第20話 自覚した恋心

「これ……なんなんだろう」


 リュード様と久しぶりに会ってお話をした日の夜、わたしは自分のベッドに寝転びながら、リュード様から貰った小さな石をジッと見つめていた。


 どう見ても、ただの石にしか見えない。リュード様曰く、とても良いものだからわたしに貰ってほしいとの事だ。


「なんで石なんだろう……リュード様からのプレゼントは嬉しいからいいんだけどね。あ、そういえば……暇な時はこの石を三回軽く叩いてみてって言ってたけど……なんなんだろう?」


 丁度後は寝るだけだから、暇な事に違いはない。試しに言われた通りにやってみよう。


「コンコンコンっと……わわっ、何かほんのりと光りだした!?」


 謎の石を三回叩いてみると、石の中心からほんのりと光りだした。部屋の中が暗いせいか、その光がとても明るく見える。


 これ、確実に魔法だよね? まさか爆発したりしないよね? リュード様がくれた物なんだから、そんな事は絶対に無いってわかってても、未知の物はさすがに怖い。


 そんな事を思っていると――


『やあ、聞こえるかい?』

「ひゃあ!? え、リュード様??」

『ああ、リュードだよ』


 この部屋にはわたししかいないのに、どこからかリュード様の声が聞こえてきた。


 どうしてリュード様の声が聞こえるの? 実はこっそりこの部屋にいるとか? でもリュード様はあの滝から離れられないのに……あ、もしかして何処かに小さな分身が隠れてるとか?


『驚いたかい? その石を介して、僕達の声のやり取りを行っているんだ』

「い、石……? それってこの石ですよね?」

『そうだよ。セレーナが眠っている間に即席で作った魔法道具だけど、思ったより良い出来だろう? 名付けて通話石!』

「即席? 作った!?」


 この石ってリュード様が作った物なの? それにわたしが寝てる時って、それこそ数時間程度しかなかったはずなのに、その間に作ったって……色々と頭が追いつかない情報だらけだ。


『あの時のセレーナ、とても穏やかに眠っていてとても可愛らしかったな……今思い出しても微笑ましいよ。あはは』

「ちょっ!? 変な事を考えないでください!」


 楽しそうに笑うリュード様とは対照的に、わたしは恥ずかしくて思わず声を荒げてしまった。


 いくらリュード様とはいえ、寝顔を見られたのは恥ずかしい。わたしったら、いくら疲れていたとはいえ、あんなところで寝ちゃうなんて……しばらくの間は、思いだして悶えそうだ。


『あんまり言うと、セレーナに怒られてしまうからこれくらいにしておこうかな。そうだ、この石を使うのに注意点を伝えておくよ』

「注意点?」

『そう。一日の話せる時間は最大五分が限界だ。そして、一日に一回しか使えない』

「なるほど」


 一日一回、それも五分か……それしかリュード様と話せないのは寂しいけど、今まではずっとリュード様に会えなかったんだから、それから比べれば天国だ。


『代わりに、何回でも使えるようにしておいた。本当はもっと使用頻度や、話せる時間を伸ばしたかったんだが……耐久性と僕の魔力を考えた結果こうなった。申し訳ない』

「そんな、謝らないでください! こうやって話せるだけでも幸せですから!」

『ありがとう。セレーナは本当に優しいね』


 わたしは別に優しくなんてない。わたしよりも、リュード様やボニーさん、マルティン様の方が何十倍も優しい。


「ところでリュード様は、今何をしてたんですか? やっぱり釣りですか?」

『まあね。さっき珍しく魚が釣れたんだよ。とはいえ、稚魚だったから逃がしたけどね』

「え、釣れたんですか!?」

『どうしてそんなに驚くんだい? 僕だって釣るときは釣るさ』

「ご、ごめんなさい。いつもバケツが空のイメージしか……」

『これは手厳しいなぁ。あはは』

「ごめんなさいっ。うふふっ……」


 家に居るのにリュード様と話せるのが嬉しくて、自然と笑みがこぼれてしまった。


 これって、まるで一緒に生活してるみたい。一緒に朝食を作って、お仕事をして、夜は二人きりで静かに過ごして。お休みの日はお散歩したり、たまには……その、デートとかもしたりして。


 ……ちょっと待って。これじゃまるで付き合ってるっていうか……結婚してるみたいな妄想じゃない!? わたしったら、なんでこんな事を考えてるの!?


『――ナ』

「ああもう、わたしったら……!」

『セレーナ?』

「わひゅん!? きゅ、急にどうかしましたか!?」

『いや、何度も呼んでるのに反応が無かったからさ』

「え、ごめんなさい!」


 しまった、変な妄想をしてたら、リュード様に声をかけられていた事に全然気付かなかった。少しは落ち着いてわたし。


「こほん……それで、なんですか?」

『セレーナは何をしていたんだい?』

「ベッドで横になってました。それで、貰った石を眺めてたら、叩いてみてって言われたのを思い出して」

『そうだったんだね。一応耐久性は保証できるけど、あんまり叩きつけたりはしないでね。さすがに壊れちゃうからさ』

「そ、そんな乱暴な事しませんよ!」


 もう、失礼しちゃうわ。リュード様ったら、わたしの事をどういう目で見てるのだろう?


