未来と孤独と救い――3

 いつの間にか日は暮れ、夜が訪れていた。


 思い出の場所を失ったむなしさにさいなまれながら、俺は宿を探す。


 さいわい、金は充分にある。魔王討伐の旅はなにかと費用がかさむため、多数の国から支援があったのだ。


「けして悪いことばかりではない。このむなしさもいつかは癒える。いまは休もう。疲れをとってから、また歩き出せばいい」


 自分に言い聞かせながら、俺はを進めた。





「……使えない?」


 宿の受付で俺は愕然がくぜんとしていた。


 黒い上等な衣服を身につけた、受付の男性が、申し訳なさそうに頭を下げる。


「はい。お客様がお持ちになっている硬貨は、一〇〇年以上前のものでして……」


 どうやら二〇〇年のあいだに使える硬貨が変わっていたらしい。


 つまり、俺が所持している金はすべて無価値。ただの円形の金属板になってしまったのだ。


 俺は、一文無いちもんなしになってしまったのだ。


「そうか……すまぬな」


 なんとかそれだけ口にして、返却された硬貨を袋に戻し、俺は宿を出た。


 春といってもまだ寒い。特に夜風は応える。傷心しょうしんに追い打ちをかけられた気分だ。


 ラミアの街は夜にもかかわらず明るかった。街のあちこちに立つ柱に明かりが灯っているからだ。俺の知らない技術だろう。


 街には相変わらず活気があり、酒場とおぼしき店から笑い声が聞こえてくる。


 そんな街を、俺はひとりで歩いていた。いや、さまよっていた。


 ロランたちが魔王を討ったと知ったときの喜びは失せている。


 二〇〇年後の街並みを散策したときの高揚感は失せている。


 人々の笑顔を眺めて感じた誇らしさは失せている。


 いまはただ、胸にぽっかりと穴が空いたような、その穴を風が通り抜けていくような、言いようのないむなしさだけが残っていた。


「……そうか」


 目新しい街のなか。


 見知らない人混みのなか。


 俺は悟った。




「俺は、ひとりなのだな」




 夜空を見上げ、息をつく。


 むなしさが過ぎると、涙は出ないのだとはじめて知った。


 そのときだった。


 けたたましい擦過音さっかおんを響かせて、一台のトロッコが駆け抜けていったのは。


 背後から走ってきたそのトロッコに乗っているのは、三名の人物だった。


 前方にひとりの男性。後方に、もうひとりの男性と――頭から袋をかぶせられ、両手両脚を縛られた、ひとりの女性。


 拘束された女性が、抵抗するように身をよじる。


「おとなしくしロ!」


 暴れる女性を、隣に座る男が押さえつけた。


 状況から察するに、あの女性は男たちに誘拐されようとしているのだろう。


 平和な街に似つかわしくない非常事態に、俺の周りにいる人々がざわめく。


 ざわめきのなか、腹の底から熱がこみ上げてくるのを感じた。


 グツグツと煮えたぎる、黒い灼熱しゃくねつ――憤怒ふんどだ。


「魔王がいなくなっても、不届ふとどき者はいなくならないようだ」


 抑えきれない怒りが俺を突き動かす。


 俺は地を蹴り、トロッコを追いかけるべく風となった。

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