残念な大人が実在する 9
「口を挟まないでほしいという事ですよ。そういう横やりで話がどんどん変わってっちゃうんです。いつもそうなんですよ。この間だって」
などと、言葉を並べ続ける。
「自分が話変えようとしてるんじゃないか」
「さっき見てたピンポン玉は前に授業で使ったのを、ポケットに入れたまま持ってきて戻すのを忘れていたものだ。体育教師なんだから、よくあることだ。今回の件とは関係ない」
と、数本は
「さっき学校の体育倉庫を見てきたけど、卓球の玉は全部白だったぜ。あんたが使ったのは、オレンジ色だろ。階段のタイルと似たような色の、これだ!」
ポケットから、流石はポリ袋を取り出して見せた。ゴミ箱から拾っておいた、両面テープに包まれたピンポン玉が入っている。
「それは?」
と、福井が聞いた。
「階段に座ってたりコソコソしてたり、なんかベリッて剥がしてポケットに隠したりしてるのも気になったから」
話途中の流石にも、数本は、
「コソコソしてないって言ってるだろう!」
と、声を上げる。しかし、流石はさらに強い口調で、
「そんな事はどうでもいい。俺たちは、あとをついてったんです。そうしたら、体育教員室の外のゴミ箱に、ポケットに突っ込んでた階段から剥がしたやつを捨ててたんだ!」
と、言い切った。
「俺が捨てたのはガムテープだっ。それは他の誰かが捨てたものだろうっ」
「指紋を調べればわかるっ」
「調べておくから、こっちに持って来なさい」
などと言いながら立ち上がり、数本は流石たちに近付いて来る。
「犯人の指紋と奈良が踏んだ上履きの跡が残ってるものを、どうするってんですか!」
少々
「詳しい話は、警察の人に立ち会ってもらいましょう」
やっと、そういう事になった。
「そんな必要ないですよ。いや、もっと前に、ピンポン玉みたいのが入ったビニールテープを丸めて捨てたんだったかなぁ。そうだ、そんなゴミも落ちてたのを拾って捨てましたよ。そう、拾った拾った。ゴミの事なんか普通は覚えてませんよねぇ」
いつまでも数本が言い訳を作り続けるのも教頭は取り合わず、受話器を耳に当てていた。
警察が来ると、すぐに結論は出た。
流石が拾っておいたピンポン玉にも包んでいたテープにも、数本の指紋がベタベタついていたらしい。警察が来るまで、数本が証拠品を触ろうとしていたが流石が死守した。
数本が座っていた階段の床や手すりも、鑑識が指紋を取っていた。
ピンポン玉を貼り付けていたのは教材用の大きな両面テープで、職員室奥の備品室に保管されていたものと確認された。
もちろん初めは『その疑いで事情聴取』という話だったが、翌週には数本が離職したと生徒たちに伝えられた。
奈良と
老紳士という印象の校長は、出張のため職員会議には出席していなかったのだと話していた。
数本は階段の上階から、奈良が歩く位置を何度も観察していたらしい。いつも同じ足から階段を上がり始める癖を利用し、奈良が踏む辺りにピンポン玉を貼り付けたのだそうだ。
今時は何をやっても体罰と言われるから天罰を与えてやるつもりだったと、数本は供述しているそうだ。学校がそういう事にするつもりなら平教師に決定権はないなどと開き直り、懲戒免職を受け入れたらしい。
校長の話では、学校側の決定はそこまでで、あとのことは警察に任せているとのことだった。
奈良と咲哉、流石と
相変わらず、
「懲戒免職なんだね。学校の先生ってクビにされる前に、自主退職を勧められるって聞いたことあるけど」
と、奈良が言った。咲哉は踊り場の窓の外を眺めながら、
「それは多分、学校側が生徒に配慮したことでさ。全ての教師が約束されてることではないんだと思うよ」
と、話した。
「クビより重いやつでしょ?」
「うん。普通は退職金も出ないし、転職の時に前職で懲戒免職になったことを伝える義務がある」
と、言う咲哉に、流石は、
「当たり前だろ。下手したら死んでたぞ。奈良もお前も、当たり所が悪かったり受け身が下手だったりしたらさ。そんな奴が、またどっかですんなり教師にでもなってると思ったらゾッとするぜ」
と、低い声で言った。
「確かに」
「確かに」
全員が頷いた。
窓の外を、鳥たちが飛び交っている。
「体罰じゃなくて、天罰だって言ってたってさ」
奈良が呟いた。すぐに吉野が、
「奈良は何も悪くないだろ。天罰が下ったのは数本だ」
と、力強く言う。咲哉も頷きながら、
「ちょっと大事になっちゃったけど、警察に捕まってなければ、いい気になってまた何かしてきたかも知れない。事故じゃなくて故意に落とされたって、自分で噂流してたくらいだしな」
と、言った。
ありのままの記憶を伝えてくれた階段の天井を、景都が見上げている。
「ああいう大人、本当に身近にいてびっくり」
と、景都が呟く。
全員が、もう一度頷いた。
その後、数本は服役のための離職という噂が流れたが、納得できる生徒が多かったという。
警察の立ち入りでざわめきは大きかったものの、それほど話題も続かず忘れ去られていった。
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