五人熟女と亡毒蛇 2

 背中にしがみ付いてくる景都けいとをなだめながら、

「どうすりゃ良いんだ?」

 と、流石さすがは小声で咲哉さくやに聞いた。

「うーん、ナッシーのところ行ってみようかな。福井先生、早退していいですか」

 咲哉が聞くと、福井が白衣をひるがえして歩み寄った。

「引っぺがせばいいじゃない」

「え?」

 福井は咲哉の腕と、そこに巻き付く何かを掴んだ。ぐるぐると紐でも解くように引き剥がす。

「いて」

 咲哉の腕から引っぺがした何かを、福井は勢いよく床に叩き付けた。

 パーンッと、音のような衝撃が伝わってきた。

「――っ!」

「ほら、消えちゃったわよ」

 不思議屋でもらった水晶玉をポケットから取りだすのが一瞬遅く、流石は何も見えなかった。その横で、全て見えていた景都が硬直している。

 景都の肩を支えてやりながら流石は、

「大丈夫か? 何がどうなったんだ?」

 と、聞いた。

「俺も、よくわからなかったけど」

 と、咲哉も福井に目を向けた。

 福井は両手をパンパンと払いながら、

「まずは座りなさい、3人とも」

 と、言った。3人は大人しく、丸テーブルのパイプ椅子に座った。

 咲哉は、握っていた左手をゆっくりと開いた。

 手の平には爪痕がくっきりと残っている。そして不思議屋でもらったばかりの、薄緑色の守り袋が握られていた。

「この前もらったお守りか」

「うん」

「咲哉、爪の痕ついちゃってる。あっ、こっち血が出てるよ」

 親指の付け根に2か所、小さな血のしずくが膨らんでいる。

「ヘビの噛み痕みたいだな」

「消毒しましょ」

 と、福井は丸テーブルに救急箱を持ってきた。

 消毒液を含ませた脱脂綿で拭かれ、絆創膏を貼り付けられた。

 景都は噛まれたわけでもないが、終始、痛そうな表情になっていた。咲哉本人はいつもの無表情で眺めている。

「これで大丈夫よ。治るまで清潔にしてね」

「ありがとうございます」

「咲哉、大丈夫?」

「うん」

 救急箱を閉じながら、福井は丸テーブルに置かれた薄緑の守り袋に目を向けた。

「あら、それ。不思議屋のお婆ちゃんの?」

「福井先生、知ってるの?」

 と、景都が聞き返す。

「ええ。救急箱片付けちゃうから、保健室利用票、適当に書いておいて」

「はーい」

 『保健室利用票』と書かれた用紙が、クリップボードに挟まれている。生徒が保健室を利用した理由などを記入するのだ。

 言われた通り咲哉は適当に、自分と景都が体調不良で休憩に来たような内容で記入しておいた。

 すぐに戻って来た福井も、丸テーブルを囲んで腰掛けた。

 握られて少しよじれてしまった守り袋を見下ろし、福井は、

「どうして、あんなものに巻かれてたの?」

 と、聞いた。景都は首を傾げて、

「福井先生、さっきの見えてたの?」

 と、聞き返した。

「見えてたわよ」

 と、福井は平然と答える。

 流石たち3人が、揃って目をパチパチさせた。

「富山君も見えるのね。栃木君も?」

「さっきのは、ほとんど透明に近い半透明に見えてました」

 と、咲哉も答えた。

「僕には、濁った薄紫みたいな色の太いヘビが、咲哉の手に噛みついて巻き付いてるように見えたよ」

「私も同じよ。青森君は?」

「俺はなんも。咲哉の袖が、腕にまとわりついてるように見えただけっす」

 流石も答えると、福井は、

「今のは亡毒蛇もうどくへびよ」

 と、言った。

「猛毒っ?」

亡者もうじゃの吐く毒を好んで食べるから亡毒蛇。生きている人間に害はないわよ」

「じゃあ、あのオバサンたちが亡者……」

 思い出したように、景都が呟いた。

「オバサンがいたの?」

「廊下をオバサンが何人か歩いてて、保護者とかPTAの人たちかと思ったの。でも廊下側の窓から目が合って、ドアを開けないで入って来たから、普通の生きてる人じゃないんだなって……」

「教室に入って来てたのか?」

 流石に聞かれ、景都は頷いて見せる。

「僕を取り囲んで、なんかゴニョゴニョ言ってた。怖くて下向いてたら、咲哉が追い払ってくれた」

 頷きながら福井は咲哉に視線を向ける。咲哉は、

「俺は急に気分悪くなったんです。保健室に行かせてもらおうかと思って先生の方を見たら、教卓の前の席で景都が重苦しそうなもやに圧し掛かられてるのが見えて。このお守りで追い払えたかと思ったら、半透明の何かが腕に巻き付いてきたんです」

 と、話した。

「咲哉は靄みたいに見えたり、くっきり見えたりするよな」

「そうだな」

「顔色悪いよ」

 不安げに景都は咲哉の顔を見つめている。薄い笑みを見せる咲哉の額に、福井が手を当てた。

「栃木君は亡者の毒気どくけにあてられたのかも知れないわね。それとも、朝食を抜いてきたのかしら」

「朝はニンジン食って来ました。生でかじるガリガリ感にはまってて」

「ニンジンだけかよ」

「朝は食欲ないんだよ。面倒くさいし。でも太いニンジン、オリーブオイルちょっとつけて丸ごと一本食ったよ」

 と、咲哉は話す。福井は、

「ミネラルやビタミンは豊富でも、たんぱく質も炭水化物も足りないわね。身長、止まっちゃうわよ?」

 と、言ってやる。

「気をつけます」

 咲哉は真面目に頷いて見せた。

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