第3話 兄、駿河

兄、駿河 1

 知人の兄が亡くなった。

 本人と直接の関わりはなくても、それは流石さすがにとって、他人事ではないのだ。


 青森流石の兄、駿河するがは身体が弱く、ずっと入院している。

 不思議屋の不思議な喫茶テラスで、流石は景都けいと咲哉さくや、それに不思議屋の老婆に兄の話をしていた。

「前にテレビでさ、家族でキャンプに行くっていう内容の旅番組を見てたんだ。河原とか山の中で、兄弟で遊んでるのが楽しそうだった。それで、なんとなく『俺も兄弟で遊んでみたい』って言ったんだ。そしたら親父が『それなら、お前には兄貴なんかいないものと思え』って言ったんだ」

 涙のあふれていた目元を擦りながら、流石が話した。

「……そんなぁ」

 聞いている景都の目も潤んでいる。

「親父はよく言葉が足りないとかって、母ちゃんに言われてるからさ。いま考えれば、一番我慢してるのは兄ちゃんだとか、俺と遊んだりしたら兄ちゃん死んじゃうとか、そういう意味で言ってたのかも知れないんだけどさ。そのとき俺は、親父は兄ちゃんが負担なのかなとか、入院費が大変なのかとか思ったんだよ。俺にはわからないような難しい事があるのかなとか、遊んでる場合じゃない感じのさ……」

「でもさ、でもさぁ、兄弟なのに……」

 と、景都も目に涙をいっぱいに溜めている。

 流石は小さく何度も頷きながら、

「家族なのになんてこと言うんだって思った。でも、もしかしたら兄ちゃんの病気、すごく悪くて今にも死んじゃうんじゃないかって思って、親父に言い返せなかったし、今でも何も聞けないんだ」

 と、話す。

 静かに聞いていた咲哉は、不思議屋の老婆にちらりと目を向けた。

 老婆の横顔は、薄い笑みを浮かべたまま変わらない。

 緑茶をひと口飲んでから、咲哉は、

「病名は?」

 と、流石に聞いた。

「虚弱体質」

「……生まれつきのものなのか?」

 咲哉に聞かれ、流石は頷いた。

「生まれつきの体質だから、治らないって聞いた。俺が小学校入る前までは家で寝てたんだけど、何度か救急車で運ばれてから、入院したままになった」

「そうだったのか」

 腰掛けていた椅子から立ち上がり、流石は老婆に、

「兄ちゃんの病気、治す方法はないのか」

 と、聞いた。老婆は、

「病名として扱われるものでも、それが本人の体質なら治すという言葉は当てはまらないよ。症状を良くするなら『改善かいぜん』という言葉になるだろうが、駿河の体質は今の状態で安定している。無理に改善しようとすれば数年は元気になっても、その分、寿命を短くすることになる」

 と、しわがれた声ながら優しく話した。

「……そうか」

「元の体質は変えられんが、さらに風邪でも引いたら回復祈願をしてやるよ」

 景都も涙を擦り、

「お見舞いには行けないの?」

 と、聞いた。

「行けるよ。でも、親父の話のあと、なんか行きにくくなっちまって」

「行こうよ。ずっとひとりで入院なんて寂しいじゃん」

「お母さんに聞いてみろよ。俺たちも行っていいかどうか」

 景都と咲哉に言われ、流石は涙の残る目をパチパチさせた。

「一緒に来てくれんの?」

 景都と咲哉は大きく頷いて見せた。

 3人の笑顔を、老婆と笹雪ささゆきは穏やかな表情で眺めていた。



 早朝から雲が増えている。

 流石、景都、咲哉は、人通りの多い通学路ではなく、竹藪たけやぶや雑木林に囲まれた田舎道を選んで登下校している。

 朝の待ち合わせ場所から3人で歩き出すと、流石は、

「最近、あんまり具合良くないんだってさ。でも、俺の顔見たら兄ちゃん元気になるかもって母ちゃんが言ってた」

 と、話した。

 空き家のボロ壁と雑木林の境界に引かれた、狭い通路を歩いている。

「僕たちも行って大丈夫?」

 と、景都が聞く。

「うん」

「じゃあ、学校終わったらこのまま、制服見せに行くか」

 と、咲哉が言うと、流石と景都も揃って頷いた。



 合併都市開発の一環で、新しい四季深しきふか市の中心地には大規模な医療センターが建てられた。最新設備も整い、腕のいい専門医に診てもらうためには紹介状などが必要だ。

 そちらは、いつでも混雑しているらしい。

 流石の兄、駿河は合併前からある田舎の総合病院に入院している。

 流石たちの通っていた北小学校からも、入院棟が見えていた。

 以前からある病院と言っても、北区総合病院は明るくスッキリした印象だった。屋内が清潔なので、外壁にひびなど見えても気にならない。

 3人は正面玄関から入ると、備え付けアルコールでしっかりと手指消毒をした。

 受付窓口や薬局の前の待合ベンチは、半数が埋まっている。

「入院棟はこっちだ」

 流石が先頭を進み、3人は外来受付からは反対側の階段を上がった。

 通院患者の多い外来病棟から離れると、とたんに人気ひとけがなくなる。入院棟は出歩く患者も少なく静かだ。

 駿河の病室は5階奥にある。

 扉の覗き窓から病室内を見ると、パジャマ姿の駿河がベッドで本を読んでいた。

「……よし」

 流石は少し緊張した表情で、扉をノックした。

「はい」

 落ち着きのある声が答えた。

 横開きの扉を開け、3人は駿河の病室へ入った。

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