梅雨のサクラと冬瓜鍋 3

 食材準備班の咲哉さくや世津せつは、まず冷凍庫から松坂牛を探した。

 一般家庭用の冷蔵庫の隣に、飲食店にあるような大型冷凍庫が並んでいる。お歳暮などで貰い物が多く、ひとり暮らし状態の咲哉は何でも冷凍庫に放り込んでいるのだ。

「あった。これこれ」

 真空パックに貼り付けられたシールに『松坂牛』と書かれている。

「霜けちゃってるじゃないか。もったいないな。すぐ食べちゃえばいいのに」

「肉なんかもらったって、調理しなくちゃいけないじゃん。あ、シャトーブリアンだって。これも焼けば食えるかな」

 咲哉がのんびりと言った。

「わ、車エビとかデカっ」

「エビも焼けば食える?」

「エビも食っちゃっていいの?」

 咲哉は冷凍庫を眺めながら、

「全部食ってくれちゃっていいけど」

 と、言っている。

「待って、エビの下処理調べるから」

 松坂牛、シャトーブリアン、車エビのパックを冷凍庫から取り出し、世津はスマホで検索を始めた。

「おー。検索すれば良いのか」

 感心するように咲哉が言う。

「あんまり普段、検索とかしない?」

「他の事ではするけど、料理ではしてないな」

「それで自炊してるのも凄いけどな」

「自炊ってほどの事もしてないんだよな。じゃあ、こっちは野菜洗っとくから」

「うん」

 広々としたキッチンで、咲哉と世津は食材の準備を進めていく。


 テーブル準備班の流石さすが景都けいと利津りつは物置部屋から、カセットコンロとホットプレートを探している。

 物置部屋に入ってすぐ、大鍋やセイロなど調理器具の並ぶ棚があった。

 子どもたちには興味深いものだらけの物置部屋だが、何が高額なのかもわからず、おいそれと立ち入る事はできない。

 カセットコンロに焼き肉用赤外線ホットプレート、大きな土鍋もきちんと箱に入れられて保管されていた。

「ホコリっぽいから、とりあえず箱ごとリビングのテーブルに持ってこうぜ」

「うん」

「赤外線の焼き肉プレート、煙が少ないってやつだろ。広告で見たことあるけど結構な高級品だよな」

 と、利津が運びながら言っている。

「取扱説明書、入ってるよな」

「大きい土鍋は新品みたいだよ」

「本当だ。箱もテープで止めたまんまだ。けっこう重いな」

 流石と景都は、鍋料理の写真のある大きな箱から土鍋を取り出した。利津も赤外線ホットプレートやカセットコンロを箱から取り出している。

「鍋とプレートの部分は先に洗った方が良いな」

 ダイニングテーブル用の椅子も運び、カセットコンロにガスボンベも取り付けた。

 流石と景都、利津はテーブルの準備を進めた。



 窓の外は暗くなり始めている。

 ボタンひとつで動作する防犯シャッターも、すでに下りている。

 テーブルにはセッティングの完了した赤外線ホットプレートと、カセットコンロに土鍋も乗せられている。

「こっち、すぐ火つけられるぞ」

 と、流石はキッチンに立つ咲哉と世津に声をかけた。

「食材も用意できたよ」

 世津が大皿に並べた野菜と、肉やエビもテーブルに運んだ。

 咲哉が包丁やまな板を洗い終えれば、鍋と焼き肉の準備は完了だ。

 キッチンを眺めて流石が、

「換気扇、あっちか。咲哉、煙がいかない方向に座れよ」

 と、言って、自分は換気扇側に腰掛けた。

「うん」

 煙の少ない赤外線プレートと書かれていたが、念のため換気扇側に置いた。ぜんそく持ちの咲哉は換気扇から離れた土鍋の近くに座った。その隣に景都が腰掛ける。

 利津と世津も開いている椅子に座った。

「青森がリーダーって感じだな」

 と、利津が言っている。

「うん。うちのリーダーは流石だよ」

 と、楽しげに言うのは景都だ。

「じゃあ、鍋始めるぞ」

「おー」

 薄めずそのまま使える鍋の素がテーブルに置かれている。

「味噌鍋じゃないのか?」

「咲哉がこってりは苦手だって。この鍋の素は水炊きだよ」

 鍋の素を土鍋に入れ、咲哉は適当に野菜を入れていく。

 すでに温まっている赤外線ホットプレートも、世津が肉を置くとジューッという音が食欲をそそった。

「栃木の彼女お勧めの冬瓜とうがんは?」

 と、利津は鍋を覗き込む。景都が、

「川越さんの相手は、別のガリガリ男子だよ」

 と、言っている。

 焼き色のつく肉をトングで裏返しながら、世津は、

「痩せてはいるけど、栃木ってそんなにガリガリか?」

 と、聞いた。

「脱ぐと凄いぞ」

 などと流石が言うので、咲哉がふっと噴き出している。景都も、

「そうだよ。前に一緒にお風呂入ったけど、白いミイラみたいだった」

 と、言っている。

「白いミイラ……」

「じゃあ、今夜は俺らと風呂入ろうぜ」

 と、利津が言えば、

「俺ら?」

 と、すかさず世津が突っ込みを入れる。

 焼けていく高級肉を眺めながら、咲哉が、

「川越の中身はどうなってるんだろうなぁ」

 と、呟いた。

「中身?」

「いくら太ったって、脂肪を支えるための軟骨とかが新しくできるわけじゃないだろ。背骨とか3本くらい入ってないと、支えられなそうじゃないか?」

 咲哉は首を傾げながら言った。

「咲哉って、時々アホなこと言うよね」

 と、景都が言う。

「うん……そうか?」

「白菜の柔らかいところ食っていい?」

「いいよ。俺は灰汁あく取るし」

「灰汁は僕がやるから、咲哉はお肉食べなよ」

「ほら、焼けたぞ」

「あれ、お鍋にもエビ入ってるよ」

「で、けっきょく冬瓜ってどれ?」

 ニンジン嫌いが共通する流石と利津は、取り皿に次々とニンジンを乗せられた。咲哉も肉やらエビやらを盛られている。

 子どもたちだけの賑やかな夕食が続く。

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