ランドセル

しーちゃん

ランドセル

私はごく普通の家に生まれた。特別なことなんてない。公務員の父に看護師の母。1歳しか変わらない姉に祖母の5人家族。特別裕福ではないが貧しくもない。いたって普通の家族。父も母も怒ると怖いが普段は優しい。姉も喧嘩は良くするが仲が凄く悪い訳では無い。そして、少し口煩い時もあるけど、いつも優しいおばあちゃん。おばぁちゃんはよく遊びに出かける人だった。いつもオシャレをして色んなところに連れて行ってくれた。私はそんなおばぁちゃんが大好きだった。小学生になる前おばぁちゃんと一緒にランドセルを買いに行った。「ひなちゃんはどれがいい?」そう聞かれ、「これ!これがいい!」と大きな声でいった。私は鮮やかな赤色を選んだ。家に着くなりピカピカのランドセル背負っておばぁちゃんに見せた。「あら、可愛い。よく似合ってる。」そう微笑むおばぁちゃん。「良かったなぁ、日向。お袋ありがとうな。」とお父さんがいう。私はまだかまだかと小学生になるのを待ちわびていた。

入学式の朝、多くの新入生達が親に手を引かれ体育館に入っていくのが見えた。私は心踊った。

しかし、数人のカラフルなランドセルを見て少し羨ましく思った。私のは大多数が持つ赤。でも、可愛い女の子はピンクやオレンジ、少し大人びたボルドー。私のランドセルが少し在り来りに感じて恥ずかしく思えた。家に帰るなり「このランドセルやだ!」そう言って私は泣いた。おばぁちゃんが近づいて来て言う。「どうしたのひなちゃん?」私はぶつけようの無い怒りをおばぁちゃんにぶつけた。すると、「わがまま言わないの!」そうおばぁちゃんに怒られた。怒る所を初めて見た私は怖かったしびっくりした。その日はおばぁちゃんに近ずけなかった。しかし、子供の私はとても単純だった。寝て起きたら昨日の怒りなど忘れておばぁちゃんと一緒に朝ごはんを食べていた。子供なんてそんなもんだ。それから時間は経って私は高校生になった。バイトを始めて家族と過ごす時間が減っていた。おばぁちゃんは前にも増して口うるさくなった。「遅くまでバイトするな」「服装はもっと大人しいものにしなさい。」ことある事に私に注意する。正直めんどくさかった。ある日仲のいい友達2人に誘われてカラオケに行った。すると知らない男の人達が3人いた。「日向、可愛いのに彼氏居ないから、合コン付き合って?お願い!」そう言われて渋々OKした。合コンは皆楽しそうに盛り上がった。話しているウチに各々の気に入った人と話す真美と彩。私が困っていると、「楽しんでる?」そう聞かれた。「あ、まぁ。」そう曖昧に答えると「日向ちゃんだっけ?人数合わせとして呼ばれたの?」そう言われ「あ、はい。」と淡白に答えた。正直彼に興味はなかった。でも、話してみるとかなり波長があった。私たちは連絡先を交換して解散した。時計を見ると10時がすぎていた。家に着くなり、おばぁちゃんが大きな声をあげた。「何時だと思ってるの!女の子なのに、こんな時間まで危ないでしょ!」イラついた。「うざ。」その言葉を残し、ろくに話も聞かず部屋にこもった。イラついた気持ちを抑えるためにLINEを開いた。すると、「今日はお疲れ様!遅くまでありがとうね?無事家に着いたかな?」と連絡が来ていた。送り主は[齋藤直也]と書かれている。今日仲良くなった男の子。自然と顔が綻ぶ。私は直也くんに惹かれていた。それからも何度か会ううちに付き合うことになった。その頃から私はおばぁちゃんを少し避けるようになった。何が原因かなんてよく分からない。でも、明らかに会話が減り顔を合わせないようにしていた。

それから、大きく何かが変わるわけでもなく私は社会人になった。家族とはそれなりに仲のいいままだった。多少の反抗期はあったものの、疎遠になったり毛嫌いするほどの出来事はなく、本当にごくごく普通の日常を過ごしていた。おばぁちゃんとの会話は前にも増して減っていた。

実家を出て一人暮らしをはじめた。それから社会人2年目を迎えた私は直也と同棲を始めた。新しい生活の中、仕事に追われ実家に帰れずにいる。直也に結婚を持ちかけられたのは1週間前の出来事だった。私は少し悩んでいた。

