喪服幽霊 4

 驚いて目をパチパチする景都けいとの横で、咲哉さくやは霊園を眺め、

「……反応なし」

 と、言った。景都も、

「うん。あそこの掃除のおばちゃんだけ、流石さすがの声に気付いたみたいだけど」

 と、言っている。

 清掃員の制服らしいピンクの作業着で、草むしりをしていたおばちゃんがこちらを見ている。

「そうだな。俺にも見える掃除のおばちゃんだ」

 掃除のおばちゃんは腰を伸ばしながら、

「どうしたの。はぐれちゃったの? 管理事務所の受付で、園内放送できるわよ」

 と、声をかけてくれた。

 咲哉がペコリと会釈し、

「すいません。駐車場の方だと思うので。お騒がせしました」

 とりあえず、そういう事にした。

「こういうのって、やっぱさ」

 と、咲哉が言った。

「ん?」

「住職から聞き出すより、不思議屋の婆さんに聞いた方が確実だったんじゃないか」

「あ、そういやそうだな」

 いつも色々とお見通しの不思議屋の老婆を、3人とも、うっかり忘れていたのだ。



 楓山かえでやまにも、3人はタクシーに乗って来た。

 何もないはずの山で下りる子どもたちに、運転手は微妙な表情を向けていた。タクシー運転手にも、不思議屋は知られていないらしい。

 しかし楓山の砂利道を登って行けば、古い木造家屋の『不思議屋』は現れる。

 朝は焼き菓子の香りだったが、出迎えたのは鰹出汁の香りだ。

 薄暗い店内を通り超し、奥の木戸から明るい喫茶テラスに入る。

 いつものテーブルには、3人分のうどんが用意されていた。

「おかえり」

 老婆も、いつものテーブルで出迎えた。

「お婆ちゃん、ただいま!」

「昼飯、期待してたぜ」

 と、流石は楽しげに言ってテーブルについた。

 山菜、温玉、油揚げ、かき揚げ。具沢山の温かいうどんだ。大食いの流石と小食の咲哉のどんぶりは、うどんの量も加減してある。

「これも、代金は必要ないの?」

 と、咲哉は一応、老婆に聞いてみた。

 すでに箸を持っていた流石と景都が、目をパチパチさせる。

「気にせず、おあがり」

 と、しわがれた声で言い、老婆は笑った。

「いただきまーす!」

 菓子作りが趣味という老婆に色々な焼き菓子を食べさせてもらっているが、具沢山うどんも近場のうどん屋よりずっと美味しかった。

 老婆のテーブルでは白狐しらぎつね笹雪ささゆきが、子どもたちのうどんに乗っているものと同じ油揚げをかじっている。

 3人はうどんを頬張りながら、香梨寺こうりんじの墓地で会った喪服女性の話をした。

「子どもは行動力があるな。すぐにここへ来ればいいものを」

 と、笹雪が笑っている。

 早々に食べ終えた流石が、

「旦那さんは奥さんの方の墓に行ってると思ったんだもんよ」

 と、口を尖らせている。

「あの霊園にはいないだろうよ」

「そっかぁ。やっぱり成仏しちゃったのかな」

 汁の中を泳ぐ山菜を箸で追い回しながら、景都は首を傾げている。

 よく噛んで食べる咲哉は、箸で摘まんだうどんを眺めながら、

「亡くなった事に、気付いてなかったりするんじゃないかな」

 と、言った。

 老婆は、金属の大皿に水を張った水盆すいぼんを見下ろしている。

「咲哉が正解だよ」

 と、老婆が言った。

「マジか」

「えっ。じゃあ、まだお仕事してるの? お仕事の事故で亡くなったって言ってたよね」

「咲哉はどこにいると思う」

 老婆に聞かれ、咲哉は少し考えてから、

「新居?」

 と、答えた。

「正解だよ」

「すげぇ。なんでわかんの?」

「なんとなく」

 やっとうどんを食べ終え、咲哉は箸を置いた。

「美味かった。いい出汁だね」

「うん。美味しかった。ご馳走さま!」

「お粗末さま」

 皺を余計に刻み、老婆はクックッと笑った。

「これか?」

 水盆を見下ろす笹雪が言っている。

「ああ。連れて来ておやり」

 老婆が言うと、笹雪はテーブルから降り、トコトコッと喫茶テラスを飛び出して行った。

「笹雪、どこ行ったんだ?」

「夫の霊は新居で、帰りを待っているはずの妻を探す時間を続けている」

 と、老婆が言った。

「妻を探す時間……」

「仕事から帰って来て、おかえりって出迎えてくれるはずの奥さんがいない、どこ行ったんだろうっていう時間が終わらずに、奥さんを探し続けてるってこと?」

 咲哉が聞くと、老婆はゆっくりと頷いた。

「職場で死んだことに気付かず、帰宅した夫は、すでに妻とは別の次元の新居にいたんだよ。新居で妻が自分の後を追ったことも、まだ知らずにいるんだ」

「そんなぁ……」

栽太さいたが起きた頃だ。香梨寺へ戻って、預かり蔵に隙間を作るよう住職に伝えな。笹雪も夫の霊を連れて、香梨寺へ行くだろう」

「あずかりぐら?」

「行けばわかるよ」

「よっしゃ。じゃあ、行ってみようぜ」

 と、流石が立ち上がると、景都と咲哉も続いた。

「婆ちゃん、ありがとな。ご馳走さま!」

 3人は元気に駆け出して行った。

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