不思議屋 4

 焼き菓子の甘い香りが漂っている。

 流石さすが景都けいと咲哉さくやの3人は制服姿のまま、不思議屋へやって来た。

 薄暗い不思議屋の店内。3人の学ラン姿に、老婆は噴き出して笑っている。

「制服に着られてるって、さんざん言われたよ」

 と、流石が口を尖らせている。

 長い袖と裾を内側に折り上げた縫い目の見える景都も、だぶだぶの袖を揺すって、

「僕なんか、すぐに大きくなるってみんなに励まされたよ」

 と、肩を落としている。

「女子のスカートは腰で折り上げて調節できるから良いよな」

 と、言っている咲哉はひとり、サイズの合った学ランをしっかりと着こなしていた。

「婆さん。俺たち、同じクラスになったぜ」

 流石が言うと、老婆はニンマリと笑った。

 チンっと店の奥から、返事をするようにオーブンの音が鳴った。

「ガレットが焼けたよ。奥にお上がり」

 入り口側からは陰になり気付かなかったが、囲み机の向こうに小さな木戸があった。

「こんな所にドアがあったのか」

 囲み机から降りた老婆は、

「お入り」

 と、木戸を開けて入って行った。

 香ばしい焼き菓子の匂いをクンクンしながら、

「ガレットってなに?」

 と、景都が聞いた。

「クッキーの分厚いやつみたいのじゃないか」

 と、咲哉が答える。

「クッキー! お腹空いてきた!」

 流石、景都、咲哉は順に木戸を通った。

 木戸の奥の部屋は、席数の少ない喫茶店のような造りだった。

 落ち着いたえんじ色の壁紙に、窓には白いカーテン。

 広々とした部屋の奥など、ガラス張りの洋風テラスになっている。

 テラスは洒落しゃれた温室のような作りで、天井までガラス張りだ。

 3人は横に並んで、ぽかんと口を開けていた。

「わぁ、キレイだね。どこかの喫茶店みたい!」

 と、最初に感想を述べたのは景都だ。

「へぇー、奥はこうなってたのかぁ」

 と、流石もテラスを見回しながら入って行くが、咲哉はつっこまずにいられない。

「いやいや、なってなかっただろ。よく見ろよ、窓の外。どう見ても楓山の風景じゃないだろ。どこの高原だよ」

 窓の外には、なだらかな丘が見える。青々とした草木が風になびいていた。

「そう言やそうだな」

「窓を開けるんじゃないよ。外がこことは限らないからね」

 大皿に焼きたてのガレットを持って来た老婆は、そう言ってクックッと笑った。

「なにそれ、どうなってるの……」

「不思議屋に来て、なにをまともな事なんか言ってるんだい。早くお座り」

 と、部屋の中央のテーブルにガレットの大皿を置く。

「それもそうだな」

「うんうん、すごくいい匂いだよ」

「……まぁ、そうだな」

 そういう事にした。

 清潔な白いテーブルクロスに、青い花柄のティーセットが並んでいる。ご丁寧におしぼりやナプキンも3人分の席にセットされていた。

 3人が素直に腰掛け、おしぼりで手を拭いていると、老婆はティーポットからカップに紅茶を注いだ。

 目の前に置かれた紅茶の香りに、

「変わった香りだね」

 と、咲哉が聞いた。

「これでもベースはダージリンだよ。適当なブレンドに桜葉を混ぜてある。いい季節だからね」

「桜か。いいね」

「いただきまーす!」

 3人は、大皿の熱々ガレットにも手を伸ばした。

「美味しい! なんだっけ、ガレット? お母さんに言ったら作ってくれるかな」

 と、景都は目をキラキラさせている。咲哉は目を丸くし、

「いや、これすごく良いバター使ってるよ。そこらのスーパーじゃ材料を買えないんじゃないか」

 と、言っている。

 老婆は隣のテーブルの椅子に腰かけ、

「バターも手作りだよ」

 と、言った。

「えっ、自家製バターなの?」

 もぐもぐと頬張ほおばる流石と景都が、ふたつめ、みっつめと口へ運んでいく様子を見ながら咲哉は、

「いくら取るつもりだよ」

 と、聞いた。

「菓子作りは趣味だから代金はいらないよ。作っても食う者がいなきゃ菓子が可哀想だろう?」

「俺たちが来るのわかってたから作ったのか?」

 と、流石が聞いた。

小気味こきみいい食いっぷりだね」

 老婆は、しわだらけの口元で余計にしわを刻んで笑った。


 テラスのガラス窓から、暖かい午後の日差しが入り込んでいる。

 ガレットを平らげたテーブルに、白狐がポンと飛び乗った。

 すぐに景都が、ふわふわな毛を撫でている。

「制服に毛が付くぞ」

 と、今日も白狐は小さな口で言葉を話した。

「やだやだ、抱っこしてよぅ」

「抱っこさせてだろ」

「えへへ、そうだった。ねぇねぇ、名前は?」

 景都の腕の中に抱かれながら白狐は、

笹雪ささゆきだ」

 と、答えた。白狐という生き物で、笹雪という名前のようだ。

 紅茶のお代わりを飲みながら、流石が、

「本当に3人同じクラスになっちまうなんて、すごいよな。9分の1だぜ」

 と、言った。

 その隣で何度も頷く景都と、大きく頷いている流石を交互に見て、咲哉は、

「9クラスの内の1クラスに3人が揃う確率の事を言ってるなら、9分の1じゃないよ」

 と、言った。

 目をパチパチして首を傾げる流石と景都に、咲哉は指を立てて説明しようと口を開きかけたが、

「いや、説明面倒臭いな。これから中学の数学で習うよ。3人別々になるか、ふたりが一緒でひとりだけ別のクラスになるとか、全部の可能性を数えたら9クラス分だけじゃない数になるだろ」

 と、話した。

「そ、そっか……自分だけ別のクラスって事もあり得たんだ」

 と、改めてあおざめるふたりに咲哉は薄く笑みを見せ、

「9百円は安かったな」

 と、言った。

「9百万払うかい」

 などと、老婆が笑う。

 ぎょっとする流石と景都を横目に、

「払うわけないだろ。でも、店の前の草むしりくらいはしてやっても良いよ」

 と、言って、咲哉は上品にティーカップを口へ運んだ。

 流石と景都がキラリと目を光らせる。

「なあ、婆さん。また遊びに来て良いか?」

 流石が言った。老婆は目を細め、

「好きにしな」

 そう言って、ククッと笑った。

「やったーっ!」

 流石と景都が元気に万歳し、ワンテンポ遅れて咲哉も万歳した。


 中学校から雑木林を抜ける、楓山への近道も見つけている。

 3人は中学校で同じクラスになり、小学校の生徒会室に次ぐ溜まり場も見付けたのだ。

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