第21話 娘と孫
「では、こちらの書類にある予定で進めさせていただきますね」
「はい、よろしくお願いします!」
あれからさらに時は経ち、だいぶ一人でお仕事に慣れてきたわたしは、今日も依頼主の人と打ち合わせを行っていた。
リュード様とボニーさんの励ましのおかげで、あの失敗を糧に出来たわたしは、こうして今もお仕事を続けられている。
しかも、ありがたい事に固定のお客様もついてくれたり、評判が広がっているのか、ボニーさんが現役の頃と同じくらいの仕事量が入ってきてて、『幸せになれる服屋』として評判らしい。
正直大変だし、夜もあまり眠れないけど……それでもお裁縫が楽しいから続けられているし、ボニーさんの為にお店を守らなきゃって想いも後押ししてくれている。
そしてなにより……リュード様が用意してくれた通話石を使って、毎晩話が出来るおかげで、凄く心の支えになっている。
本当は会って話したいし、リュード様に触れたい。笑顔が見たい。この恋心を自覚してから、その想いは日に日に増していってるせいで、凄くつらくなる時がある。
でも、ここで放り出してリュード様の所に行ったら、それこそまた中途半端なわたしに戻ってしまう。そんなの、誰も幸せにならないもんね。
「セレーナちゃん、郵便が届いているわ。ほとんどが依頼書みたいだけどねぇ」
「あ、はーい! どれどれ……わわっ、本当だ。最近数が増えてきてる気がするなぁ」
「それだけ有名になってきたって事ね。とはいえ、現状作れるのはセレーナちゃんだけなのに、この量は明らかに多くないかしら? 少し減らした方が良いと思うわよ?」
「でも……」
折角たくさんあるお店の中から、ここを選んで依頼してきてくれたお客様を、蔑ろにするのは申し訳ない。それに、断ったら評判が悪くなっちゃうかも。
「数を増やした結果、またミスをしたり品質が落ちたら元も子もないわ」
「うっ……わかりました」
「そんな不安に思わなくても大丈夫よぉ。ちゃんと商品を作っていれば、評判なんて早々落ちはしないわ。長年やってきたあたしが言うんだから、信憑性はあるわよ」
ボニーさんはニカッと笑いながら、シワシワの手でわたしの頭を撫でてくれた。
そうだよね……何十年もやってるボニーさんが言うんだから、きっと大丈夫だよね。少し心が軽くなったよ。
「さて、そうと決まれば――」
コンコンッ――
「あれ、お客様? もしかして直接依頼に来たのかな」
「かなり珍しいわね。はいはい、今出ますよー」
ボニーさんが玄関を開けると、そこには二人の女性が立っていた。
一人はとても品のある女性だ。歳は四十代後半くらいかな? 少しきつい顔をしているけど、綺麗な長い髪や、とてもスラッとした体がとても美しい人だ。
もう一人は、活発そうな女性だ。わたしより少し歳上に見える。パッチリとした大きな目と、短く揃えた髪が良く似合っている。
「あらあら、レイラにエレノアじゃないの!」
「え、知り合い……?」
「ただいま、お母さん」
「久しぶりーおばあじゃん!」
「……お母さん……おばあちゃん……?」
全く想定もしていなかった単語に、わたしは目をパチクリとさせながら、ボニーさんの言葉を口にした。
え、えっと……ボニーさんに娘さんとお孫さんがいるのは知ってたけど……この人達がそうなの!? ど、どうしよう……とりあえず挨拶しなきゃ!
「は、はじめまして! このお店の責任者をしてます、セレーナと申します!」
「はじめまして。私はレイラ。この国の王都で裁縫士をしております。以後お見知りおきを」
「アタシはエレノア! 同じく王都でママと一緒に裁縫士をしてるんだ!」
服の裾を掴みながら頭を下げるレイラ様。一方のエレノア様は、わたしの手を取って、上下にブンブンと振った。
あれ……なんか二人の名前をどこかで聞いた事があるような?
「レイラ様にエレノア様……あ、思い出した! 王家お抱えの一流ブランドの運営をしている、凄腕の職人の名前だ……!」
職人として働いている中で、依頼してきた人から聞いた事を思い出した。そんな凄い人達がボニーさんの親族だったなんて、驚きを隠せない。
「ご存じでしたか。お褒めにあずかり光栄です」
「それで、急に来てどうかしたのかい?」
「お母さんが倒れたって以前聞いたから、様子を見に来たの。激務でなかなか時間が取れなくて、今更になっちゃって申し訳ないわ」
「あらあら、そんな気を使わなくてもいいのに」
「使うに決まってるよ! おばあちゃんが倒れたってマルティンさんから連絡が来た時、アタシもママも全部放り投げだしそうになったんだから!」
王家が贔屓にしている職人なんだから、きっとわたしなんか足元にも及ばないくらい忙しいだろう。それを放りだそうとするなんて……三人はとても仲良しなんだね。
……ちょっぴり、羨ましいかな。わたしは両親には全然恵まれなかったから。
「なんにせよ、お母さんが元気そうでよかったわ。それで、もう引退したっていうのは本当なの?」
「ええ。お店はセレーナちゃんに任せたわ」
「やっぱり本当だったんだ。ふーん……?」
レイラ様とエレノア様の視線が、一斉にわたしに向く。それは、まるでわたしを品定めしているような目だった。
「ママ、どう思う?」
「話した感じ、悪い子ではないと思うわ。でも、見た目と腕は比例しないし、ちゃんと見定めないと安心できないわ」
「……? えっと、何の話でしょうか?」
「突然の話で申し訳ないけど、あなたの実力を私達に見せていただきたい」
本当に突然すぎて、わたしは何のリアクションも取る事が出来なかった。一方のレイラ様とエレノア様は、とても真剣な瞳でわたしを見つめていた。
「ここは私達の思い出の店。店を守る為に、実力が伴わない人や、悪人に継がせるわけにはいかないの」
「本当はアタシ達が継げればいいんだけど、自分達のお店を持っちゃってるからね。だから、こうして直接話をしに来たの」
「もし私達に認められないような人間だったら……この店は辞めてもらうわ」
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