第五十三話 次の目的
そうして終わった会議も、今思えば寂しく感じるが、思ったよりも虚無感に襲われることはなかった。そうなる覚悟を決めていたからなのかもしれないが、実際冒険に出掛けることの方が心を躍らせているようだった。
国王からこの場に残れと命令が下されているので、第7座に尻をくっつけて待ち続ける。そして暇だと口にする前に国王はドアをノックし入ってきた。
「待たせてすまない」
「いえ、問題ありません」
「早い解散だったけど、他の神傑剣士とは言いたいことを言い合えたのかい?」
「はい。そもそも俺とみんなは一生のお別れではないので、そんなに長々と話をすることはありませんよ」
「それもそうだな。君ならきっと帰って来ることが出来るだろう」
誰もが戻らないと言われる御影の地。そこから帰還するだけで王国だけでなく、世界中から俺の最強と言われる存在が認められるだろう。なら、それを目指すのもありだ。
「では本題に入ろう」
背もたれに掛けた背中を前屈みに変える。両手を顔の前で組み、ここからガラッと雰囲気が変わるのを肌で感じる。
「イオナ、君には御影の地へ向かう前に、隣国であるリベニア王国へ向かい、バルガン国王の娘である――フィティー王女の師匠になってもらいたいのだ」
「……リベニア?それにフィティー王女の師匠?……それはどういう理由で……」
準備が出来次第、すぐにこの王国を出て御影の地へ向かう気でいた俺は、国王の提案にすんなり頷くことは出来なかった。
「御影の地は未知だ。そこに1人で何も策なしで入るのは良くない。だから1年間、フィティー王女の師匠として就きながら、少しでも魔人について理解を深める方がより生存率を上げれるだろう?」
「……確かに、それは一理ありますね」
リベニア王国。そこは2日に1体は魔人が攻めてくると言われる、王国民からすると地獄のような国だ。このヒュースフィットが多くても2ヶ月3ヶ月に1体の出現率なので、どれほどのものか容易く想像は付く。
「だから師匠として就くことは建前で、それを理由として魔人について調べろと言うことですか?」
「いや、師匠の話は本当だ。実際にフィティー王女への指導を頼みたいと、バルガン国王から頼まれている」
バルガン国王の印付きの紙をヒラヒラと見せる。
「それでは調べようにも時間が足りなくなるのでは?調べて行くのなら、自分が安心出来る程度には最低限蓄えたいのですが」
「大丈夫だ。そこの融通は聞くように私からも話は通してある。それに君なら、出来ないなんて微塵も思ってないだろう?」
「……そうですが……」
教え上手なんて言われたこともなければ、誰かを真剣に指導したこともない俺が自信を持って出来るとは言えないが、なんとか出来るとは思っている。
剣技は己の生まれながらの才能で良し悪しが決まると言ってもいいほど、生れつきの才能は今を語る。
「だから君に国務では頼まない。自分自身の好きなようにやって、いつか御影の地からこの場に戻って来ることを信じている」
「はっ!」
今までよりも分かりやすく萎れた声で返事をした俺に、気付かない国王ではなかった。
「珍しく自分を心配しているようだな」
「これから初めての事ばかり起こるって考えると、楽しみな気持ちや、不安な気持ちが複雑に混ざり合うんです。今はまだ前向きな考えで捉えれますが、半年後にはどうなってるか……」
「フィティー王女と仲良くしている未来が、私には見えるが」
「どうでしょうか。やはり未知な分、未来は俺の最大の敵ですよ」
人間は程度が知れているので恐怖を抱くことはない。魔人ですら未知に近いほど接触はないが、最低ラインは知っている。戦闘は勝ちの未来が確定していたから良かったが、未知の相手には勝ちが確定しないし、確信も持てないのだから冷や汗をかくのも無理はないだろう。
はぁぁ、どうなることやら……。
「君なら半年後、フィティー王女から婚約を求められていても可笑しくは無い。その際は承諾するのも面白いかもしれないな」
「ありませんよ。もし求められたら丁重にお断りします」
「はははっ、君ならそうするだろうね」
婚約なんてどうてもいい。冒険という男心を擽ることを今しようとしている真っ只中に、あるかも分からない話にときめかされることは絶対にない。
「あっ、そうだ。君はもう神傑剣士の第7座として世間に知れ渡ったんだ。だからこの世界を顔と印があれば自由に飛び回れる。フリードを卒業してもしなくてもどちらでも良かったな」
「ありがとうございます」
今思えばそうだが、神傑剣士ならば顔パス印パスで国を出歩くことが出来るので、就学の意味がなかった。これも人生経験の1つと考えれば意味は成されたものだ。
「それでは、改めて君にフィティー王女の師匠を頼む。期間は1年間だが、伸ばすことも可能だ。君がリベニア王国内にいるのはリベニア王国にとっても大きなメリットだからな。好きなだけ調べ、好きなタイミングで出発すると良い。そしてこれは絶対遵守だ。イオナ、絶対に帰って来るんだぞ」
「はっ!」
心に余裕のない俺を気遣い、婚約など逸れた話をしたり、俺を信じていることを伝えるような真意の籠もった目つき。全てが支えとなった。この時間がどれだけ俺の背中を押すか、それは俺自身しか感じられないが、原動力にはなり過ぎるほどだった。
胸の前に掲げた刀は錆1つないオリジン刀。
俺は昂ぶる気持ちを抑えながら会議室を後にした。
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