第十七話 遊心技とおやすみ報酬

 正直剣技は使いたくない。疲れたくないのはもちろんだか、噂が立たないようにすることのほうに体力を持って行かれるから。


 それにここは市街地。何を話しているか分からずとも揉めているとは理解できる。そんな男どもの声は余裕で民衆に聞こえているだろうし、路地裏とはいえすぐそこでは人はまだ右往左往している。そんな中を俺の剣技が披露されれば注目される。


 まじでめんどくさいことになったぁぁ!


 こうなったのも日頃の行いが悪いからなのか?良いようにやられてやってるし、悪いことしてるつもりもないんだが。


 そろそろ神託剣士のタイムリミットも来そうだ。


 やるか……。騒がれる前に間に合うか?


 「早く答えろ!死ぬかこっちに来るか!」


 分かってるって!ちょっと待ってろよすぐ行くから!


 神託剣士に対して放たれた言葉がタイミング良く俺にも刺さる。誰のせいで葛藤してると思ってるんだよ。


 「珍しいんだぜ?長が生かして捕らえろって言うの。ここで頷いてたら死なないで済むのによぉ」


 「お、俺は……」


 まだ続いていた。従わないならさっさと殺せばいいものを。神託も国を任せることもあるんだ、国の剣士の中でもエリートであり忠誠を誓ったのなら死ぬ覚悟で戦いに行けよな。


 俺の怒りは3人に向けられる。神託剣士に関してはとばっちりのようなものだ。ドンマイ。


 俺はそんな中で一息つく。


 「遊心技ゆうしんぎ虚空こくう


 遊心技とはレベル3の剣士から上位の剣士が使うことのできる剣技。使用率が最も高く、技の種類も豊富だ。


 その中でも1番強いと言われる、遊心技を極めたものにしか扱えない技である虚空。その名の通り、抜刀した瞬間から自分の体力を消費する代わりに無の空間を作る。効果中は刀を握り続ける必要があり、その中に入るものはなんであれ思考や動きが止められる。時間を停止されたようなものだ。


 そして直径は体力の量によって変えることができ、俺は今、できる限り使える体力を全てこの虚空に使用している。そのため直径は現在55m。王国最大の虚空だ。


 「っっくっ!きっつ」


 言葉にしてこぼさなければ体力の減少に抗えない。


 だから嫌なんだよ!人の目に付く可能性のあるとこでそんなことすんなよな!やるなら真夜中の王国外にしてくれ!


 今にも倒れそうなのは久しぶりに、そしていきなりこの技を使ったから。慣れる必要があるのに無理をしてここまでやったんだ、この神託剣士が今後活躍しなかったら絶対に退けてやるからな。


 時が止まったような3人に近づく。首の骨が折れないように峰打ち。これで済んだのを幸運と思ってもらいたい。


 神託剣士はその場に放置するとして、正体不明のレベル5である2人は王城内に連れて行く。せっかくルミウとカッコよく別れて来たのにまた戻るとか……。


 「だっっっっる」


 とりあえず会議室にでも拘束して放置するか。


 絶対に解けないよう、手足をキツく縛る。気がついたときあまりの締め付けに悶てくれるようにめちゃくちゃキツく。


 これで作業は終わりだ。納刀して周囲を虚空から解放する。疲れがドッと押し寄せてくる。久しぶりにこんなに疲れた。


 それにしてもこの2人、レベル5には見えないんだよな。やはり無理矢理引き上げられただけのサルなのだろうか。明日にはそれを聞けるだろうからとりあえず今は会議室で放置だな。


 俺は再び夜の街の屋根を静かに駆け巡り王城内に戻った。王城に近づくとだんだんと街から聞こえる音が減っていく。時間の経過ではなく、人の有無によって。


 涼しいから寒いに変更された吹き付ける風も、慣れれば心地良いもので唯一の心の癒やしだ。


 この暗闇の中、国民の顔は見れないので下に視線は落とさない。ただひたすらに走る。行きが50秒なのに対して、2人抱えて、なおかつ体力も消耗した俺の帰りは1分半経過していた。


 行きは慎重に向かわなかったら5秒。18倍も使うなんて俺もそろそろ本格的に国務に就くべきだな。


 これが人の命が多く懸けられていたなら俺は許されない結果を残しただろう。怠惰は国民を殺すからな。これからは神傑剣士としてやるべきことを。


 「着いた……はぁ……」


 すぐに会議室に入る。こいつらをここに放置なんて、起きたらパニックになってしょんべん漏らすぞ。多分。


 扉を開く。足を踏み入れる前に第1座に座る人が俺の目の中に飛び込んできた。座って書物を重ねて置いているのはルミウ・ワン。書庫にいるとは思ったがこんな時間にここで書物を読むなんて……。


 「イオナ?なぜこんな時間に……それとそれは?」


 「話すと長いから簡単に説明すると、帰ろうとしたら任務に関係ありそうなやつらを見つけてな。看過するわけにもいかないだろ?だから捕まえて来たってとこ」


 「ホントか?!それは良いことをした!」


 夜21時過ぎとは思えぬ元気さを見せた。書物に目を通してるときはウトウトしていたのに。ホント、可愛いやつだ。


 「ごめんルミウ。こいつらのために虚空使ったから体力が限界で。話はまた明日でいいか?」


 「あ、あぁ。ちなみにどれくらいの虚空を?」


 「55ぐらい」


 「55……君はホントにバカげた能力値を出すね」


 「天才なんで」


 バカげたとは心外だか、実際ルミウの最高は全体力を使って30mなので言われる理由にはなるな。


 「ルミウも無理しすぎるなよ?倒れたら元も子もないからな」


 「心配ありがとう。私ももうすぐ帰ろうとしていたとこだ」


 嘘つけ。帰ろうとしてたらウトウトするかよ。


 「もしここで寝ていたって情報が耳に入ったら、次からは俺も一緒に残るからな」


 「……善処する」


 「ああ。それじゃこいつらはそのままで良いから、またな」


 「うん。また明日。あとおやすみ」


 おやすみなんて言われたことないのにな。初めて聞いたぞあのルミウからおやすみなんて。明日雪でも降るかもな。


 ルミウの珍しい1面を見れたことで俺は王城を後にした。

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