第五十七話 関係と情報
そのまま案内されること1分、フィティー王女は自室に到着すると同時に俺たちに向けて頭を下げた。
「先程は父が無礼を働き、誠に申し訳ありませんでした」
王女、それだけで身分は圧倒的に上であり、増しては他国の王女ならば尚更上の立場の人間が、自分のことではなく、父の無礼に対しての謝罪を面と向かって行う。
深々と下げられた頭は、俺たちに後頭部がすべて見えるほどで、どれほど気持ちを込めているのかよく伝わった。
「フィティー王女が頭を下げる必要はありませんよ。むしろ、上からに聞こえるかもしれませんが、あの場で憤りを顕にせず、耐えたことは素晴らしいことです」
言われなれていることでも、多少の思いは生まれる。また同じこと言ってる、何がそんなに楽しい、他国の神傑剣士に無礼を働くな、なんてことを思うはずだ。
実際、そうだったしな。
俺の言葉に安堵の表情を見せる。俺やルミウには若干の気派の変化と、口元の動き、瞳孔の揺れ幅など細かなとこまで人の感情を察知出来る。その上で言わせてもらうと、フィティー王女の感情の
看破することは難しいと、初めて思うほどだ。それほど幼い頃からこの扱いをされてきたんだと証明されていることでもあるので、俺はいい気持ちは全くしなかった。
「そう言っていただけると、イオナ様に師匠を頼んだことを正解だと思えます」
少し口角を上げて最大限の嬉しさを俺に見せる。本当ならもっと口角も上げて、声も出して笑えるほど華奢な子に育っていただろうと思う。それだけでバルガンの顔を叩いてやりたいと思うほどに憤りを感じた。
「失礼ながらフィティー王女、イオナに師匠を頼んだとおっしゃいましたが、それにしてはイオナが正体を公にした期間から逆算するに、あまりにも速すぎると思うのですが、元々イオナが第7座ということをご存知で?」
170の長身からフィティー王女を見下ろしながら問う。
「はい。私はシュビラルト国王と個人的な繋がりが強く、イオナ様の正体を明かす2週間ほど前から知っておりました。なので御影の地へ向かうという話も耳にし、それならイオナ様に私も剣技を教わりたいと思ったのです」
「左様でございますか」
間を開けることもなく、その質問が来ることが分かっていたかのようにスラスラと話す。寡黙な少女かと思えばそれは誤算だったらしい。
その場に立つのも疲れたのか、フィティー王女はベッドに向かうと、椅子代わりに腰を降ろした。
「イオナ様、ルミウ様、ニア様、どうか私のことはフィティーとお呼びください。王族とはいえ、敬われることには慣れておりませんので敬語も不要です」
「そうか、分かった。そう呼ばせてもらう」
「ちょっと!少しは躊躇いなよ」
「なんで?だってフィティーが敬語使うなって」
「そうだけど……変わらないね、君は」
フィティーもすぐに敬称なしに呼ばれるとは思ってなかったのか、意外だと顔に書いてある。ニアもこの人読めないって書いてある。今の俺、とんだ浮き物だな。
「ところで、フィティーは何歳なんだ?」
「18歳です」
「俺と同じで、ニアの1つ上で、ルミウの2つ下か。それにしては大人びてるな」
「可愛げが無いのでそう思うだけですよ。私と同じ歳の女性は皆、可愛げがありますから」
「そっか。それならこれから楽しく指導するから、序に可愛げも鍛えるか」
こいつは何を言っているんだ?という目で見ながらも、こんな態度を取る人間も初めて見たと、目を大きく開いて伝えてくる。
そして、まずは心の距離が近くなった証を見せてくれた。
「ふふっ……イオナ様は不思議な方ですね」
「ほら、まずは笑顔を見せた。これで一歩目だ」
暗い表情から一転、すぐに可愛げのある笑顔を見せる。本心からの笑顔に、少しだけ役に立てた気がした。
そんなフィティーを、ルミウとニアは背中を押してあげるかのように微笑んで見ていた。きっと何か通ずるものがあるのだろう。特にルミウは恵まれない環境で育った身としてな。
「それでは、早速ですが私が知る、御影の地についての情報と、魔人について教えましょう」
俺たちも立ったまま話を聞くのは疲れるので、テーブルに添えられた椅子に座る。
「まず魔人ですが、その力は日に日に増しています。神傑剣士ですら対応が追いつかなくなる日もあり、1日に1体のペースだったのが、最近は1日に2体が当たり前となりました。そんな中で、深夜に対応に当たった神傑剣士の話によると、人の言葉を喋る魔人が居たらしいのです」
「人の言葉を喋る魔人?」
「はい。その後すぐに、誰も襲わずに御影の地へ戻って行ったらしく、不明瞭なことが多いです。が、信頼出来る神傑剣士の言葉なので間違いはないかと」
「そうか……」
魔人は人間ではない。なので言語を扱えるわけもなく、ただ人を殺す念を原料に動くだけの屍にすぎない。そんな存在が喋る?普通に信じられないし、信じたくないな。
「次に御影の地についてです。御影の地は行ったら最後、帰ることは出来ないと言われる地帯ですが、実は分かっていることもあります。それが――御影の地では睡眠と食事を摂る必要が無いということです。簡単に言うと、御影の地では時間の流れが存在しません。なので老いることも無ければ、寿命で死ぬこともありません。何故なのかは不明ですが、これは絶対です」
真剣な眼差しで俺たち見つめる。嘘をいう気も、騙そうという気も感じられず、ただ信じてほしいと1言願われている気分だ。
なんでも見透かしそうな目をしていても、実際はただの王女。夢のような神秘的な話が現実で起こりうることはない。
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