不思議屋 2

 開け放たれた出入口に、足元まで届く大きな深緑色の暖簾が下がっている。

 3人は流石さすがを先頭に、恐る恐る暖簾をくぐった。

 薄暗い店の中は土間どまのような造りになっていた。不思議と、暖簾の外からの明かりが入ってこない。

「……誰もいない?」

 呟く景都けいとに、流石が小声で、

「いる。右奥。番台ばんだいみたいなとこ」

 と、答えた。

 乱雑に置かれた商品棚の奥。銭湯の番台のような、少し高くなった囲み机があった。

 その中に、ひとりの老人が置き物のように座っていた。

 ボロボロの布を何枚も重ねて被っている老人は、ゆっくりとこちらを向き、

「……いらっしゃい」

 と、言った。しわだらけの口元がニヤリと笑う。

 声は老婆のように聞こえるが、口元以外はボロ布に隠れて顔が見えない。

 3人が顔を見合わせていると、突然、入口が明るくなった。壁に掛けられていたランプに火が灯ったのだ。

 続いて正面の棚に置かれたランプ、天井高くから下がる灯篭とうろうのようなものにも火が灯った。

 老人の手元にスイッチでもあったのか? 

 3人は驚きの表情で、明るくなった店内を見回した。

 外からのイメージよりも店内は広かった。

 二階建てに見えたが天井は高く、屋根まで吹き抜けになっている。

 壁一面、不規則にひしめき合う棚が天井まで高く伸びていた。棚には怪しげなビン詰めや古い本が並んでいる。

「これって建築法でOKなのか?」

 と、咲哉が首を傾げている。

 ぽっかりとひとマス開いた棚の上で、白い生き物が動いた。ふかふかの毛に覆われた小さな動物が、キツネのような顔を上げる。

 動物好きな景都が、やっと流石の後ろから歩み出た。

「大きいリス? 子ギツネかな」

白狐しらぎつねだよ」

 と、老人が答えた。

「しらぎつね? この子む?」

 と、最初に老人に声を掛けたのは景都だ。しかし、

「噛みも引っ掻きもせんよ」

 と、白狐が口を開いたので、景都はポカンと口を開けてしまった。

「キツネがしゃべった?」

「今、この子がしゃべったの?」

 と、目を丸くした流石と咲哉も詰め寄ると、

「不思議だろう?」

 と、言って、白狐は棚から降りた。トコトコと商品棚の隙間を歩き、老人の元へ飛び上がる。

 雑多に物が置かれた囲み机の上にも、ちょうどよく白狐が乗れるスペースが開いていた。

 白狐の背を撫でながら老人が、

「なにをお探しだい」

 と、聞いてきた。

「なんでも願いを叶えてくれる店って聞いて来たんだ」

 と、流石が番台に歩み寄って言った。

「なにが望みだね」

 3人は顔を見合わせ、頷き合う。

「俺たち、中学で同じクラスになりたいんだ。その願いの祈願成就ってやつ、いくらになる?」

「くっくっ。千円でいいとも」

 と、老人は言った。

「えっ」

「そうさな、ひとり三百円お出し。九百円にまけてやるよ」

 もう一度、顔を見合わせた3人は、それぞれポケットから財布を出した。小銭をかき混ぜ、

「三百円あるぜ」

 と、流石が言った。

「僕も」

「俺も、ちょうど百円玉3個ある」

 手の平に出した百円玉を見せ、3人はもう一度顔を見合わせた。そして頷き合い、景都と咲哉は流石の手に百円玉を渡した。

 白狐が太い尾の先を、くるりと下へ向けた。尾の下には、木の皮を丸く切ったような皿が置かれている。そこに代金を置けと言う事のようだ。

 流石が9個の百円玉を木皿に置くと、囲み机の中が見えた。老人の手元に、水が張られた金属の皿のようなものがあった。

「これは、水盆すいぼんってもんだよ」

 と、老人が言う。

「すいぼん?」

 水盆に視線を落とし、すぐに顔を上げた老人は、

「よし。祈願しておいたよ」

 と、言った。

「へっ?」

 これから何が始まるのかと身構えていた流石は、頓狂とんきょうな声を漏らした。

「その願いは叶うだろう」

 と、老人がしわがれた声で言う。

「……もう終わり?」

「終わりだよ」

「流石、祈願ってのはそんなもんかもよ」

 と、咲哉が言っている。

「あ、そうなのか……」

「物足りないのかい」

 と、老人に聞かれ、流石は、

「あ、いや……なんか、蝋燭ろうそく並べたり呪文を唱えたりするのかと思ってた」

 と、答え、頭を掻いた。

「それなら、こういうのはどうだい」

 見下ろしていた水盆の中に、カラフルな小石をジャラリと転がした。

 小柄な景都も、背伸びをしてやっと囲み机の中が見えた。3人が並んで覗き込むと、

「ついでに教えてやろう。タダで」

 と、老人が言う。白狐がクフッと笑った。

「お前たちの担任教諭は活発な若い女だよ。美人だ」

「わぁ、女の先生?」

 と、景都が目をキラキラさせる。「それ、占いなの?」

「くくっ、そうだよ」

「じゃあ、その先生の胸のサイズは?」

 などと咲哉がけしからん事を聞くので、流石と景都が咲哉のこげ茶のランドセルを叩いた。

「ふむ、Eカップだね」

 と、老人は真面目に答えてくれる。

「へぇ、でかいな」

「じゃあ俺にも、もうひとつサービスで教えてくれよ」

 と、流石も言った。

「なんだい」

「あんた、爺さんなのか、婆さんなのか」

 ぶふっと、白狐が噴き出して笑った。

「……あたしゃ、婆ぁだよ」

 老婆だそうだ。

「あっ、僕も僕もっ」

 と、詰め寄った景都が目を向けているのは白狐だ。

「あの、触っても良い?」

 キラキラの目に見下ろされ、白狐はゆらゆらと大きな尻尾を揺らしてから、なにも言わずに頭を差し出した。

 景都は満面の笑みで白狐の頭を撫でた。

「わぁ、やわらかい。あったかい。生き物だ」

「しゃべる生き物……」

「ここは不思議屋だよ」

 老婆に言われ、不思議と納得してしまう3人だった。

 願いも叶うかもしれない。

 流石と咲哉は、いつまでも白狐を撫でている景都の袖を引き、不思議屋を後にした。

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