師匠と弟子と決闘――8

 始業式は、校門の反対側にある講堂で行われるらしい。


 俺はセシリアとともに校舎の廊下を進み、講堂を目指していた。執事らしく、セシリアの斜め後ろに位置取るよう注意しながら。


 しばらく歩くと、前方から生徒の集団がやってきた。生徒たちは談笑だんしょうしており、その中心にはひとりの男子生徒がいる。二〇代手前とおぼしき青年だ。


 青年は中肉の長身で、セミショートの灰色髪と、紫のつり目をしている。


 腰には茶色いケースが下げられており、そこから白い取っ手が覗いていた。魔導兵装の一種『魔銃まじゅう』と、それをしまうホルスターという道具だろうか?


 ほがらかな表情を浮かべる青年に、周りの生徒たちは積極的に話しかけている。随分ずいぶんしたわれているようだ。


 俺とセシリアに青年が気づいた。周りの生徒たちを手振りで止め、こちらに笑顔を向けてくる。


「やあ、セシリアくん」

「……おはようございます、先輩」


 セシリアが足を止め、礼とともに挨拶を返した。


 青年が寄ってくるなか、俺はこっそりとセシリアに訊く。


「知り合いか、セシリア?」

「一応、そうなります。彼はケニー=ホークヴァン先輩。ホークヴァン分家のご子息で、この学校の四回生。魔兵士科:魔銃Sクラスの生徒です」

「ホークヴァン――フィーアの子孫か」


 友の子孫との遭遇そうぐう。喜ばしいことだが、いまはそれよりも気になることがあった。


 セシリアが気落ちしている?


 眉が下がり、顔がかすかにうつむいている。いつも明るいセシリアにしては珍しい表情だ。どうしたのだろうか?


「ほう? きみは今年もSクラスなんだね?」


 怪訝けげんに思っているあいだに、ケニーはセシリアの目前まで来ていた。


 ケニーがセシリアの胸のプレートに目をやり――口端を意地悪そうに歪めた。


「親の七光りに過ぎないくせに」


 ちょうど後ろの生徒たちに聞こえないほどの声量で、ケニーがセシリアをけなす。


 セシリアが唇を引き結び、スカートをキュッと握った。


「まったくもって不愉快だよ。きみ程度の凡人がSクラスだなんて。教師たちの目は曇っていると思わないかい? 所詮しょせん、きみが評価されているのは、『勇者』と『聖女』の子孫だからさ」


 強く握りしめているからだろう。セシリアの手は白く、体は悔しさからか震えている。


「ほら? なんとか言ってみなよ? それでも『勇者』と『聖女』の子孫か? この臆病者おくびょうもの


 ケニーがあおるがセシリアは言い返さない。いや、言い返ないのだ。


 ケニーの言葉は後ろの生徒たちに聞こえていない。ここで下手へたに言い返せば、セシリアが悪者にされてしまう。それがわかっているからこそ、ケニーはセシリアを挑発しているのだ。


 ふと俺は思い出した。


 セシリアが夢を語ってくれた日のことだ。


 セシリアは一流の魔剣士になり、デュラム家の地位を上げたいと話していた。


 その際、ポツリとこぼした言葉がある。




 ……それに、わたしをわたしとして認めてほしいですから。




 あのときは言葉の意味がわからなかったが、いまならばわかる。




 ――所詮、きみが評価されているのは、『勇者』と『聖女』の子孫だからさ。




 いまこそSクラスだが、入学当初、セシリアはBクラスだったらしい。


 ケニーだけでなく、ほかの者たちからもあざけられてきたのだろう。色眼鏡いろめがねで見られてきたのだろう。


 セシリアがBクラスから上り詰められたのは、贔屓ひいきされたからだと。


 だからこそ、セシリアは『「勇者」と「聖女」の子孫』ではなく、『セシリア=デュラム』として見られたいのだ。一個人として自分を認めてほしいのだ。


 悔しげなセシリアの表情に、俺の胸が締め付けられる。


 そのり、ケニーの背後からひとりのメイドが近づいてきた。


 長身細身。藍色のショートヘアと、切れ長の青い目を持っており、年齢は二〇代半ばと思われる。おそらく、ケニーの従者だろう。


「ケニー様。おたわむれはほどほどに――」

「なんだ、ルカ?」


 ルカという名前らしいメイドに、ケニーが冷え冷えとした目を向けた。


「僕に指図さしずする気か?」

「――っ! いえ、申し訳ありません……」


 ビクリと肩を跳ねさせて、ルカが一歩下がる。明らかにケニーにおびえている様子だ。どうやら手ひどく扱われているらしい。


 ふん、とつまらなそうに息をつくケニーに、俺は落胆らくたんした。


 友たちの子孫が、みな、セシリアのような善人とは限らないのだな。なかには、ケニーのような見下げた者もいるようだ。


 聡明だったフィーアの子孫が、このような小狡こずるい悪党とは……なんともなげかわしいものだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る