第11話 五人熟女と亡毒蛇

五人熟女と亡毒蛇 1

 薄暗い不思議屋の店内。

 銭湯の番台のように少し高くなった囲み机の中、置き物のように老婆が座っている。

 ぼろきれやスカーフに包まれた地蔵か何かのようだ。

 棚には怪しげなビン詰めや和綴じの古い本、ガラスや金属の塊のようなものも並んでいる。床には蓋の閉じられた大瓶おおがめや、竿のようなものが何本も入った壺の並べられた一角もある。どれも見ただけでは何なのかわからない、謎の商品ばかりだ。

 囲み机の上では小さな白狐しらぎつね笹雪ささゆきが丸まっていた。薄暗い店内でも、白い被毛がよく目立つ。

 不気味な商品たちの中に溶け込む老婆より、寝息を立てる笹雪の方が存在感があった。

 今日は風が強い。

 大きな暖簾のれんの隙間から、午後の日差しと一緒に風が流れ込む。

 戸は開けっ放しの不思議屋だが、強風に暖簾がバタつくことがないのも店の不思議のひとつだ。

 ゆったりと流れ込む午後の空気に、笹雪が目を覚ました。

 老婆の皺だらけな手に撫でられながら、大きな欠伸あくびをする。

「ポテトチップを食べてみたい」

 笹雪は黒い目をパッチリ開けて言った。

「夢にでも出てきたかい」

「うむ。景都が美味そうに食べていた。袋菓子というやつか」

「ほう。なら、ちょうどいい」

 老婆がゆっくりと頷いた。

「ガキ共の帰り道に、ねだっておいで。代わりに、守り袋でも作っておいてやろう」

 クックッと笑いながら、老婆は笹雪の小さな頭を撫でた。

 笹雪は黒い目をキラキラさせると、囲み机を降り、暖簾の隙間をくぐって行った。

 店の外、楓山かえでやまの木々が乾いた風にざわめいていた。



 青森流石あおもり さすが富山景都とやま けいと栃木咲哉とちぎ さくやの3人組が不思議屋へ通うようになってから、ふた月近く経つ。

 中学生らしい座学の授業にも慣れて、ノートに落書きをしたりこっそり居眠りすることを覚えた生徒も多い。

 流石たち1年2組は国語の授業中だ。

 黒板に向かう中堅の男性教諭は、近付く足音に振り返った。

 一番後ろの席に居るはずの咲哉が、教卓のすぐ手前に座る景都の肩をさすっている。

「栃木君。どうした?」

 と、国語の男性教諭が声をかけた。生徒たちも目を向けている。

「貧血っぽいので保健室に行かせてもらおうと思ったんですが、富山も具合が悪そうに見えたから」

 と、咲哉は言う。

 居眠り常習犯の流石も、咲哉の声で目を覚ました。

「富山君。具合悪い?」

 男性教諭に聞かれ、景都は泣きそうな顔で頷いた。

「そういう時は我慢しないで、先生に言っていいんだよ」

「はい……」

 流石が手を上げ、

「先生、保健委員男子が爆睡してるので、俺が保健室に連れてきます」

 と、言った。

「じゃあ、青森君にお願いするね。でも、相沢君も叩き起こしなさい」

 クラスメートたちが笑い合う中、3人は教室を出た。

 まだ午前中の3時間目が始まったばかりだ。

 授業中で静かな廊下を、3人は黙って保健室に向かった。

 びくびくしながら今にも泣きそうな景都の背中を、流石が支えている。

 やっと1階の保健室に着くと、景都は溜め息を吐きだすようにボロボロと涙を落とし始めた。

「怖かったぁ……」

福井ふくい先生ー」

「あら、どうしたの?」

 養護教諭の福井は、保健室奥の職員机で書き物をしていた。

「こいつら具合悪くて、俺は付き添い」

 と、流石が言った。福井教諭は、

「こっちいらっしゃい。座って」

 と、保健室中央に置かれた丸テーブルに呼んだ。

「いや、俺は」

 咲哉は、体の後ろに回していた左腕を見せた。

「ひっ」

 景都が、よろけるように流石の後ろへ隠れてしまう。

「咲哉ぁ、ヘ、ヘビが――」

「ヘビ持ってんのっ?」

「やっぱりヘビか。なんか動く長いのが巻き付いて手が開らかないんだ」

 握った拳を見下ろしながら、咲哉が言っている。

 流石には、咲哉のYシャツの袖が、腕にまとわりついているように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る