喪服幽霊 3

 竹藪たけやぶの通路を戻りながら、流石さすがは、

「案外、旦那のほうは奥さんの墓の前で泣いてたりしてな」

 と、呟いた。景都けいとも、

「ナッシー寝込んじゃってるからさ。お爺ちゃんに相談してみようよ」

 と、言っている。

 咲哉さくやは腰をさすりながら、

「住職は本堂で、法事の用意してるって言ってたな。でも、教えてくれるかな」

 と、呟き、首を傾げた。

 墓地には初めて足を踏み込んだが、香梨寺こうりんじの中は探検済みだ。

 山梨たちが住む母屋の裏手にゴミ置き場がある。すでに落ち葉を詰めた袋が積まれている。その上に流石は、枯れた花や雑草を詰めたゴミ袋を乗せた。

 境内の隅にある水道で手を洗い、3人は本堂の入り口に向かった。

 住職は灰色の作務衣さむえ姿で、卒塔婆そとばを書いていた。

 3人が入っていくと、住職は筆を置き顔を上げた。

「あぁ、お前たちか。墓地の掃除を手伝ってくれたんだってな」

「うん。それでさ。爺さんに聞きたいことがあって」

 と、流石が切り出し、喪服の女性の話をした。

 頷きながら話を聞いていた住職は、

大月おおつきさんか。埋葬に奥さんがいなかったのは体調不良と聞いたがな」

「お葬式のあと、旦那さんの後を追ったんだって。でも、奥さんの実家でもお墓を買ってあるの自慢したくて、そっちに入れられちゃったんだって」

 喪服女性の涙を思い出して、景都は悲しげに言う。

「知っていれば、夫婦は同じ場所で眠らせるように勧めたんだがな」

「旦那さんは成仏しちまってるのかな」

 流石に聞かれ、

「わからんな」

 と、住職は肩を落として言った。

「ずっと泣いてるんだよ。あのお姉さんに、してあげられることはないの?」

 と、景都も聞いた。

「なにか頼まれたのか?」

「もうしばらく、ここに居させてってだけ」

 と、咲哉が答える。

「そうか。なら、自然に任せておけばいい」

「えー……」

 流石と景都が、不服そうな声を漏らす。

「奥さんの方の墓とか新居とか、知らねぇの?」

 と、流石が聞いた。住職は、

「個人情報だ」

 の、一言だ。しかし、力強く流石は、

「故人事情の方が優先だろ」

 と、言い返した。

「おー」

 景都と咲哉が拍手している。

「ふーむ」

 住職は唸るような溜め息をつき、流石の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「ちょっと待っていろ。調べて来る」

 そう言って立ち上がると、住職は本堂を出て行った。



 喪服女性の実家の墓地は、都市開発と共に開かれた新規管理霊園だそうだ。

 香梨寺は中央駅より山側の北区にあるが、管理霊園は中央区より南寄りにあった。

 電車やバスを使うのもダルいという咲哉がタクシーを呼んだ。

 郊外で緑も多く、明るい印象の地域だ。しかし、日頃は山で遊ぶ子どもたちにとって、街路樹や公園の緑は人工的にも見えた。

 管理霊園も緑に囲まれ、大きな公園のような入り口だった。

 四季折々の植物も花壇も手入れが行き届いている。通路を進めば、管理事務所や休憩所にトイレもあった。

 見渡す広さの霊園だ。

 庭師や掃除のおばちゃんが、流石たちの頼まれたような仕事をてきぱきとこなしている。

「ナッシーの所とは大違いだね」

 と、景都が感想を述べた。

 朝から不思議屋へ遊びに行き、香梨寺で手伝いをし、そろそろ正午を回る。

 初夏の日差しから顔を背けるように、フードを目深に被った咲哉は、

「ここで探し回るとか、俺は無理だ」

 と、溜め息をついた。

 とりあえず、3人は霊園を見渡せそうな木陰に入った。

「土曜日だし、これだけ広いと、お墓参りに来てる人もたくさんいるね」

 と、景都が言っている。

「ん?」

 流石が首を傾げた。咲哉は、

「いや、景都。お墓参りに来てる人は、そんなにいないよ」

 と、言う。

「……えっ」

 流石が水晶玉を覗き込んだ。

「おー、マジか……」

 スーツや和服、カジュアルなど様々な格好の霊が漂うように歩いていた。

「墓地って、けっこう幽霊がいるもんなのか」

 と、流石が言っている。

 周囲を見回しながら、景都は咲哉の手を握った。

「生きてそうに見える幽霊さんばっかりだよ」

「……こっちはまた、別の問題なんだろうな。ほとんど浮遊霊って感じだ」

 と、咲哉が言っている。

 水晶玉を覗きながら、流石が、

「大月さん、いますか!」

 と、声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る