残念な大人が実在する 6
救急車で
あれこれと検査され、大事をとって病院に一泊することになった。
窓の外は、すでに真っ暗だ。
ベッドがふたつ並んだ病室で夕食も済み、ふたりはやっと一息ついたところだ。
廊下から、奈良の母親が看護師と話している声が聞こえる。
普段はコンタクトレンズを入れている咲哉は、すでに外して眼鏡をかけている。パジャマは、病院の貸し出し入院着だ。
咲哉は、隣り合うベッドの間に引かれたカーテンを、ボフボフッとノックしてみた。向こう側から、額にガーゼを貼られた奈良がカーテンを開けた。
「お母さん、帰ったんだな」
「うん。また明日、朝一で来るって。母さん、心配性なんだよ」
と、奈良が苦笑いしている。
「そっか」
枕に背を預けて座り、奈良は、
「栃木の両親が、ふたりとも海外で働いてるなんて驚いたよ。中学からひとり暮らし状態なんて」
と、言った。
「俺は自由で気が楽なんだけどさ。あんまり人には言わないでくれ。他人が
「そうか……でも、頼れる叔母さんも近くにいるなら安心だよね」
奈良が言うと、咲哉は小さく笑った。
「あぁ、
「……スカート履いてたように見えたな」
「うん。オネエの人。飲食店やってて、絵に描いたようなお母さんタイプだよ。いつも美味い飯食わせてもらってるんだ」
「そっか。あ、病院の晩御飯、ビックリしなかった?」
「した。全部ドロドロだったな。おもゆって言うの? お粥より水っぽいやつ」
「もう少し塩気があってもいいのにね。トマトジュースに、ポカリみたいな飲み物に牛乳って、ぜんぶ水分だよ。夜中にお腹空きそう」
「確かに」
と、笑っている咲哉に、奈良は心配そうな顔を向け、
「俺の腰が腹に直撃してる栃木には、そのくらいが良いんだろうけどさ。晩御飯、全部食べられた?」
と、聞いた。
咲哉はお腹をさすりながら笑った。
「食べられたよ。でも三角牛乳って初めて見た。一瞬、構造がわからなかったよ」
「あ、俺も。四角い紙パックより美味しそうに見えたけど」
「うん。確かに」
病室の外を、看護師や入院患者が行き来する足音が聞こえる。
「……色んな検査されて疲れちゃったな」
と、咲哉は小さく息をついた。
「そうだね。お互い、どこも大したことなさそうで良かった」
「うん」
「もう寝る?」
病室の壁にかかる時計に目を向け、咲哉は、
「いつもなら今頃から宿題やるとか、パソコン開いて遊び始める時間だけどな。今日はくたびれたから、もう眠くなってきたよ」
と、答えた。
「俺も。眠いよ」
奈良は、ベッドの間を仕切るカーテンに手を掛けながら、
「……
と、呟いた。
「……」
「この前、体育の時に保健室に行ったから、母さんが学校に電話しちゃったんだ。それで話が伝わってないとかなんとか、クレームみたいになっちゃったのかな」
視線を落とす奈良に咲哉は、
「
と、静かに言った。
「そうかな。今時はアレルギーとか色んな理由で、体育は見学って生徒も珍しくないらしいけど」
「うん。だけど、もう体育もひと月近くやってて、他には見学って今までいなかったじゃないか。あの日の体育から見学するって伝えてあった訳じゃないだろ。数本は具体的に、いつからこうなるからこういう対応をするって直前に教えてやらないと、前もって言われていたことが連想できないタイプの人間なんじゃないかな。しかも、自分はまともに仕事が出来てるつもりでいそうなわりに、自発的に動いてる徳島先生の行動を見ながら動いてる。年功序列で若い方が動くってのとは違う。あれじゃ、徳島先生は苦労してるんだろうな」
布団の一点を見つめ、咲哉はゆっくりと話した。
「……よく見てるな、栃木」
「あの歳で教師とかやっててもさ。意外と残念な大人って普通にいるもんだよ」
「残念な大人か……確かに、そういう印象はあるな」
苦笑して見せながら、咲哉は奈良に目を向け、
「普通に傷害事件だけどさ。荒立てるかどうかは奈良が決めていいと思うよ。俺のことは気にしなくて良い」
と、言った。
「ありがとう……助かるよ。俺は荒立てずに、普通に静かにしてたい」
「うん」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
奈良は、ベッドの間を仕切るカーテンを閉じた。
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