残念な大人が実在する 7
ベッドに入った
暗く重い、不気味な夢を見ていた気がする。
咲哉が看護師に起こされたのは、普段ならまだ起きている時間だった。
「イタリアのお母様から電話よ。起きられる?」
黒縁メガネの看護師が小声で言う。
「はい」
咲哉も眼鏡を掛けながら、ベッドに身を起こした。
「夜だから、手短にね」
コードレスの電話器を受け取り、咲哉はベッドから降りた。カーテン越しの隣のベッドでは、奈良が軽い寝息を立てている。
腹部の鈍い痛みに片手を当てながら、そっと病室を出た。
暗い廊下を、先程の看護師の足音が遠ざかっていく。
「もしもし」
『咲哉、怪我は?
咲哉の母親、
「うん。秋さんが病院にも来てくれて、迷惑かけちゃったよ」
『それは私が謝っておくから、たっぷり甘えさせてもらいなさい。あなた、大丈夫なの?』
「……」
咲哉は、よろけて壁に手をつき、ゆっくりと屈み込んだ。
腹部と腰の鈍い痛みが膨らんでいく。
『咲哉っ? 聞こえてる?』
「……聞こえてる。隣のベッド、寝てるからさ。廊下に出てきたら、ベンチに足の小指ぶつけた」
そういう事にした。
『大丈夫?』
「大丈夫。やっぱ、母さんの声聞くと落ち着くもんかな」
咲哉は小さく笑った。
学校での事故や病院に運ばれてからのことを、簡単に伝えた。
「検査では、なんともないって。奈良も。タクシーで帰るって言ったんだけど、秋さんが迎えに来てくれるって。そのまま秋さんのとこに泊めてもらう。だから帰って来なくていいよ」
『そう……ひどい怪我じゃなくて良かったわ。でも、ひと仕事切り上げて帰るからね』
「わかった。父さんにも心配させちゃったかな」
『まだ伝えてないのよ。お仕事が手につかなくなっちゃうから、こっちの夜にでも伝えるわ』
「うん。それがいいね」
暗い廊下にうずくまったまま、咲哉は小さく笑った。
あれこれ考え込んでいたが、やっと頭がすっきりした。
自分から日本で生活すると言っておきながら、母親の声で安心してしまう自分はまだまだ子どもなのかと実感する。まぁ、それでもいい。
咲哉は、ゆっくりと立ち上がった。
ホッと、ひと息つけたような気がした。
翌朝、
保健室では、流石たち2組の担任の
流石と景都は、実は
香川教諭も福井教諭も目を丸くしている。真剣な表情で養護教諭の福井が、
「昼休みに職員会議があるから、乗り込んでらっしゃい」
と、言った。香川は目をパチパチさせ、
「事故防止の対策についての話し合いでは?」
と、首を傾げる。
「故意に階段から落とされた1年生が、救急車で運ばれたって噂になってるのよ」
福井が言うと、香川と流石に景都も目を丸くした。
「昨日の今日で、もう噂に?」
「噂の出所はバレー部みたい。バレー部と体育館を半分ずつで使ってるバスケ部の子が、昨日の放課後、保健室に聞きに来たのよ。本当にそんな事あったのって。だから誰から聞いたのか聞き返したら、バレー部の子たちだって言うの」
「バレー部の顧問は数本だ」
と、流石が言う。福井が頷いている。
「奈良君とご家族は荒立てないことをご希望だから、変な噂させないようにって教頭から指示があると思うわ。今時、こういう事を生徒が無責任に何かに書き込んじゃったりして、大騒ぎして何が何だかわからない状態にされるくらいなら、奈良君のご家族は正当に被害届を出すことを考えるそうよ」
「それは確かに、学校側がしっかり対応をしておくべきですね」
と、香川もしっかりと頷く。
景都は潤んだ目を擦りながら、
「よかった。やっぱり、学校の先生ってだいたいは凄くまともな人たちだよね」
と、つぶやいた。
担任の香川は若々しい女性教諭だ。優しい笑みを見せ、景都の頭を撫でた。
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