不思議屋と心霊探偵団 ・不思議との出会い編・

天西 照実

第1話 不思議屋

不思議屋 1

 3月の初め。冷涼な地域の木々は、まだ新芽が見え始めたばかりだ。

 木枯らしとは香りも違うが、春の風はまだ冷たい。

 ランドセルの少年が3人。ひび割れだらけのアスファルト道路に立ち、うっそうと茂る山を見つめている。

 黒いランドセルがふたりと、こげ茶のランドセルがひとり。

 3人の真ん中で、活発な印象の黒ランドセル少年が、

「この山で間違いないな」

 と、言った。真剣な目をやぶの奥に向けている。

 もうひとりの黒いランドセルは小柄な少年だ。活発そうな少年の腕にしがみつきながら後ろを振り返った。

 背後には、雨ざらしでボロボロのバス停がある。小柄な少年は、

「使われなくなって、穴だらけのバス停『楓山かえでやま』の前から続いてる道……」

 と、呟いた。

 びたバス停の標識には、かろうじて楓山という文字が見える。

 もうひとり、こげ茶のランドセルの少年は、パーカーのフードを目深に被っている。表情は見えないが、痩せた肩を落として腕を組み、

流行はやってないのは確かみたいだな」

 と、言った。

「まともな道も無いのかな」

 藪に近寄る黒ランドセルのふたりから少し離れて、こげ茶のランドセルの少年は辺りを見回し、

流石さすが景都けいと。右奥に道がある」

 と、言った。

「右奥?」

 こげ茶のランドセルの少年は、アスファルトの道路からすたすたと藪に入って行った。

咲哉さくや、足もと気をつけろよ」

「大丈夫だよ。ほら、流石。少し広めの獣道けものみちみたいのが続いてる。一応、砂利じゃりが敷いてあるっぽい」

 流石と呼ばれた活発そうな少年は、とことこと近付いて足元を見た。

「本当だ」

 近寄れずに居る小柄な少年、景都は、枯れた雑草が広がる藪を見回しながら、

「知らない山に入るの、危ないよぉ」

 と、泣きそうな声で言っている。

「気をつけて歩いてみよう」

 と、フードの少年、咲哉が手を伸ばすと、小柄な景都は飛びつくようにその手を握った。



 流石、景都、咲哉の3人は、きた小学校の生徒会メンバーだ。

 生徒会と言っても、小学生なので難しいことはしない。

 数人の立候補者が簡単な選挙演説をし、生徒たちも投票の練習のような感覚で選んだのだ。

 元気と馬鹿力が取り柄の流石が生徒会長。小柄で女子にも間違えられる可愛らしい景都は書記。体力と愛想は無いが聡明と言う字が服を着たような咲哉は副会長だ。

 1学年に3クラスしかない北小学校で、3人は別々のクラスだった。タイプの違う3人はそれまで深く関わることも無かったが、生徒会に揃うと不思議と意気投合した。

 当然、いざ卒業が近くなれば、離れ離れになることを寂しがった。

 3人とも同じ中学へ進学するが、数か所の小学校から生徒が集まるマンモス中学なのだ。1学年に9クラスあり、同じクラスに3人が揃うことはまず難しいだろう。

 そこで、都市伝説(村伝説)の『不思議屋ふしぎや』という謎の店に、山を登ってやって来たのだ。

 不思議屋は、なんでも願いを叶えてくれるのだという。



「雑草まみれの山道、めっちゃキツい……」

 体力の無い咲哉の茶色いランドセルを、流石が持ってくれている。登り初めには手を引かれていた景都が、咲哉の手を引っ張って歩いていた。

 先頭を歩く流石は、あとのふたりが歩きやすいように枯れ草を踏み固めながら進んでいる。しかし、雑草まみれの砂利道は続く。

「ねえ、迷子にならないよね?」

 と、景都が聞いた。

 先頭を行く流石は登って来た山道を見下ろし、

「一応、一本道だったろ。俺たちが踏んできた雑草も続いてるし、帰り道もちゃんとわかるよ」

 と、話す。

「そっか」

「……なあ、なんかあるぞ」

 息を切らせながら、咲哉が木々の向こうを指差した。

 上り坂がゆるやかになり、土の踏み固められた広場に出た。山道よりも雑草は少ない。

 広場の正面に、古びた木造店舗が見えた。

 落ち葉や枯れ枝の積もる瓦屋根の上に、『不思議屋』と横書きされた古い木の看板が掲げられている。

「マジか……」

「本当に、あるんだ」

 木造店舗に近付く流石の後を、数歩遅れて景都と咲哉も続いた。

 林に馴染むような深緑色の大きな暖簾のれんが、風にゆらゆらと揺れていた。

 暖簾の左側の壁には、食堂の品書きのような板が掛けられ、消えかけた文字で『祈願成就』『占い』『厄除け』『縁切り』『薬種薬酒』『古書』『人生相談』と書かれている。

 そして、暖簾の右側には巨大な設樂焼しがらやきのタヌキが置かれていた。

 巨大なタヌキに、景都は目が点になっている。

 流石と咲哉は、品書きのように並ぶ板切れを見上げた。

「これ、何の店なんだよ」

 と、言った流石の耳に、

『ここは何でも屋だよ』

 という、しわがれた声が聞こえた。

 ギョッとして辺りを見ても景都と咲哉しかいない。

 ふたりにも声は聞こえたらしい。耳元を押さえてキョロキョロしている。

「ここって占い屋さんなの?」

「ここって本屋なのか」

 景都と咲哉が同時に呟いた。

「えっ?」

 顔を見合わせ、ふたりが流石を見る。

「……俺には、何でも屋って聞こえたぜ」

「……なんで?」

 もちろん、スピーカーのようなものも見当たらない。

「店の外で聞こえただろ。誰が言ったんだ?」

 景都が巨大なタヌキを見て後ずさるが、その肩を支えてやり、咲哉は、

「たぶん、タヌキじゃないよ」

 と、言った。

「なんか、怖いよ。入るの?」

 景都が震えた声で言う。

「せっかく来たんだし、願いを叶えてもらうんだろ」

 と、流石は真剣な眼差しを暖簾の奥へ向けた。咲哉も頷きながら、

「入るだけ入ってみようか。でも、まともな店かわからないからな。金額を聞くまでやるって言うなよ。後からとんでもない大金を要求されるかもしれない」

 と、言った。

「い、いくらくらいなら払う?」

「千円くらいかな」

 景都に聞かれ、流石が腕を組みながら言う。

「俺たち小学生だしなぁ」

 と、咲哉は肩を落としている。

「変な店だったら、ダッシュで逃げるぞ」

 暖簾の正面で身構える流石の袖に景都がしがみつき、咲哉も隣に並んで頷いて見せた。  

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