香梨寺 2
冷涼な地域の山々も新緑の季節を迎えている。
楓山の砂利道に生える雑草も、元気に復活していた。
初めて来た時と同様、先頭の
息を切らせているのは体力のない咲哉だけだ。元気あふれる流石と景都は、山道を登りきると不思議屋に駆け寄った。
「あれ、お品書きが変わってる」
店の外壁に下げられた品書き札が『占い』の1枚だけになっている。
「今日は占いだけってことか?」
「人探しは占いに入るのかな」
と、流石と景都が首を傾げているところへ、やっと咲哉が追い付いた。
「咲哉、大丈夫か」
流石に聞かれ、咲哉は息を整えながら親指を立ててグッドサインを見せた。
夕方というにはまだ早い、午後の日差しに包まれている。
流石を先頭に、咲哉の手を引く景都も続いて不思議屋の
薄暗い店の中は、以前に来た時よりも重苦しく感じた。
戸の開け放たれた入り口には暖簾の隙間もあるが、不思議と明かりは差し込まない。しかし店の中には、ランプも灯篭のようなものも灯っていた。
店の奥。番台のような高さのある囲み机の中に、置物のような老婆が座っていた。
「よく来たな」
と、迎えたのは、囲み机にお座りしている白狐の
「なあ、婆さん」
流石が歩み寄りながら声をかけると、
「人探しだね」
と、老婆は顔も上げずに言った。
囲み机の中で水の張られた金属の皿、
「お、おう」
「お前たち、家出したいと言っていたクラスメートが姿を消したらどうする」
「探すよ。そいつが行きそうな所とか、他の友だちの家に隠れてるんじゃないかとかさ」
流石が答えると、老婆は横目でちらりと3人を見た。
「それなら、お前たち3人の内、誰かひとりが突然姿を消したらどうする」
「……そりゃ、なんかあっただろうと思うよな」
「うん……」
顔を見合わせる流石と景都の横で、咲哉が、
「あ、そうか! 警察には届けられてないんだ」
と、声を上げた。
「どういうことだ?」
「失踪とかプチ家出とは限らないんだよ。べつに荷物を持って出かけたのを見てる訳でもないし、探さないで下さいなんて手紙があった訳でもない」
と、咲哉が話す。
「でも、だとしたら、どこ行っちまったんだ?」
「……」
「家出するつもりもない者が突然姿を消したのなら、普段の生活の中で何かあった事になるだろう」
水盆に視線を戻し、老婆は静かに言った。
咲哉だけが老婆の言おうとしていることを察していた。少々蒼ざめながら、
「それって、近くで事故かなにかに
と、呟いた。
「えっ、そんな――」
老婆は無表情に一言、
「寺の山裏を探してごらん」
と、言った。
3人は顔を見合わせ、流石を先頭に無言で駆け出した。
楓山から
道の向こうから、景都と咲哉も足早にやって来る。
体力お化けの流石は息も切らせず、香梨寺の敷地内を見回した。『寺の山裏』という場所を探す。
もう境内に山梨の姿はない。
風もなくなり、笹の葉の音も静かだ。
本堂の裏手に、母屋の奥へ続く通路があった。
流石は、やっと門をくぐって来た景都と咲哉を、手招きして呼んだ。
香梨寺の後ろに見えていた山は、寺の裏から少し離れているようだった。寺の裏側は谷のように低くなっていて、下まで続く竹藪が見下ろせた。
「婆さんが言ってた山裏って、この下の方の事かな」
と、流石は、足元に広がる竹藪を指差した。
「向こうから降りられそうだな」
住職一家の住居のさらに裏手。古い井戸や物置はあるものの雑草だらけだ。
かろうじて通路とわかる泥の道を下りて行くと、少し低い位置に小さな畑があった。しおれた白菜や咲き終えてタネになった菜の花が放置されている。そのさらに先には、山裏の竹藪へ降りる土の階段が続いている。
「なんか荒れ放題だな。泥の階段、すべるなよ」
「ヘビが出そうだよぅ」
いくら動物好きでも、ヘビやハチなどの毒虫は景都も怖がる。
「爺さんの住職とナッシーだけじゃ、寺の方だけで手いっぱいなんだろうな」
足元と周囲にも目を向けながら咲哉が言う。
3人は階段を降りきると、元々は通路だったであろう草の道を進んだ。
「本当にヘビでも出てきそうだな」
「足元も気をつけろよ」
そう言ったあとは、無言で藪を分けて進んだ。
枯れた竹や折れて倒れかけた木も放置されている。
すぐ横の茂みから、カラスがバサバサっと飛び出した。
「ひゃあっ」
流石と咲哉のうしろについて来ていた景都が、尻もちをついた。
「大丈夫か」
「景都、立てるか?」
「う、うん」
飛び上がったカラスが、バサバサと枝葉を揺らしている。
そして、それを見上げた景都は、見付けてしまったのだ。
「きゃあぁ――っ!」
「景都っ?」
「どうしたっ」
草の上に尻もちをついたまま、宙を見上げてガタガタ震えだした。
流石と咲哉も景都の見上げる方向に目を向けた。
「あ、あれ……」
景都が震える手で指差すのは、斜めに倒れかかった古木の向こう。
乱雑に伸びる青竹の一本になにか、黒い
よく見ればそれは、青竹に貫かれた作務衣姿の骸骨だった。
流石と咲哉も目を見張った。
「……ナッシーの兄ちゃんか」
「うわぁぁんっ」
泣き出す景都を、流石がぎゅっと抱きしめた。
咲哉はポケットからスマホを取りだしたが、圏外の表示だ。
「圏外だ。戻るか……」
来た道を知らせに戻ろうかと咲哉が振り返った時、ガサガサと足音が近付いてきた。
景都の悲鳴を聞き付けて、山梨と住職がやって来たのだ。
山梨は先ほどと同じ青色の作務衣、坊主頭の住職は灰色の作務衣を身につけている。
「どうしたんだ、景都?」
「ナッシー、あそこ」
咲哉が指差す先を見上げた山梨と住職も息を飲んだ。
「たぶん、遺体の下から竹の子が伸びたんだ」
と、咲哉が低い声で言う。
「は、早く下ろしてあげようよ」
泣きながら景都が呟くが、住職が、
「いや、だめだ」
と、言った。咲哉も頷きながら、
「遺体は、勝手に下ろしちゃだめだ。先に警察を呼ばないと」
「……110番してくる」
「近くにおったのか……」
呟く住職の言葉に、流石の目にも涙が浮いた。
不思議屋の老婆の言葉で、予想はしていた。
しかし、いざ本当に『知人の身内の死』を目の当たりにすると、どうしていいのかわからない。
勝手に溢れだす涙をそのままに流石は、泣きじゃくる景都をギュッと抱きしめていた。
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