『ふふっ、そんなに元気ならもう大丈夫そうだね』

「あっ……もしかして、わたしが元気が無かったから、その確認の為にわざと……?」

『さあ、なんの事かな。あはは』


 知り合ってから、それなりに年月が経ったわたしにはわかる。リュード様がこうやって笑う時は、大体とぼけている時だと。


 とはいえ、変に言及しても、話せる時間が減っちゃうし、この辺にしておこうね。


『さて、そろそろ時間だ』

「え……もう五分ですか?」

『石を見てごらん。白い光が緑色になりかけているだろう? それが強制終了の合図だ。次に使えるようになるのは、また白い光になったらだ』

「そっか……あっという間ですね。リュード様、また明日も連絡していいですか?」

『もちろん。ご存じの通り、僕は年中無休の暇人だからね』

「もう、またそうやって……」

『あはは。まあいつでも気にせずに連絡しておくれ。僕からも連絡するよ』

「本当ですか? 楽しみにしてます! けど……やっぱり寂しいです」


 わたしは通話石をぎゅっと抱きしめながら、子供の様なワガママを漏らした。


 こんな事を言っても、リュード様を困らせてしまうだけだというのに、つい寂しくてポロッと出てしまった。


『大丈夫。今度は夢の中で一緒にいよう』

「夢の中……そうですね、リュード様……」


 夢なら、リュード様といくらでも話せる。話すだけじゃなくて、現実じゃできないような事も……え、なんでもないよ!?


「そのー……じゃあおやすみなさい。また明日」

『ああ、おやすみ』

「……あっ! 最後になっちゃいましたけど、今日は励ましてくれてありがとうございました。また明日から頑張ります! それと……こんな未熟者ですけど、これからも末永くよろしくお願いします」

『それではまるでプロポーズみたいだね』

「ぷろっ……!?」

『ふふっ。我が愛しのセレーナ。幸せな夢を見れる事を祈っているよ。そしてその夢に、僭越ながら僕が一緒にあらん事を……なんてね。それじゃ今度こそ、おやすみ』


 少し芝居がかった台詞を残して、通話石から何も音が聞こえなくなった。そんな石を、わたしは顔を真っ赤にしながら見つめる。


「あ、ああいう時にサラッというのズルい……! それに、わたしったらなんであんな事を……あぁぁぁ! 顔が熱くて寝られそうもないよぉ!」


 わたしは頭から毛布をかぶると、その場でジタバタと動き回った。こうでもしてないと、恥ずかしさで頭がどうにかなっちゃいそうだから。


「ああもう、リュード様優しい……好きぃ……え?」


 わたし、今……好きって言った? どうして自然にこんな言葉が出てきたんだろう? 自分で言った事なのに、自分で理解できない。


「セレーナちゃん、まだ起きてたのかい?」

「ボニーさん……わたし、変な事を言っちゃったんです」

「変な事? なんだい?」

「リュード様優しい……好きぃって……なんでそんな事を言っちゃったんだろう」

「そんなの一つしかないじゃないの。ちゃんと考えてみなさいな」

「考えるって言われても……」


 リュード様に出会ってから、命を助けられ、生活を整えるのにサポートしてくれて、会うと笑顔で出迎えてくれて、デートも楽しくてロマンチックで……今日はゆったりお昼寝して……わたしはリュード様と幸せな関係を続けられている。


 そのリュード様への気持ちは……わたしの胸の奥に感じる、この暖かい気持ちなんだろう。少しでも話したい、一緒にいたい、笑ってほしい、触れてほしい。


 ああ……そうか。わたし、いつの間にか、リュード様の事が好きになってたんだ。


 こんなにリュード様を好きになっていたんだろう? もしかして、変な妄想をするようになったのも、それのせいかも?


「答えは出たかしら?」

「はい! わたし……リュード様が好きです!」

「なら付き合うなり結婚なりを――」

「駄目です。リュード様が良くても、わたしが嫌なんです。リュード様は、優しいし魔法の腕も凄い。でも今のわたしは何をしても中途半端……だから、もっとお仕事もして、滝の人達も開放して、初めてリュード様の隣に立てる! 添い遂げられる!」


 しまった、熱くなりすぎてしまった。これじゃボニーさん口ぽっかーんになっちゃう――あれ、なってない。


「本当に真面目な子ねぇ。そこまでいうなら、頑張って見なさい。きっとその頑張りは、あなたの人生をとても彩る素敵なものになると思うわぁ」

「はい! ありがとうございます!」


 ――わたしは今日この日、自分の中の恋心に気づいた。そして、それは新たなるスタートのきっかけにもなった。


 お店の為、亡霊の開放の為と思ってたけど、そこにわたしの為……リュード様にいつか告白するために、お店も除霊も頑張って、一流の女性になるんだから!


 リュード様……見ててくださいね! わたし、頑張りますから!!

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