師匠と弟子と決闘――9

「Sクラスの称号は、僕のような選ばれし者にこそ相応ふさわしいのさ。そうだろう? ホークヴァン家は最上級貴族。落ちぶれたデュラム家とは違うんだよ」


 俺が嘆息たんそくするなか、ケニーによる侮辱ぶじょくは続く。


「デュラム家に未来はないね。終わりだよ、終わり。魔王を討伐したことでもてはやされたようだけど、きみ程度の子孫しか残せないんだから、『勇者』も『聖女』もたいしたことないね」


 ケニーがニタリといやらしく笑った。


 俺は心のなかで謝罪する。


 我慢していたのにすまんな、セシリア。


 きみの子孫なのにすまんな、フィーア。


 許してくれ。


 流石にいまのは許せんのだ。




「うるさいぞ、小者こもの




 思った以上に低く重い声が出た。


 ケニーが息をのむ。


 ルカの顔が青ざめる。


 ケニーの背後にいる生徒たちが身震いする。


 俺の全身から立ち上る威圧感に、辺りが静まり返った。


 コツン、と靴で床を鳴らし、俺はセシリアの前に出る。


「イサム、様?」


 俺の変貌へんぼうに、セシリアが目を丸くしていた。


 俺はゆっくりとケニーに近づいていく。


「『勇者』も『聖女』もたいしたことない。そう言ったな?」

「あ……ぅ……」


 コツン


「貴様は知らぬようだな。『勇者』と『聖女』がどれほどの艱難辛苦かんなんしんくを乗り越えてきたか」

「ひ……ぃ……」


 コツン


「『賢者』は尊敬していたぞ。この世界を守るため、命をけた『勇者』と『聖女』を」

「か……か……」


 コツン


「『勇者』と『聖女』をけなすことは、彼らを尊敬した『賢者』をも貶すことになる」

「は……っ……」


 コツン


「貴様は貶したのだ。『勇者』を、『聖女』を、『賢者』を」


 ……コツン


 ケニーの目前もくぜんに来た。


 ケニーはカチカチと歯を鳴らし、ガタガタと震え、い付けられたように立ちすくんでいた。


 まるで、獅子ししに牙をかれているかの如く。


「我が友たちを貶す者は、友の子孫であろうと許さん」

「ひぃっ!!」


 顔を脂汗あぶらあせまみれにして、ケニーが尻餅をつく。


 静かな廊下に、過呼吸かこきゅう気味のケニーの息づかいだけが聞こえていた。


 生徒たちはなにが起きたのかわからないようにたたずんでいる。


 俺は喝破かっぱした。


「そのように性根しょうねが腐っているから見誤みあやまるのだ! セシリアの評価が間違っている? たわけたことを!」


 ケニーがパクパクと口を開閉する。


「セシリアの評価は、たゆまぬ努力のすえ勝ち取ったものだ! ほかの誰でもない、セシリア自身の手でつかんだものだ!」

「イサム様……」


 セシリアの感じ入ったような声が聞こえた。


「恥を知れ、もの! 貴様にセシリアを評する資格などない!!」


 ケニーは全身をわななかせ、視線を泳がせる。


 やがて、ギリッと歯をきしらせて、ケニーが震える唇を開いた。


「しっ、執事のしつけが、なっていないね、セシリアくん!」


 青白い顔で、見るからに怯えきった様子で、それでもケニーが強がる。


「い、いきなり相手をおどすなんて! ど、どど、どういう教育を、しているのかな!?」


 なるほど。俺を加害者に仕立て上げることで、周りの生徒たちを味方に引き込もうとしているのか。あくどい真似を。


「ま、まったく! こんな、し、しつ、失礼な男は、はじめて見たよ! たた、手綱たづなは、しっかりと握っていてほしいものだね!」

「……いま、なんと言いました?」


 背後から静かな、しかし、明らかな怒りをはらんだ声がした。


「イサム様を失礼な男と、そう言ったんですか?」


 ゴールデンブロンドを揺らし、セシリアが俺の隣に並び立つ。


「わたしがバカにされるだけなら構いません。ですが、恩人をバカにされては黙っていられません」


 セシリアが言い放った。


「あなた如きが、イサム様をバカにしないでください!」

「――――――っ!!」


 青白かったケニーの顔が、一瞬で憤怒ふんどに染まる。


「調子に乗るなよ、七光り風情ふぜいが! こんな侮辱ははじめてだ!」

「いままであなたにされてきた侮辱に比べれば、軽すぎるくらいです!」

「僕は事実を口にしていただけだ! 否定したいなら証明してみせろ!」


 怒りのあまり猫を被ることを忘れたのだろう。ケニーは本性をむき出しにして怒鳴り散らした。


 ケニーがセシリアに指を突きつける。


「僕と模擬戦もぎせんをしようじゃないか、セシリアくん!」


 俺たちのやり取りを見守っていた生徒たちがざわつく。


「さっきからなにが起きてんだ? 脅したとか侮辱したとか」

「あんなケニーさん、はじめて見たわ……」

「ケニーさんとセシリアさんがいがみ合ってるってこと?」

「二回生と四回生の模擬戦? そんなの結果は決まってるだろ」


 ケニーがニヤリと口端くちはしを歪める。


「逃げたければ逃げるといい。いまなら、僕を侮辱したことも許してあげようじゃないか」

「誰が逃げるものですか!」


 セシリアがケニーに指を突きつけ返した。


「受けて立ちます! あなたにだけは負けません!」

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