行かないからな」


 「黙って」


 「久しぶりのツン、あざっす」


 「…………」


 呆れた表情だけ俺に向け、その後振り向くことなく扉の外へ出ていった。睨むとまでは行かないが、ルミウの呆れ顔は目が細くなり、クールさが増す。


 「ということで、俺と2人きりになったな」


 「そうですね」


 ルミウとは違い、嫌なんだということを全く出さない。そんなフィティーと、まずは距離を縮めることから始める。


 「今なら素の自分で居られるんじゃないか?」


 「素の自分……ですか?」


 「ああ。今フィティーは本当の自分で俺の前に立ってないだろ?今俺と話すのは偽りのフィティーで、全てをさらけ出したフィティーではない。違うか?」


 フィティーが敬語云々無しで良いと言った時から薄々気付いてたのだが、フィティーはこれが素ではない。敬語を使って王女らしく振る舞うことですら好きではない。


 何故分かるかって?それは、矛盾してるからだ。


 こんなにも鍛錬するとなって気合いを入れて、覚悟を決めて取り組もうとする少女が、国王の扱いに悔しいとも、恨めしいとも思わないわけがない。フィティーは絶対に見返してやりたい、そう思っているはずだ。


 「……流石は気派の達人であり、王国最高、いえ、世界最高の才能を持つ方ですね。私の真意まで読み取れるのはプライバシーに関わる大変なことですが、まさかそこまで気付くなんて思ってませんでした」


 「それは申し訳ない。善意100%で読み取ったことだから許してくれ」


 「世界最高の才能は否定されないのですか?」


 「肯定するさ。でも才能に恵まれてるからって世界最強では無いから、あまり好きな肩書きではないけどな」


 「みたいですね」


 ふふっとクールながらも、不気味に笑う。そしてガラッと変わった雰囲気とともに、話を始める。


 「私は父を、あのクズ野郎を見返したいんです」


 出たのは、フィティーに似合わない、遠い存在の言葉。王族の、それも王女が汚い言葉を使う。貴族や王族が汚い言葉を使うのを聞いたのは久しぶりだな。


 「……そこまで言う気になったなら丁寧語使うなよ」


 若干その圧に押されるが、全てを俺にさらけ出すつもりのフィティーを少し後押しする。友達や仲間を求めるフィティーに敬語を使う関係は欲しくない。


 「それもそうですね。ふぅぅ――私はね、神傑剣士にも神託剣士にもならなくていいの。だけど、絶対に私を見下したやつを許したくはない」


 人が変わったかのような言葉遣いの変化ぶりに、切り替え早っ、と思ったのはここだけの話。体感して思う、俺はこっちのフィティーが好きだ。


 「だからイオナ様、私を手伝ってほしい」


 目を合わせて思いを伝えようとする。


 俺にはもう既に伝わってるんだけどな。


 「その約束だからな。フィティーが嫌でも手伝ってやるさ」


 暗闇の中、絶望しか思えない空間に一筋の希望という光が差し込むことで、息を吹き返すように動き出す。その光は必ず成功への道で、信じて動き続けるから結果も伴う。


 今まさにその光を自分の力に変えようと必死に動いている途中だ。それをどう支えるかが、俺のこれからの課題であり俺自身の成長でもある。


 「ありがとう。何度も言うよ――ありがとう!」


 「どういたしまして」


 見せた本当の自分。スッと心が軽くなる気持ちを今味わっているだろう。俺の手を強く握るフィティーの両手には、先程込められた想いがこもっていた。


 絶対に見返して、御影の地へ行ってやる。そして、誰もなし得なかった帰還をやり遂げてみせる。と。


 「にしても、そんな性格だったんだな。初めて見たときはおとなしい性格かと思ってたが、全然違ったな」


 「一応王族だからね。本当の私は思ってるより扱い難いと思うよ」


 「それは嫌だな。もう扱い難いのは間に合ってる」


 「なら、これからもっと頑張らないとだね」


 「手加減を頼む」


 「善処するよ」


 特に大変なことは起こらないと思われたリベニア訪問も、中々骨が折れそうだ。それに、最近俺は自分のことを解決をしたが、今度は似たようなことを解決する手伝いをするらしい。


 才能に恵まれた人が苦労するって、本当、世界は平等だな。

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