そんなある日、お母さんから連絡が来た。『帰ってきたりしないの?おばぁちゃんが認知症になっちゃって、もし休みあるなら少しでもいいから一目会いに来なさい?』私はそれを見て少し気まずさを覚えた。あんなに昔は大好きだったおばぁちゃんを今では会うことすら億劫に感じる。考えているうちに面倒くさくなり、私はYouTubeを見る。そしてそのまま眠りについた。朝起きて、2人分の朝ごはんをつくる。そして仕事に行き、帰って家事をして寝る。そんな日々の繰り返しで気がつけばお母さんからの連絡後も実家に帰る事も出来ず半年が経っていた。そして、上司から「桜井さん今年夏休みどうしますか?」と聞かれた。去年は1年目ということもあり、最大7日間取れる夏休みを3日だけ取った。そして、残りの4日は別の日に有給として残しておいた。今年もそうしようかと思ったが、お母さんの言葉が脳裏に浮かんだ。おばぁちゃん。しかしやっぱり気まづいので「去年と同じで大丈夫です。」と答えた。仕事は疲れるが世の中に言うブラック企業と言われるものではなく割とちゃんとしている。だから私もそこそこ充実している。「桜井さん、今年も帰らないの?実家に。」と声が聞こえた。「お疲れ様です。はい。そんな遠い訳じゃないんですけど、何となく。」そう先輩の藤原さんに答えた。「藤原さんは帰るんですか?」と聞くと「あー。まーね。ほら俺ん家ちょー田舎だからwそれに婆ちゃんも歳だし。あと、何回会えるかわかんねぇーからなぁ。」そう言われた。そっか。この先もずっと会えるとは限らないのか。来年は帰ろうかな。と思ったがやっぱり今年は帰らない事にした。

何日かした時お母さんからメールが来た。「今年帰ってこれそう?」私は少し罪悪感に襲われた。「ごめん。今年も無理そう。来年帰れたら帰る。」そう送ると、「そう。分かったわ。」と帰ってきた。

その年の冬、お母さんから久々に、連絡がきた。「おばぁちゃん、施設に入ることになった。」私はびっくりした。なんで。動揺した。おばぁちゃんがいなくなる気がして怖くなった。気まずさとか嫌悪感とかその人の存在が確かにあるから感じるもので、居なくなるかもしれないと思うと途端に不安になった。いや、施設に入るだけで死ぬわけじゃない。そう言い聞かせるが、おばぁちゃんは先が短いところまで来ていると悟らずにはいられなかった。それでもやっぱり勇気がなく帰れない私はお母さんにおばあちゃんの様子を聞くだけで会いに行くことはなかった。直也に相談しようかとも思ったが、彼も今は忙しい時期で家でも顔を合わせる時間が少なくなっていた。余計な心配はかけたくないと思い黙っていた。

おばあちゃんが居なくなるという不安が消えかけた頃、私は何故か体調が悪い日が続いていた。「うぅ。気持ち悪い。」激しい吐き気に襲われた途端目眩で視界が真っ暗になった。気がつくと病院のベットの上だった。「日向!良かった。」そう叫んだのは直也だった。「直也?なんで、私」そう聞くと、「職場で倒れたんだよ。連絡が来て、それで慌てて」と直也が答えた。あ、そうだ。あの時私。そう思った時「やったな!」そう言われて戸惑った。「え?何が?」そう聞くと、「赤ちゃん!出来たって!」その返事に私は驚いた。しかし、私は喜びではなく不安が襲って来た。「こんな時に言うのもあれだけど。。。改めて俺と結婚してください。」そう言われて私は戸惑いながら頷くしか出来なかった。結婚は嬉しい。直也と結婚したい。でも不安で私は今にも押しつぶされそうになった。

理由を聞かれても困るけど、不安感に苛まれる。

そんな私に彼は優しく手を握り微笑む。幸せになれるだろうか。命を守る事が出来るだろうか、色々頭を巡る。その日は答えのない自問自答に疲れて眠ってしまった。朝起きて、まだ実感のないお腹をさすってみる。私の体に命が宿っている。そんなふうにはまだ信じられないというか、現実味がない、不思議な感覚に陥る。何となく夢心地の中でぼーっとしていると、ドアが不意に開いた。「あら、起きたの?」お母さんの問いかけにビックリしつつも、「あ、うん。なんで、ここに?」とお母さんに聞く。すると、「昨日の夜にね、直也くんから日向が倒れたって連絡が来て、いても立っても居られなくてね。ごめんね?」そう話すお母さんは何故か申し訳なさそうな顔をしていた。「ありがとう。こっちこそ、ごめんね。心配かけて」そう言うとお母さんは少し表情をゆるめて微笑んでいる。「具合はどう?疲労かしらね?倒れるなんて」その言葉でお母さんは私が妊娠したことを知らないと思った。言うか言わないか迷った。でも、いつかはバレる。いや悪いことではないのだから、と言い聞かせて声を振り絞る。「ねぇ、お母さん?私、」そう言うとお母さんは私の手を握り「大丈夫よ。私でもお母さん出来たから。」そう言われた。想像していない言葉に何も言葉がでない。「直也くんが教えてくれたの。順番が逆になって申し訳ありませんって。2人を幸せにしますって。いい人に出会えたのね。」そう言うお母さんはとても穏やかな顔をしていた。「ありがとう。」私は泣きたくなった。嬉しさからなのか分からないけど今にも泣き出しそうだった。

