第五十四話 御影の地へ
日は進み自宅で簡単な準備を済ませる。そう、今日から俺はリベニアへ向かうのだ。乗り気ではなかった過去はあれど、今はまたワクワクが再発していた。
「俺が居なくなると寂しいか?」
リビングで日常通りくつろぐテンランにいじわるをしてやる。
「んー、寂しさもあるけど、どうせ帰って来るでしょ?だから君が誰かの家でお泊り会でもしてる気分になるんじゃないかな」
「長期間過ぎるだろ。まぁ、最低でも1年は戻ってこないだろうから、その間絶対に寂しくなるぞ」
「もしそうなったら私がリベニアに出向くさ。イオナがどれだけ素晴らしい剣士に成長してるか見るのも親の務めだからね」
「それもありだな」
隣国なのでいつだって神傑剣士とは会える。でもそれは国務で忙しくない場合か、国務を誰かに押し付けるかの2択だが。無理にでも来てくれるのが神傑剣士だが、そこまでは望まない。
久しぶりの再会というのをやってみたいのだ。
「まぁ、何にせよ、今までお世話になったな。これからもお世話にはなるつもりだし、少しの間離れるだけだが、これまで返しきれない恩を貰った。本当にありがとう」
恥じらいなんて無かった。この歳で育ての親に感謝するのは頬を赤くするものらしいが、感謝の念が強すぎる俺はそんなことを考えることはなかった。
いつだって家に帰れば激務を終わらせ料理を作る背中を見せたテンラン。今の俺がこの場にいるのもテンランのおかげだ。
「こちらこそ、君からは幸せを分けてもらえたから感謝するよ。ありがとう」
どちらかと言えばテンランが頬を染めている気がする。歳は重ねても恥ずかしさは残るものらしい。俺も同じ歳になれば分かるだろうか。
お互いが感謝をすることで話の空気感が重くなる。気まずくなると言うやつだが、それを無かったことにするように扉をトントンと訪問者が叩く。
「おっ、来たかな」
「ん?誰か呼んだのか?」
「ちょっとしたサプライズみたいなものらしいよ」
「らしい……?」
妙な言い回しに首を傾げる。しかし説明があるだろうと、そこまで考え込むことなくテンランが扉を開けるのを待っていた。
そして慣れた手付きで丁寧に扉を開ける。扉が古いから丁寧なのではなく、テンランの性格がお淑やかだからだ。家自体ボロくないし、なんなら他の平民貴族の家と比べれば流石神傑剣士と言わんばかりの豪勢さだ。
そんな家にやって来たのは予想外の2人だった。
「やぁ、ルミウ、ニア」
神傑剣士第1座である美人剣士と俺の専属美少女刀鍛冶だ。
「珍しい組み合わせだな。2人揃って俺に寂しいってことを伝えに来たのか?」
「そんなわけ無いでしょ。国王に言われてここに来たの」
「お久しぶりです……イオナ……様?」
変わらないルミウと、神傑剣士と知って話し方を改めようとするニア。あー、どちらにも婚約を申し込みたい。
フィティー王女よりも絶対にこの2人だろ。顔も性格と知らないけど。
「好きに呼んで良いぞ。親しい人とは上下関係を気にしたくないしな」
「わ、分かりました?」
まだ確立出来てないらしい。
俺は最強であれど、天上天下唯我独尊ではない。俺自身敬う人間は多いし、俺より偉く尊い人間は存在しないなんて痛いことも思わない。
程よい距離感が大切だ。
「それで?何用でいらしたんですか?お2人さんは」
「ここに来たってことは理由は1つ。私とニアも君に付いていくってことだよ」
「……えっ?俺に……付いてくる?」
「うん。まずニアについては、君の刀が折れた際、製作出来るのは彼女しかいないでしょ?そして私はただ君に付いて行きたかったから付いていくと決めた。安心して、国務は他の神傑剣士に頼んであるから」
混乱する俺に構うことなく続けられたことは、付いてくる理由として軽すぎるものだった。
「……本当なのか?ニア」
「は、はい。私も昨日テンラン様から直接言われたので驚きましたが、本当らしいです」
「まじか……」
テンランもルミウもニアも俺を騙すために大掛かりな仕掛けをするわけもなく、100%本当だと理解したのは聞かされて1分ぐらい経過してだった。
ドクンドクンと心臓が鈍く鼓動が鳴る。考えがまとまったのだ。2人が付いてくることについて、俺がどう思ったのか。それはめちゃくちゃありきたりだった。
「ははっ、2人共最高の剣士と刀鍛冶だな」
嬉しかったのだ。
「知ってるけど」
「ありがとうございます、先輩」
態度は違えど嬉しさは同じようで、ルミウもニアもニコニコと微笑んでいた。ルミウの笑顔はマジで心臓に悪い。
こうして決まったリベニア王国へ向かう3人の剣士と刀鍛冶。それぞれのステータスは申し分なく天才の集まり。これなら御影の地も攻略可能なんて思ってしまうが、現実はどうか右も左も分からない。
だから興奮が冷めない。未知は怖い。だが、心強いパートナーが居るなら話は変わる。俺の思う王国トップの2人が味方なんだからな。
「それにしても、良くニアは俺を信じ続けたな」
「あー、あれ、実はちゃんとした理由があるんですよ。私、自分の刀鍛冶としての才能は自負しているので、それを容易に扱う先輩は只者ではないと思ってましたし、気になってレベル5以上でないと扱えない刀を握らせたりもしました。そしたら当たり前のように使いこなすので、実は理由があって隠してるのかなっても思ってましたよ」
「……普通にそうだよな。俺も気付いてたんだが、相性が良いだけって思ってたわ」
掌の上で踊らされていた気分だ。悪いことは一切ないのに、薄々俺の正体がバレてたって恥ずかし過ぎる。何よりも、レベル5以上でないと扱えない刀とか、それを製作出来る時点で天才の域を超えているな。
ニアは俺に傷が付かないことを不思議に思っていた1人でもあったから気にしてたんだけどな。でももしかしたらとか、すぐに消えたわ。
殴られ蹴られたとこを心配するような素振りを見せつつも、心の中では何者?って思ってたしな。これらは気派で読み取った。万能過ぎるぅ。
――日が完全に真上に位置した時、俺らは扉を出る寸前だった。
「何回目か忘れたが行ってくる。この王国は任せたぞ、テンラン」
「任された。君たちも気を付けて、そして帰って来るんだよ」
同時に出した3人の一歩は軽くて、でも、しっかりと重みは感じる。そう、期待されて向かうのだ。この世界の安寧のため、俺らは前だけに進む。
まだこれは始まりに過ぎない。これからが俺が生きる意味を成すための本番――俺の人生はここからってことだ。
っしゃぁ!御影の地制覇してやるわぁ!
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