第2話 香梨寺

香梨寺 1

 青森流石あおもり さすが富山景都とやま けいと栃木咲哉とちぎ さくやたち3人の家の近くに、香梨寺こうりんじという寺がある。

 3人が6年生の時、住職の息子が小学校へ教育実習に来ていたのだ。

 住職の息子、山梨栽太やまなし さいたはその後、教員になる事なく寺で働いているという。



 大きくも小さくもなく、古くも新しくもない。

 田舎町にも背景の山や竹藪たけやぶにもよく似合う、ごく普通の質素な寺だ。

 きらびやかな装飾は見当たらないものの、静かで手入れの行き届いた香梨寺は厳かな空気を感じる場所だった。

 周囲に広がる竹藪の笹が、風にサラサラと優しい音を鳴らしている。

 山梨栽太は、竹箒たけぼうき境内けいだいの掃除をしていた。

 この季節は散った桜の花びらが大量に集まる。門の両脇にも、裏手の駐車場にも大きな山桜の木がある。葉桜になりかけてはいるものの、まだ花の残る枝も多い。もう少し花びら掃除も続きそうだ。

「あっ、ナッシーいた!」

「ナッシー!」

「まだ毛がある」

 門の方向から、元気な声が聞こえた。

「ん?」

 学ラン姿で駆けて来る流石と景都の後ろを、トコトコと早歩きで咲哉もついて来る。

「ナッシー、久しぶり!」

「おー、お前らか。ちゃんと中学に上がれたんだなぁ」

 竹箒を小脇に抱え、山梨は突進してくる流石と景都の頭をわしゃわしゃ撫でてやった。

 あまり体力のない咲哉も息を切らせながら追い着くと、山梨の頭を見上げた。

「まだ毛があるんだね。いつ無くなるの?」

「……まだ無くならないよ」

作務衣さむえ、似合ってる」

 青色の作務衣だ。草履ぞうり履きの寺男てらおとこ姿だが、短い黒髪は健在だ。

「制服見せに来たんだぜ!」

 と、流石が言うと、景都と咲哉も並んで新品の学ランを見せた。

「お前らも中学かぁ。早いなぁ」

「いろんな人に見せに行ってるんだよ。北小の先生たちにも見せに行ったし、新しい生徒会のとこにも行って来たんだー」

 と、景都は学ランを着ていなければ女の子と間違えそうな、可愛らしい笑顔で言う。

「北小の先生に、ナッシーが学校の先生にならないで、実家の寺で働いてるって聞いたから見物に来た」

 と、咲哉は、山梨の寺男姿の全身を眺めながら言っている。

「おー、そうかそうか。麦茶でも飲むか?」

 山梨は竹箒と塵取りを抱えて、3人に手招きした。


 本堂の横には大きなスズカケノキがあり、その向こうに住職一家の住む母屋がある。

 母屋の横手、境内を見渡せる廊下に上がり口が見える。

 3人は廊下の上がり口に並んで腰掛けた。

 山梨が出してくれた温かい麦茶を飲みながら、3人は『願いを叶えてくれる』という都市伝説(村伝説)の不思議屋の話をした。

「3人とも同じクラスになったのか。不思議屋、すごいなぁ」

 と、山梨は目を丸くした。

「9百円で、お願いを叶えてくれたんだよ」

 と、景都が目をキラキラさせながら言う。

「いや、3万9百15円だったかも知れないぞ」

 流石が悪戯いたずらっ子のような笑みで言うと、ゆっくりと咲哉がそっぽを向いた。

「……」

「なになに?」

 景都が流石と咲哉を交互に見る。

「俺たち不思議屋に行く前にも、ここに来てお願いしただろ。5円ずつ賽銭箱に入れてさ。その時に、俺たちが目をつぶってお願いし始めてから、咲哉がポケットから3万出して賽銭箱に入れてたんだ」

 と、流石が言った。

「見てたのか」

「3万円も!」

「マジかお前」

 と、山梨はもう一度、目を丸くした。

「賽銭なんかは多い方がいいと思って。畳んだまま入れたのに、よく3万ってわかったな」

 と、咲哉は無表情に言う。

「俺、目は良いんだぜ」

「咲哉はお金持ちだなぁ」

「まぁね」

「それ、お年玉全部とかなんじゃないの?」

 麦茶の湯飲み茶碗を両手で持ちながら、景都が聞く。

「中学からは毎月、小遣い3万になったんだ」

 咲哉が平然と答えるので、流石と景都も目を丸くしている。

「本当に金持ちだったのか……」

「僕は3千円だよ。お母さんのお手伝いしたら余分にもらえるけど」

「あ、俺も3千。食い物代は別にもらえるけど」

 景都と流石が言うと、咲哉は薄く笑い、

「お手伝いしたら小遣いって楽しそうだな」

 と、言った。

「咲哉んちは、そういうのしないの?」

「しないなぁ。あぁ、でも俺も食費とかは別だな。いくらでも食えって言われる」

「咲哉、痩せすぎだもん」

「確かに。ちゃんと食ってるか?」

 山梨は咲哉の背中を撫でてみる。

「不思議屋かぁ。うちの親父も行ったことあるって言ってたよ。その時は『願いが叶う』じゃなくて『困り事を解決する』とかだったけどなぁ。まぁ、似たようなもんか」

「ナッシーのお父さんって、ここの住職?」

「うん」

「へー。やっぱ村の都市伝説って昔からあるんだな」

 納得するように流石が頷いている。

「でもさぁ。ナッシー、北小に『先生の卵』って言って教育実習に来てたじゃん。てっきり学校の先生になるんだと思ってたのに」

 と、景都が言う。

「公務員試験に受からなかったんじゃないか」

 などと、咲哉が言うので、山梨は咲哉の頭をポンポン撫でながら、

「受かったよっ、筆記の一次試験は。途中で辞退したんだよ」

 と、答えた。

「えー、なんで?」

 と、流石が聞き返す。

「実はさ」

 と、山梨は苦笑しながら話し始めた。

「俺はこの寺の次男でさ。長男の兄貴が寺を継ぐはずだったんだけど、ずっと嫌がってたんだよな。でさ、親父がうるさく言うもんだから、家を出て行っちゃったんだよ。兄貴がそんなに嫌なら、別に俺が継いだっていいんだ。そうすれば、帰って来るかと思ってさ」

「帰って来てねぇの?」

 と、流石が聞くと、山梨は頷いた。

「もう、一年くらい連絡取れないんだ」

「連絡も取れないの? 失踪届けとかは?」

 と、咲哉も聞く。

「いや、昔からふらっと出かけて、しばらく帰って来ないことあったからさ」

「プチ家出みたいな?」

「放浪癖のある人なのか」

 景都と咲哉が言うと、流石はポンと膝を叩いた。

「また不思議屋に行ってみるか」

「あっ、そうだね」

「ナッシーの兄貴の名前は?」

 流石に聞かれ、

果絲かいとだよ」

 と、山梨は答えた。

「かいとさん。飛んでっちゃいそうな名前だよぉ」

 と、景都が言っている。

「じゃあ、人探しだな。不思議屋の婆さんに頼んでみようぜ」

「いいね」

 そういう事になった。

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