倒れた日から3日後に私は退院が決まった。退院しても暫くは安静にしてくださいと言われ、会社に連絡し有給休暇で休みを貰い、実家に帰ることにした。

懐かしい道。何もかもが懐かしい。何も変わらない風景になぜか安堵した。家に着くなり、お父さんがニコニコしながら近ずいてきた。「よく戻ったな!疲れただろ。」そう労いの言葉をくれる。久々に帰ってきた実家。典型的な田舎の家で少しギシギシなる床も、立て付けの悪い戸棚もそのままだった。「なつかしい。」そう呟くと「何も変えてないからね。」そうお母さんが言う。「おばあちゃんは?」そう言うと、お母さんは少し困ったように微笑んで、「もうね、私たちのことも分からないみたい。たまに思い出すんだけどね。」そう言う。そっか、認知症そこまで進行しちゃったんだ。何年も会っていない私のことはもう忘れちゃったのかな?そう思うと切なくなった。「お母さん?おばあちゃんに、会いに行っちゃダメかな?」そう言うと「是非会ってあげて?」と言われた。お母さんの車に乗っておばあちゃんがお世話になっている老人ホームに向かった。不思議な香りがする。甘いような、懐かしいような、なんとも言えない香り。老人ホーム特有の香りに何となく息苦しさを覚えた。「こんにちは」そう慣れたようにお母さんは介護士さん達に挨拶して迷うことなく歩いていく。私は軽く会釈をしながら声にならない思いを飲み込むのに必死だった。「ついたよ」そう言いながらスライド式のドアを開けるお母さんの手を無言で見続けていた。部屋に入ると、香りが強くなる。甘ったるい不思議な匂い。やせ細ったおばあちゃんが横になっている。枯れ枝のような腕、抱きしめると今にも折れてしまいそう。昔は少しふくよかだったのに、なんでこんなに痩せたの?と怖くなるくらい、不安になるくらいおばあちゃんは細かった。「お母さん、日向よ。わかる?ひなちゃん帰ってきたよ!」そう、大きな声でハキハキ話すお母さんを見て余計に不安が募る。私もいつかこんな風になるの?いつか、近い将来、おばあちゃんを失う。そうハッキリと感じて逃げ出したくなった。「んー、覚えてないのかな。認知症だから、私たちのこともあやふやだし、気に病まないでね?」と唖然としている私を見て勘違いしたお母さんは言葉をかけてくれた。「あ。うん。しょうがないよ何年も会ってなかったから」そう言うと、「ひなちゃん?」と弱々しい声が聞こえた。「ひなちゃん入学おめでとうね」そう確かにおばあちゃんが呟いた。「え?入学?」私は戸惑った。すると「ありがとう!日向も喜んでるよ!」とお母さんがおばあちゃんに合わせ言葉を発する。「日向ねお母さんになるのよ!」と少し泣きそうな声で言うお母さん。私は今から何ができるんだろう。言葉にならない不安や恐怖に今にも押しつぶされそうな中その場に立っているのがやっとだった。すると「これ、ひなちゃんに」そうおばあちゃんはタンスを指さす。お母さんがタンスを開いて「どれ?」と探している。「下、その2段目の中の袋」とおばあちゃんは苦しそうに顔を歪めて声を放つ。「これ?」とお母さんが手に取ったのは綺麗にラッピングされている袋。「ひなちゃんに」そう呟いて私を見ながらクシャクシャな笑顔を見せてくれるおばあちゃん。私は笑顔を必死に作った。「おばあちゃんありがとう!」と私を聞こえるように話すのがやっとだった。家に帰りプレゼントを開ける。びっくりした。そして、一気に後悔した。おばあちゃんは私が言った言葉をずっと気にしていた?おばあちゃんは私をずっと大切にしていた?おばあちゃんを私は大切に出来なかった。私はおばあちゃんを失う。涙が止まらなくなった。

可愛い鮮やかなオレンジ色のランドセルを抱きしめながら私は泣きじゃくった。

半年後、おばあちゃんは安らかに眠りについた。

葬式中、皆が泣いているように雨が降っていた。

おばあちゃん、私お母さんになるの。おばあちゃん、私お母さんになるから、見守ってて。間違えたらまた怒ってね。お母さんになる不安はあるけど、大丈夫。だって私はおばあちゃんの孫でお母さんの娘だから。

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ランドセル しーちゃん @Mototochigami

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