第五十話 殺意と仲裁

 「仕方ないからノッてやるよ」


 決して慢心したわけでも、挑発にムカついたからでもない。冷静な考えを経て答えを出した。正直どんな提案が来るかニヤニヤしている。一種のお遊びだが、お遊びだからワクワクする。


 どうやってボコされてくれるかな。


 「そうこねぇとな」


 震えは消えていた。俺が多少殺意を垂れ流しにしていたのもあって、今では落ち着いた俺の気派に本能が震えることをやめさせたようだ。


 「俺がてめぇの刀に傷を少しでもつけたら俺の勝ち。どうだ?」


 「俺の刀に傷をつける?……ははっ!お前、慢心は変わらないな!」


 絶対にあり得ない。俺がレベル1に負ける以上にあり得ない。扱いに長けていなくても、王国内ではトップ3に入る気派使いであり、刀は学園トップと言っても過言ではないニアの製作したオリジン刀。それが組み合わされば敗北なんて存在しないのだ。


 ちなみに、シルヴィアにも1度オリジン刀を製作してもらったが、ニアの製作する刀の性能より3倍ほど精度と性能ともに落ちていた。


 「慢心?それはちげぇな。てめぇのオリジン刀はニアが製作したやつだろ?」


 質問の意図をしっかりと理解した俺は、嫌な予感が一瞬にして頭の中を過ぎった。


 「あんな落ちこぼれ刀鍛冶の刀じゃ、俺の剣技を受け止めれねぇから提案したんだよ!それを知らずに慢心だと?バカはどっちだよぉ!」


 神傑剣士にすら聞こえないとはいえ、好き勝手言ってくれる。


 こいつは――殺すしかないな。


 俺の逆鱗に触れたのは2度目。1度目はテンランにより無かったことにさたが、今はもう違う。無かったことにはさせない。


 流石に2度目は俺は堪えられなかった。尊敬する人を、俺を信じてくれる人を、支えてくれる人を侮辱したこいつには、少しでも早い死を与えなければ。


 「おい」


 殺意を全面に出す。俺の周りの空気が振動し、陽炎のように見える。100%の殺意は生まれて初めてかもしれない、そう思いながら俺は刀を握る。


 国民にも見える空間の歪みのような殺意。ザワザワと緊張感が伝わる。今目の前で起きている神傑剣士とレベル5の学生剣士の勝負がこれほどまでヒートアップすることは考えられない。だから不安の表情を払えない。


 多分レベル4なら圧に負けて立てないほど重くて淀んだ殺意の気派。そんな俺の異常に気付くのは神傑剣士以外にはいない。


 神傑剣士11名全員が手を挙げる。が、俺は無視して歩みを止めない。


 「お前は居合勝負で俺に負けた。だからその時点で人を見下さない約束は果たされたんだ。それを大目に見て俺を見下すことを許してやっていたら、次は俺の刀鍛冶について侮辱するとは……お前、命が欲しくないらしいな」


 ブワッ!とリュートに放たれた気派はしっかりと直撃。ガタッと再び地面に倒れ込む。絶望よりももっと酷い倒れ方をしたのは、慣れない圧に押されたから。


 「じょ、冗談です!……悪巫山戯が過ぎました……!」


 死が迫ることを肌で心で感じる。そうだ、死ぬんだよお前は。


 「2度目は無い。そもそも弱者をイジメることはテンランもルミウも禁じたはずだ。それでもお前は俺を叩き罵った。もう死ぬ以外の道はないだろ」


 「本当に!……本当に……反省……してます……!」


 あまりの苦しさに肉体が限界を迎え始める。気派の流れによる負の感情のコントロールは俺には容易い。だから魔人になることはない。しかし、その分他人に与える負の感情の気派は強さを増す。


 「反省してる……か……」


 リュートに向ける気派は全て無にする。よってリュートは苦しみから解放される。グハッと息絶え絶えに体を横倒す。


 「なら、お前への最期の優しさとして一瞬で殺す」


 次は刀へ全ての殺意を込め、気派を調整する。


 体に向けられる気派が消えたことで楽になったのは今だけ。すぐに俺の刀がお前を襲うだろう。そして気付いた時には――お前はいないんだ。


 「な……なにを!」


 「知っても意味はない」


 声すら聞きたくない。このゴミは処理するのも面倒だ。


 「蓋世心技・めい


 この世界で知られる剣技の中の頂点、冥。同じ蓋世心技である、天や紅を遥かに凌駕する剣技であり、使えるのは俺以外この王国には存在しない。


 冥は、簡単に説明すると次元を斬ることが可能。どれだけの距離があろうとも、刀が振り下ろされると最期、斬撃は必ず標的に当たる。そして鮮血を散らす。


 そして、確実に首を目掛けて振り下ろされた刀は、ドンッ!と音と粉塵を撒き散らした。首を正確に斬り裂いたか、否か、それは目で見なければ分からない。


 いや、もう手応えから答えは分かる。


 やっぱり殺せないか……。


 「何故止めた――ルミウ、エイル、ノーベ」


 そこには第1座、第8座、そして第3座がいた。俺の刀を3人が均等な間隔で力を逃がすように受け止めていた。


 「流石にイオナくんの蓋世心技をここで使われると、国民も驚くし闘技場も壊れるから止めないと。何より――この子を殺しちゃダメだよ」


 そう言うのは第3座――ノーベ・スリープ。優しい話し方が特徴で、神傑剣士の仲裁役をよく担うお人好しと呼ばれる立場の人だ。22歳の若さながら、第3座歴代最速で就いた剣士。現在は25歳であり、異名は幻想の剣士。


 国務をミスすらしたことなく、怠惰を働くこともない好青年だ。


 「……そうだな……感情のコントロールが上手く出来なかった」


 3人の眼差しが真剣で、俺の気持ちを理解出来ないことに申し訳なさを感じているようだった。


 ……クソが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る