第五十一話 復讐完了

 冷静になる速さは中々だ。怒りに身を任せて刀を振るなんて神傑剣士として、いや、剣士として良くないことだが、忠告後の2度目は耐えるのが不可能だった。


 1回目でも不可能と言っても過言ではないが。


 刀に込める力を抜き、そのまま納刀。気派で威圧することも止めて、改めて俺がどれほどのことをしたのか理解する。


 俺とリュートの戦いを見守る国民は、誰もが力の差に気付き怯える人間まで見える。これが王国最強の本気なんだと、信じるからこそ恐怖は無くとも近しい気持ちは芽生える。


 全くもって気持ちよくない観客だな。


 「3人共に、俺を止めてくれて感謝するよ」


 止められなければ涙を溢し、耐えきれない気派による圧に恐怖するリュートが天界に召されるところだった。良くも悪くも助かった。


 「久しぶりにイオナくんの冥を見たけど、やっぱり1人じゃ受けたくないね」


 手に違和感を覚えたようにフラフラと振る。


 「ノーベ、そんなことよりこの状況をどうにかしないとでしょ」


 「それもそうだね」


 ルミウがこの強張った表情をする国民たちしか存在しない闘技場を見て、まず何をするかの優先順位を決めようとする。


 「んなの、神傑剣士の誰かがイオナの勝利って叫べば解決すんじゃねーの?」


 「それなら頼んだ、エイル。これは言い出しっぺがやる気まりだろ?」


 「ふんっ!任せな!」


 拒否することもなく、ノリノリで鼻を鳴らす。元々、どうにも解決出来ない場合はそうすると決めていたかのようなスムーズさだ。


 「我々神傑剣士が、学生の一騎討ちに横槍を入れてすまなかった!」


 謝罪から入るのは意外だ。こういう一面は神傑剣士として相応の態度なんだが、他がネジ抜けしている。し過ぎているな。


 「この勝負――シーボ・イオナの勝利とする!!」


 刀を天に突上げ、大声で国民の共鳴を誘う。その意図をしっかりと捉えたように、国民もうおぉ!と叫びだした。収まることを知らない声は今日聞いた中で1番の歓声だ。


 響き渡る声は俺に勝利を伝える。そしてリュートにはこの上ない敗北を与える。仕方ないと言えば仕方ない。俺が第7座である限り、誰が相手であろうと、この結果は変えられなかった。


 そして逆鱗を触れられたのなら、もう道は死しか残っていなかった。


 「3人共、もう戻っていいぞ。あとは自分で解決する。心配しなくてもこれ以上こいつに刀を向けることはない」


 向けたくない。こんな人間に刀を向けても得るものより失うものがある気がする。最悪魔人に変化するかもしれないし、死ぬこと覚悟でニアにもイジメの被害が及ぶかもしれない。


 人間は1つの命で、死なない限り10人でも100人でも命を奪える。死ぬ覚悟のある人間は、どんな生物よりも恐ろしいんだ。


 「了解、それじゃまた後で」


 「ああ」


 俺が蓋世心技を使うと察した瞬間にこの3人は飛び出たのだろうが、ここから神傑剣士の座る場所まで直線距離70mほど。それを一瞬で詰めて来た。それを目で捉えたことで、俺だけでなく、神傑剣士がどれほどの高さに存在するか、俊敏さを以て更に強く分からされただろう。


 元いた席に着席すると同時に、俺は座り込んだまま立てないリュートの目の前まで歩みを進める。殺意云々、こいつを威圧するものはない。しかし怯えるのは今までの過ちがフラッシュバックしているせいだ。


 因果応報とは、まさにこいつのことだな。


 「なぁ、リュート」


 目線を合わせることなく、立ったまま下を見る。物理的に見下している。


 「俺はお前を視界に入れることは金輪際ない。だから最後に約束をしよう。二度と俺の身の回りの人間を、この王国の民を見下すな。簡単な約束だろ?」


 「は……はい。簡単です。絶対に守ります」


 圧倒的敗北を前に承諾以外の道はなかった。約束せずともこいつは人を見下すことはしなくなるだろう。分かっていても口で約束させることで更に強固な約束を脳裏に刻ませる。


 「良し、それなら折れた刀を持って退場しろ」


 ホルダーには折れた刀は入れられない。素手で持ち運ぶことが、レベル5として自他共に認める才を持つ男にどれだけの精神的ダメージを与えるか、俺はそれを良く知らない。


 恥ずかしさはあるだろう。期待を背に、プレッシャーすら感じない相手にカミングアウトでボコボコにされるんだ、プライドが崩れ落ちる。


 立ち去るリュートの背中は被害者面した咎人のようで気に障るが、流石にこれ以上は俺の悪い異名が増えそうなので悪質行為は辞める。


 悪質行為ってほど追い詰めることはしないけどな。


 これで俺の一騎討ち1日目は終了だ。勝ちを得ることが出来たのは当たり前だとしても安心する。


 少しは改善された国民の俺に対する柔らかな視線を全身に感じ、俺も速やかに退場する。そして向かうは空けられた第7座の席。


 やっと公の場で神傑剣士と肩を並べて堂々と座ることが出来る。


 この気持ちをめちゃくちゃ味わいたかったんだよな!!


 ――扉を開け、待つ第7座へドスッと腰を降ろすと11名の剣士が俺を見て笑う。暖かくて、待ちくたびれたと言わんばかりの表情に自然と笑みを浮かべる。


 それだけでも幸せだったが、俺がこの座に座ることで第7座について疑心暗鬼が確信へと変わった国民の期待と羨望の眼差しが俺を更に昂ぶらせてくれる。


 ふんっ……めちゃくちゃいい席じゃないか!

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