第30話 解放

「あれは、魔人か!?」


「なんでこんなところに魔人がいるんだよ!!」


 遠距離部隊も補助部隊も魔人の出現によって大惨事と化していた。

 もはや戦える状態では無いのは明らかだ。


「クソ! ただでさえイル・ネクロだけで限界だってのに魔人まで! 今日は人生最悪の日だチクショウ!!」


「……待ってくれ。あの魔人、イル・ネクロと戦っていないか?」


 その一言をきっかけに、この場にいたほぼすべての者はいる・ネクロの方を見た。


「あの魔人、もしかして味方なのか?」


「いや、ただ単に縄張り争いをしているだけじゃないか?」


 ファルとイル・ネクロの戦いに皆好き勝手言うが、俺は何も言うことは出来ない。

 ファルが魔人であることは俺たちの中だけの秘密だ。今回だって、少なくともここにいる者たちには正体はわかっていない。

 しかしファルが正体を明かしてまで力を解放するということは、向こうはそれだけ状況が悪いと言うことだ。


 ……俺も前に出るしか無い。


「サ、サザン殿!?」


「すみません! 俺は行かなければならないので!」


「しかしイル・ネクロだけでは無く魔人まで出たのではいくらサザン殿でも……」


「それでも、行かなければならないんです」


 俺はガルドの制止を振りきり、イル・ネクロとファルのいる前線へと向かう。

 しかし、今から急いでもファルの元にたどり着くには時間がかかるだろう。

 何か嫌な予感がするため、少しでも早くたどり着きたい。


「仕方が無い……あれをやるしかないか」





「魔人!?」


「なんでこんなところに! それにこんな大変な時に!」


 近接部隊の者たちは突然の魔人の出現に驚きを隠せなかった。

 イル・ネクロだけでも脅威なのに、さらに魔人まで現れたのだから絶望的な状況だろう。


 だが魔人は近接部隊の者には目もくれずイル・ネクロだけを狙い攻撃を仕掛ける。

 その状況に、またもや驚きを隠せない近接部隊。


「ウオオォォォォ!!」


 大きく発達した腕による殴打は、あれほどの攻撃でも表面しか削れなかったイル・ネクロの外皮をいとも容易く破壊する。

 それによってイル・ネクロはファルを正式に脅威と認めたのか、より激しく攻撃を行い始めた。

 今までの近接部隊の攻撃は脅威とすら認識されていなかったのだ。

 

 足の薙ぎ払いは先ほどまでよりも遥かに速度が上がっており、魔人であるファルでも全くの無傷というわけにはいかなかった。


「流石にこのまま攻撃を受け続けるのは不味いな。どうにかして早期決着を付けなければ」


 ファルの攻撃力は高く、近接部隊が攻撃していた時よりも遥かに効率的にダメージを与えている。

 それでも、このまま攻撃を受け続ければ先に倒れるのはファルの方だろう。


「フンッ!!」


 ファルの全力を込めた一撃がイル・ネクロの頭に命中する。

 一瞬の隙が出来た内にファルはこれでもかと攻撃を叩きこんだ。


 体中の外皮が破壊され、片目を失ったイル・ネクロ。しかしそれでもまだ覇気を放ち続けている。

 恐ろしいまでの生への執着。そう言わざるを得ない程の執念と生命力を感じながらも、ファルは臆することなく攻撃を続ける。


 その時、イル・ネクロは視線をファルから近接部隊の方に向けた。

 そのことに気付いたファルは嫌な予感からか、即座に攻撃を止め近接部隊を庇うように前に立つ。


 次の瞬間、イル・ネクロは魔力を凝縮させたブレスを放った。

 ファルだけであれば避けるのは容易いだろう。しかし狙われているのはファルではなく近接部隊の者たちだと言うことを、直感的に理解していた。

 そのためファルは避けることは出来なかった。


「……この魔人、俺たちを庇って……?」


「嘘だろ……」


 ファルが攻撃から庇うことにより、近接部隊に死者は出なかった。

 しかし、ファルは体の大部分を失い片腕は完全に動かせなくなっていた。


「まだだ……まだここで終わるわけには……」


 立ち上がろうとするファルだが、魔力量も限界が近く上手く動くことが出来ない。

 そんな中、イル・ネクロは再びブレスを放とうとする。


 もう一度このブレスを受ければ自分は死ぬ。ファルはそう理解していたが、それでも近接部隊の者を……人を犠牲に自らが助かるということは出来なかった。


「サザン……すまない。ああ言ったのに、我は約束を守れなさそうだ……」


 ファルが死を覚悟した時、イル・ネクロと同サイズの龍型魔物が現れイル・ネクロのブレスを止めた。

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