第13話 梅雨のサクラと冬瓜鍋
梅雨のサクラと冬瓜鍋 1
6月に入っても、ヒンヤリした日の続く入梅時だ。
昼休み、短時間だが部活の練習に参加する生徒もいれば、図書室で読書をする生徒もいる。教室内も生徒たちのおしゃべりで賑やかだ。
突然、すぐ前の席の椅子がギシギシっと音を立てた。
珍しい音に咲哉が目を開けると、そこには学年で1,2を争うほどの巨体を誇る女子生徒、
「あ、起きた。栃木君」
咲哉に用があるらしい。
「……なに?」
「ちょっと、相談に乗って欲しいの」
既製品の制服で、このサイズもあるのだろうか……。
などと考えながら咲哉は、
「……眠いんだけど」
と、言ってみる。しかし、
「あのね。私、同じ塾で気になる男子がいるんだけど」
と、巨体の川越は話しだした。
「何の話?」
「その男子ね、栃木君みたいにガリガリなの。そういう男の子は、私みたいなデブってどう思うの?」
窓際でじゃれ合っていた
その様子をちらりと横目に見ながら咲哉は、
「俺は別にガリガリ代表ってわけじゃないけどさ」
と、言ってみる。
「言ってみてよ」
「……まぁ、自分の体型は自覚してるみたいだけどさ。川越は健康なのか?」
眠い目を擦りながら、咲哉は聞いてみた。
「別に、デブだからって健康に問題はないわよ」
「それなら良いんじゃないか。俺はどっちかって言うと年上が好みなんだけどさ。大人の場合は横にでかいと高血圧だの高脂血症だの、健康に影響が出てるだろ。脳梗塞とか心筋梗塞なんかに直結するものだ。それでも定期健診とか受けて自分の身体と相談しながら食べるのも楽しんでるなら、どこも悪くない事にして食べるばっかりな人とは違うなって思うよ」
と、咲哉は話した。
「……予想以上に、真面目な答えを言ってくれるのね」
「言ってみろって言うから」
「ありがとう。うん、もう少し私、自分の体と向き合って考えてみる」
頷くたびに、頬の肉が揺れる。
「俺にも教えてくれないか」
と、咲哉は聞いてみた。
「なに?」
「川越は食べるのが好きなのか」
「好きよ。食べるのが好きで動くのが嫌いだから、この体型なのよね」
「俺も動くのは好きじゃないけど、食べるのもそんなに好きじゃないからこの体型なんだよな」
「……食べるのが好きじゃない人なんて実在したの?」
川越が目を見張る。
「今の時期、お勧めの食材は?」
と、咲哉は聞いた。
「食材?」
「最近、インスタントとか多くてさ」
「それはデブより体に悪いんじゃない? 私は最近、冬瓜を入れた鍋料理にハマってる。作るのはママだけど」
「トウガン……でかくて中が白いやつだっけ?」
「そう。大根みたいな使い方が出来る野菜だけど、煮物が美味しいわ。味がしみ込みやすいから鍋料理にも美味しいの」
嬉々として話す川越に、咲哉はもうひとつ、
「鍋の味は?」
と、質問した。
「私は味噌鍋が好き。でも薄味もこってりも、なんでも合うわよ」
「そうか。じゃあ、今度試してみるよ」
「うん。じゃあ、ありがとう」
「こちらこそ」
川越は戸を大きく開けて2組の教室を出て行った。すぐに流石と景都、利津も咲哉の席にやって来た。
「味噌鍋の話してなかったか。告白じゃなかったのか?」
と、聞いた。
「違うよ。聞くならちゃんと聞いとけよ」
「お前ほど耳よくねぇから、遠くて聞こえなかったんだよ」
「塾に、俺みたいなガリガリの男子で気になる奴がいるんだってさ。で、ガリガリ男子はデブについてどう思うかって聞くから、自分の健康について理解してるなら良いんじゃないかって答えたんだよ」
と、咲哉が話すと、流石と景都は目をパチパチさせた。
「まともな答えだな」
「うん。珍しい」
「でも、なんで鍋の話が出て来るんだよ」
と、利津も聞いた。
「俺も聞いたんだよ。食べることが好きな奴のお勧め食材は何かと思って」
「咲哉も太りたいの?」
遠慮しない表現で景都は聞く。咲哉は薄く笑った。
「最近、
「インスタントかコンビニばっか?」
「雨の中、外食とか面倒だし、出前も飽きてきたし」
「体に悪いよぉ」
と、景都が言い、流石も、
「たまには俺んち食べに来いよ」
と、言う。
「いや、別に自炊できない訳じゃないんだけどさ」
「じゃあ、今夜は咲哉んちで鍋パーティーしようぜ」
楽しげに流石が言った。
「今夜?」
「明日休みだし、そのままお泊りとか」
「賛成!」
と、手を伸ばしたのは利津だ。
「お鍋はみんなでつつくと美味しいんだよ」
景都も楽しげに目をキラキラさせている。
「じゃあ、
と、利津が言う。世津は利津の双子の弟で6組の生徒だ。
「帰ったら、冬瓜買いに行こうね」
そういう事になった。
窓の外に目を向ければ、今日もシトシトと梅雨時期らしい雨が降り続いている。
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