梅雨のサクラと冬瓜鍋 2
長野
シンプルで落ち着いた洋風の門構え。その向こうには、雨に濡れる花の庭が広がっている。玄関は見えない。
ノートの切れ端に書かれた地図を、世津が見下ろしている。表札に目を向ければ『栃木』の名前がある。
お揃いのグレーの傘を差したふたりは、無言で顔を見合わせた。
利津がポケットからスマホを取り出し、咲哉に電話をしてみる。
すぐに咲哉は電話に出た。
「――なぁ、ここんちで合ってんの?」
家の中で咲哉は、インターフォンのモニターを見た。
「あってるよ。門の鍵開いてるから、通路沿いに歩いて来いよ。玄関も開いてるし」
と、咲哉は答えた。
雨に濡れる庭で、青や紫のアジサイが良く映えている。
庭師が定期的に手入れし、四季折々の風情が楽しめる庭だ。梅雨時期でも傷んだ植物は無く、しっとりとした趣がある。
洋風の豪邸と、見えてきた立派な玄関にもふたりは目を丸くする。
そして広々とした玄関ホールでも、利津と世津は揃って立ち尽くしていた。
咲哉と、
「あ、傘はそこ置いてね」
と、言うのは景都だ。
「うち、すぐわかったか?」
「うん。書いてくれた地図、わかりやすかったよ。あ、お邪魔します」
「いらっしゃい。リビング、こっち」
玄関ホールを見回す利津と世津に、流石が、
「わかるぜ。すげぇ家だよな」
と、頷いて見せる。
「金持ちとは聞いてたけど、ここまでとはな」
「中古で買った家だよ」
「リノベーションってやつ?」
「うん。そんな感じ」
大きなソファーの並ぶリビングも、見渡す広さだ。その向こうに、キッチンとダイニングテーブルが見える。
リビングで景都が、私服の長野双子を見比べている。
「顔しか同じじゃないね」
「いや、そんな事ないだろ?」
兄の利津はウィンドブレーカーのような上着を脱いで、泊り用の荷物を入れた布鞄もソファに置いた。ロゴの入ったTシャツにダメージジーンズを履いて、少しチャラチャラした印象だ。
弟の世津は薄手のトレンチコートに黒のリュックを背負っていた。その下にはYシャツにニットベスト、スッキリしたチノパンを履いて、優等生らしい印象だった。
普段は制服しか見ていない友だちの私服を見るのは新鮮だ。
流石は動きやすいスポーツメーカーのジャージ上下、景都は猫の絵の描かれた薄手のトレーナーだ。咲哉はグレーのパーカーに黒のスキニーを履いている。
リビングを眺めている利津と流石、景都を横目に、世津はキッチンへ向かう咲哉に、
「悪いな、栃木。よそのクラスの俺まで来ちゃって」
と、声をかけた。
「いや、助かるよ。野菜とか買い過ぎたから」
大きなダイニングテーブルには、買って来たばかりの野菜が並んでいる。半分にカットされた冬瓜もある。
近所に住む流石、景都、咲哉の3人で先に買い出しをして来たのだ。家が少し離れている長野双子は後から合流した。
「あ、お茶とジュース買って来たんだけど」
「おー、助かる。飲み物は忘れてたよ」
流石と景都、利津もキッチンへやって来た。
「冷凍庫の松坂牛で焼き肉もしようって言ってたんだぜ」
と、流石が言う。長野双子は、また目を丸くした。
「そんな高級食材、使っちゃっていいのっ?」
「いや、冷凍庫に3か月くらい入れっぱなしだったから、もう高級な味じゃなくなってるんじゃないか」
「そんな事ないだろ」
「じゃあ、準備するか」
と、流石が言った。
「うん」
「コンロとホットプレートは物置部屋だよな」
「うん。手前の方の棚にあると思う。あと、テーブルの椅子4つしか出てないから、もうひとつ出して来てくれ」
「よっしゃ。じゃあ、俺と景都と利津はそっちの準備だ」
と、流石が言うと景都と利津が頷いた。
「世津は俺と食材の準備だな」
と、咲哉も言うと、世津が頷く。
「美味い鍋と焼き肉作るぞ!」
「おー!」
作業開始だ。
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