喪服幽霊 5
初夏らしい爽やかな風が吹いている。
「おーい、ナッシー!」
「元気になったんだね!」
走って来る
「おー、お前ら。不思議屋の薬、ありがとうな。すっかり元気になったよ」
「よかった!」
「ナッシー、婆さんが、アズカリスキマって言ってた!」
元気いっぱい、流石が言った。
「……ん?」
「あれ、なんか違うよ? グリトグラじゃなくて……なんだっけ」
景都も首を傾げている。
山梨は両手で流石と景都の頭を撫でてやりながら、頭脳担当の咲哉が追い付くのを待った。
「大丈夫か、咲哉」
やっと咲哉も、境内に枝を広げるスズカケノキの影に到着し、
「うん……預かり蔵に、隙間を作るように、住職に伝えろって」
と、息を切らせながら言った。
「あぁ、預かり蔵か」
山梨は、咲哉の背中も撫でてやりながら言った。
「それだ! んで、預かり蔵ってなんなんだ?」
流石が聞いていると、母屋の裏手から住職がやって来た。その足元を、白狐の
「あ、笹雪」
「親父、預かり蔵に隙間作るように言われたって」
山梨が言うと、住職は頷き、
「このくらいの隙間なら、いつでも用意してある」
と、言って、手にしていた小箱を見せた。
笹雪は3人の足元まで来ると、ぴょんと飛び上がり景都の腕に抱かれた。
「例の新居から持ち出して来た。夫はその中にいる」
と、笹雪が言う。
「この中にいるの?」
「奥さんも来たぞ」
景都と咲哉、山梨が同時に墓地の方へ目を向けた。
水晶玉がなくては霊の姿が見えない流石は、景都たちの視線の先を水晶越しに見た。
墓地へ続く竹藪の通路を、喪服の女性が歩いて来る。
ゆっくりと歩いているように見えたが、喪服女性はあっという間に境内までやって来た。
『夫が、呼んでるの』
先ほどは違和感なく話せていた喪服女性の声が、どこか別の空間から聞こえてくるような音になっている。
住職は、手にしていた小箱を開けた。
目に見えそうな空気が、箱の中からこぼれ落ちたようだった。
「えっ」
箱の中から出てきたものは、喪服女性の前で、スーツ姿の青年になった。
お互いに気付くと、ふたりは驚いたような表情で見つめ合う。
青年はゆっくりと喪服女性の手を取り、
『ごめん……気付かなくて』
と、呟いた。
『――私も、ごめんなさい。探してくれてたのね』
「ここで、一緒に眠りなさい」
小箱を見せて、住職が言った。
箱の中には、ペアウォッチが入っていた。シンプルなデザインの、男物と女物の腕時計だ。
ふたりはぺアウォッチを見つめると、視線を交わし頷いた。
喪服女性が、子どもたちに優しい笑みを向けた。
『ありがとう』
3人も笑みを見せ頷いた。
ふたりの霊は深々とお辞儀した。周囲の空気に溶けるように、姿が見えなくなっていく。
キラキラとこぼれる光が、住職の持つ小箱に吸い込まれていった。
水晶玉越しに見ていた流石にも、ふたりの姿が見えなくなった。
「……別々の墓じゃなくて、お揃いの腕時計の中で眠ったんだな」
と、流石が言った。
住職は頷きながら、小箱のフタを閉じた。
「お前たちのおかげだな」
「ふたりが眠ったその箱を、預かり蔵って所に保管してくれるってこと?」
と、咲哉が聞いた。山梨が頷き、
「外からはわかりにくいけど、母屋の奥に
と、話した。
「いい意味で、お蔵入りってこと?」
「まあ、そうだな」
スズカケノキが、ゆったりとした風に枝葉を揺らしている。
「供養は、強制的なものではない」
と、住職が言った。
流石と景都が首を傾げる。
「屍や遺骨に、魂が留まっておらん事は多々ある」
「えっ」
「マジで?」
流石と景都、住職の息子の山梨も驚いているが、咲哉だけは納得した様子で、
「そうだろうなぁ」
と、頷いている。
「目で見える範囲をうろうろしていれば直接声をかける事も出来るが、どこぞへ行っとっても探しまわったりはせん。同じように経を上げるだけだ。もちろん、それを遺族に伝えるような事もせん」
流石がしみじみと、
「言って、どうなる事でもないもんなぁ」
と、言う。山梨は、
「それでもいいのか」
と、住職に聞いている。
「どんなかたちであれ、死後の道は必ず死者の前に用意されている。わしらは遺族の供養を届け、魂が安らかにその道を進めるよう促すだけだ。強制的にどこぞへ押しやったり、成仏を拒む者を無理に引き戻すようなものではない。少なくとも、通夜や葬式の場ではな」
笹雪を抱きしめながら景都が、
「そっか。強制的に成仏させちゃったら、死んじゃった人の思いも消しちゃうようなものだもんね」
と、言った。腕の中で笹雪が頷いている。
「だけど、その腕時計、どうやって取って来たんだ?」
と、流石が聞いた。笹雪は、
「ムカデに化けて、ふたりの新居の換気扇から入った」
と、答えた。
「ムカデに化けれるの?」
景都が目をパチパチさせて聞いた。
「小虫にもなれるがな。小さい虫は気をつけねばならん。昔、蚊に化けたら叩き潰されてしまってな。全身打撲に手足は折れるし、内臓も」
途中で咲哉が耳をふさいでやったが、景都はすっかり蒼ざめてしまった。
「あんまりグロいこと言わないで」
と、咲哉は苦笑いだ。
「すまん」
「結婚指輪とかじゃないんだな」
と、流石が言う。住職が頷き、
「高価な婚約指輪や結婚指輪が消えれば、遺族が不審に思うだろう。供養する者たちの意識次第で、死者が安らかに眠れない事もある。この腕時計の存在は親族も知らない。だが、ふたりで選んで日頃から身につけていた思い出深い物のようだ」
と、話した。
「ふたり、一緒になれて良かった」
景都が呟くと、笹雪も含め、全員が頷いていた。
若い夫婦が
遺族の意識に左右される事なく、安らかに眠れるのだろう。
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