第十六話 繊心技と義務

 1人で帰宅も慣れたものだ。夜、王城内のあたりは暗く人通りも少なくなる。逆にここまで残って作業をしている人たちには頭が上がらない。いつも俺たちの放ったらかしにした仕事をしてもらってありがとうございます。俺国務ないけど。


 それから王城を出ると一瞬にして微かにだが圧による重みを感じた。俺はそれを捉え損ねない。


 どこから来るものか詳しい位置を掴むべく俺は王城の頂点まで登った。見晴らしがよく空気も美味しい。風は――微妙。


 圧を出す人間は意図的な場合が99%。残りの1%は無意識だが、それは言葉も話せないほど幼い子供が出す睡眠中の悪夢を見たときだけと言われているので実質ないようなもの。それにこれほど重い圧なのだ、意図的でない限り出せない。


 「俺に向かってじゃないんだよな……」


 あたりをよーく見渡しながら確信する。意図的、それも個人に向けてならばどんな達人であれ殺意が込められるものだ。ルミウでもメンデでもテンランでも。


 しかしそれが一切ない。


 ということは俺ではない誰かに向けてのもの。喧嘩か何かの揉め事でついつい出してしまったのならいいが、それでもありえないほどの圧だったのでこれは一仕事ありそうだ。


 「はぁぁぁぁ……」


 帰りたいのに帰れない。ルミウを呼ぶにももう書庫か家にいる頃。


 ため息をこぼす。ここ最近で1番のため息だ。


 しかしやるからには全力で。誰かが危機かもしれない状況で巫山戯ることも許されない。それにもしかしたら俺の国務と何か関連しているかもしれない。そう思うことで自然とやる気を漲らせる。


 久しぶりに使うか……。


 ここに来ても確定位置は掴めなかったので、最終手段を使う。夜、寝る前に近いので体力が1番削れている。そんな時に技を使うのはあまり好きではないが。


 「繊心技せんしんぎ、サウンドコレクト」


 繊心技とはレベル4の剣士から上位の剣士が使うことのできる剣技。レベル3以下には使いこなすことができない。


 俺は刀を高速に振り下ろす。


 サウンドコレクトとは振り下ろした刀によって音波と空気の波を放ち、それが使圧や殺意に触れると返ってくる技である。そのため王国で1番高いここから放つサウンドコレクトにその圧と殺意のどちらかでも引っかからないわけがない。


 力を込め過ぎればあたりが吹き飛ぶので力加減は慎重にやる。これが苦手で何度も破壊してはテンランに怒られていた。懐かしい。


 「おっ、見つけた」


 ここからおよそ300m北、そこが俺が感じた圧の発生者の居場所。人数は2人だ。何をしているかまでは把握できない。そこまでできたら繊心技以上の技術が求められるだろうが。


 すぐに王城から降りる。気付かれてはいけないのでゆっくりと、それでもできる限り早く向かう。死者が出れば俺の責任でもある。やると決めたことは遂行しなければ神傑剣士ではない。


 5秒あれば着く距離に俺は50秒も使う。普段なら許されないが俺にも事情がある。


 2人を遠目から確認する。そして慎重に情報を集めながら近づいていく。


 男2人でレベルは……5?!


 「まじかよ……」


 ここに来て相手がレベル5なのは運がないのか運があるのか。総合的に考えれば運がいい。今俺の気持ちだけで考えれば運最悪だ。


 もしかしたらの可能性が出てきた。思えば圧も短刀を投げられたときと似てた気がしなくもない。記憶力はない俺だが体では微かに覚えている。


 レベル5の男2人は、1人の男を囲んで何かを話していた。声を聞くにはここでは離れすぎている。もっと近くまで。


 しかし声は聞こえないここからでも分かる。囲まれた男は脅されているということが。


 ここでその男のレベルを確認する。レベル5だった。


 おいおい、ここらへんはレベル5しか住むことが許されてないのかよ。どんだけ0.1%が出てきてるんだ。


 あまりの遭遇率に怪しさがどんどん増していく。足は止まらない。


 「や、やめてくれ!」


 聞こえるとこまで来たとき、耳にした第一声は命乞いだった。俺は耳だけ傾けて背中を屋根に張り付けた。


 「やめてほしいならお前もこっち側に来い」


 宗教の勧誘ではなさそうだ。こっちが何を指すか俺の中では1つだけだった。


 「それは……無理だ。だって俺は神託剣士だぞ!王国を裏切ることはできない!」


 その発言により俺の頭の中で小さなパズルが完成した。神託剣士を囲む2人のレベル5。そしてわずかに内ポケットから見えるクネクネした短刀。


 間違いなさそうだ。


 「おい、それじゃここで死んでいいってことか?」


 短刀を取り出す。よく見えないが赤黒い色をしているように見える。


 「そ、そういうことじゃ!」


 「んじゃどういうことだよ。早く答えねぇと、最期に聞く人の声が俺のイケメンボイスになっちまうぞ」


 いや、緊迫した状況でそんな気持ち悪いこと言うなよ。ほら相棒みたいなやつも変な空気の重さに戸惑ってるだろ。


 我ながら脅してやってると思いながら脅迫を続けているのだろうか、短刀を神託剣士の目の前で右往左往させては喉に刺すフリをする。


 遊んでいるように見えてもしっかりと殺意は向けられている。それを分かっているからあの神託剣士も逃げ出せない。後ろ、死角にはしっかりともう1人のレベル5が待っている。


 1対1なら勝てても同じレベルの1対2は流石に無理だ。


 そんな中をどうやって割り込むか。助けるなら神託剣士を気絶させて正体をバラさないようにする。そして2人相手……戦闘は久しぶりだがいけるか?

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