第31話 代償

「……え?」


 ブレスを食らい死ぬはずだった自分がなぜまだ生きているのか。

 ファルにはわからなかった。


 イル・ネクロを確認すると、龍型の魔物にブレスを阻止されている。

 だが、その魔物からは身近な男の魔力を感じた。


「……サザン?」





「嫌な予感がする……」


 俺がいくら急いだってファルの元にたどり着くまでに時間がかかる。

 それでもこの嫌な予感がある限り、少しでも時間が惜しい。


 であれば、あれを使うしか無い。

 ファレルロの人化と魔人化の付与魔法を制作するときに思いついた付与魔法。

 この付与魔法を使えば、短い時間でファルの元にたどり着ける。

 

 しかしこの魔法にはまだ未知な部分が多い。

 どんなデメリットが発生するのかもまだわからない。


 だがそれでも、今ここでやらずに後悔するくらいなら俺はどんな代償でも背負ってやる……!


「エンチャント……龍転身!! ……あがっ!?」


 魔法を発動した瞬間、全身に焼けるような痛みが走る。

 痛覚を抑える付与魔法をかけていてなおこの痛み。付与無しでは耐えることは出来ないだろう。

 

 全身がミチミチと肉のちぎれるような音を立てながら肥大化していく。

 それと共に、体中にどんな攻撃でも弾き返せそうな堅牢な鱗が生え始める。

 背中からは立派な翼が生え、手足の爪は鋭利なものへと変質する。

 体は王国の城壁を超える程に大きくなっていき、口にはどんなものでも食いちぎれそうな程に大きく鋭い牙が生える。


 何も異変が起こらなくなった時……俺は龍型の魔物へと姿を変えていた。


「あぁ……とりあえず成功……で良いのか?」


 この付与魔法は龍型の魔物に姿を変えるものだ。しかしそのためにはこの恐ろしいまでの苦痛に耐える必要があり、そう頻繁に使えるものでは無い。

 ただそれだけの代償もあるため転身後の能力上昇は期待できる。

 身体能力は龍型の魔物に恥じないものにまで引き上げられ、それでいてエンチャンターとしての低い攻撃能力を龍の力で補うことも出来る。


「よし、今行くぞ……ファル!」





「……サザン?」


「ああ。どうやらギリギリだったみたいだな」


 あと少し遅れていればファルは完全に塵と化していただろう。

 本当にギリギリだった。


「後は俺に任せてくれ」


 イル・ネクロは再びブレスの準備を始める。

 明確な脅威として俺を認識したのか、その目からは殺意が伝わって来る。

 しかし守るべきものを背負っている俺は、その程度で臆したりはしない。


 あのブレスを受ければこの龍の体と言えどダメージを負ってしまうため、放たれる前に後ろに回り首に噛みつく。

 俺に噛みつかれていることでブレスに必要な魔力を集めることが出来ないのか、イル・ネクロはひたすら藻掻くだけでブレスを放つことは無い。

 そのまま首を噛み切ろうとするも、あまりの暴れっぷりに勢いよく振りほどかれてしまった。

 

 今度はイル・ネクロが俺の首を噛もうとするが、俺はそれを避け爪でヤツの首を切り裂いた。その攻撃が先ほど噛みついていた部分に命中したためか、出血を伴う傷を負わせることに成功する。

 今の攻撃とファルとの戦いによるダメージの蓄積が実を結び、隙が生まれた。

 その隙に、今度は俺がブレスを撃ちこむ。

 練り込まれた魔力により放たれたブレスはイル・ネクロが先ほど放ったものよりも遥かに高威力であり、命中したイル・ネクロの頭は大きく吹き飛んだ。


 それでもヤツは動き続ける。

 頭が無くなっても首や足を薙ぎ払い続け、全く攻撃の勢いを緩めようとはしない。

 それほどの生命力がこのイル・ネクロにはあった。


 しかし頭を失ったことによる出血と魔力の漏れ出しは抑えることが出来ず、数分間暴れまくった後に動かなくなった。


「終わった……のか?」


「サザン!」


「うぉっ!?」


 ファルが首に抱き着いてくる。

 片腕しか無いためアンバランスにはなるが、それでもしっかりと俺の首にくっついている。

 ただこの状況。周りから見ると龍の首に魔人が抱き着いているという謎過ぎる状況なのだ。


「ファル……。お前が魔人の力を解放したのは人のためだよな。それはわかってる……でも」


「こちらこそすまない。我はサザンとの約束を破ってでも人を救おうとしてしまった……」


「いや、それがファルの生きる意味だって言うのは俺もわかってる。だから何かあった時のためにこうして準備していたんだから」


 この龍転身の魔法も、より強い存在が現れた時のための最終兵器として作り出したものだ。

 俺は強くならなければならない。

 守るべきものを守り通せるように。


「……不味い」


「どうした? ……おいサザン!? 返事をするのだ!!」


 突然、視界が歪む。上手く立っていられない。

 次の瞬間には気付かない内に地に伏しており、体が動かせなくなっていた。


 俺はそのまま立ち上がることは出来ずに、意識を失った。


王国の危機 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る