第19話 一時の休息

「落ち着いた?」

「はい……」


 一通り泣いたわたしは、リュード様に涙を拭ってもらいながら、小さく頷いた。


 本当に情けないな、わたしは。リュード様に迷惑をかけた上に、何度も泣いちゃって。そもそもわたし、人前で泣きすぎなような気しかしない。


 って、違うでしょわたし。反省はしても、自分を追い詰めたり、ふてくされちゃ駄目。しっかり反省して、もっと成長した姿を見せるんだから。


「わたし、まだまだ未熟者です。リュード様にもたくさん迷惑をかけちゃうと思いますし、また泣いちゃうと思います。でも……頑張って成長して、ボニーさんが安心してお店を任せられるようになって、リュード様にも笑顔で報告できるようになります!」

「ああ、その意気だ。大丈夫、君なら出来る」

「リュード様……ありがとうございます。えへへ……」


 ボニーさんに言われて、ここに来てよかった。凄く心が軽くなったし、胸の奥がポカポカしている。また明日から頑張ろうって思えるよ。


「リュード様、何かお礼がしたいんですけど」

「セレーナは本当に律義というか、真面目というか……お礼なんていらないよ。僕が君を支えたいと思ったから言っただけだからね」

「そういうわけにはいきません。うーん……そうだ、お礼っていうのも変ですけど……リュード様からもらった優しさを、わたしの力に変えます!」


 高らかに宣言しながら、滝つぼギリギリの所に立ったわたしは、ちょっぴり幸せで素直になれる魔法を使い、光の球体を生み出すと、その光を滝つぼの中へと放り投げた。


「今のは……これまで使った君の魔法の中でも、特に強い力を感じたよ」

「きっと、この胸に感じる暖かさのおかげです。リュード様に励ましてもらって、凄く嬉しい気持ちになったんです。それを魔法に乗せました」


 わたしは微笑みながら、胸に手を当てて話す。すると、周りの地面からあの赤黒い泡のようなもの――ではなく、純白の光がポツリポツリと出てきた。


「これは……」

『暖かい……』

『やっと解放されるの……?』

『パパ、ママ! 僕も今行くから、たくさん遊んでね!』


 いつも聞こえる、自殺を唆す声とは違う、とても優しい声が聞こえた矢先、光達はゆっくりと天へと昇っていった。


「きっと君の魔法で開放された人達だよ。やっと天に還れるんだ」

「よかった……どうか安らかに……」


 解放されて旅立つ人達を想いながら、わたしとリュード様は手を合わせて祈った。


 こんな所で亡くなってしまうほどに追い詰められていた人達……きっと生前も苦しかっただろう。どうか神様の元で安らかに……願わくば、来世では幸せでありますように……。


「ふぅ……なんだか少し疲れちゃいました」

「元々多忙だったうえに、魔法まで使っちゃったから仕方ないさ。少し休んだらどうだい?」

「そうですね……」


 このまま帰ったら、帰り道で寝ちゃいそうなくらい疲れている。リュード様が言う通り、魔法を使ったからというのもあるだろうけど、リュード様と話せて気が抜けたのもありそうだ。


「今日は暖かいし、ここで少し寝るといい。適度な時間に起こしてあげるから」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 わたしは言われた通り、その場で座って目を閉じると、すぐに睡魔がやって来て……そのまま意識を手放した。



 ****



■リュード視点■


「もう寝てしまったか……本当に疲れてたんだな」


 ものの数分で寝てしまったセレーナを見ながら小さく呟いた僕は、釣竿を地面に置くと、セレーナを起こさないように、ゆっくりと横にした。そして、小さくて可愛い頭を、僕の膝に乗せた。


「まだ若いのに、セレーナは本当に良く頑張っているな……僕がセレーナの歳の頃って、何をしていただろう?」


 もう随分と遠い記憶だから、ぼんやりとしか覚えてないけど……確か、元々高い魔法の能力を、更に強めるために勉強に明け暮れていたような気がする。


 あの多忙を極めた頃と比べると、今は良くも悪くも穏やかな時を過ごしているなと感じる。もちろん、セレーナと一緒にいるのは、とても良い時間だよ。


「結局あの後、皆どうなったのだろう?」


 僕はとある事情で、故郷を離れてここにいる。それも、途方もない年月だ。だから、家族や友人達がどう過ごしたのか、僕には知る由がない。


 家を出る前に、僕の事で喧嘩をした両親は無事に仲直り出来たのだろうか。友人は許嫁と結婚すると言っていたが、幸せな家庭を築く事が出来たのだろうか。妹達は立派に育ったのだろうか。


「考えても仕方が無いし、もう絶対に知る事は出来ないとはいえ……やはり気にはなってしまうな」


 元々優秀な妹達だったから、きっと僕がいなくなった後も大丈夫だったに違いない。それこそ、セレーナのような真面目で良い子達だった……。


「もう何もかもが懐かしい……」

「ううん……」

「おや、うるさかったかい? ごめんよセレーナ」

「むにゃ……お裁縫楽しぃ……」

「夢の中でも裁縫してるのか? 本当にセレーナは裁縫が好きなんだな」


 ずっとつらい生活をしていたセレーナが、こうして好きな事を仕事にして生活しているのが、僕にはとても嬉しい。欲を言わせてもらえるなら、それを間近で眺めていられないのが、何よりも悔しい。


 ……今更文句を言っても仕方がない。全ては僕が大切な人達を守る為に選んだ事だ。後悔はないさ。


 ただ、まさか異性に恋心を持った事がなかった僕が、こうして目の前で幸せそうに寝ている女性に、想いを寄せるようになったのは、全くの想定外だったけどね。あはは。


「未来っていうのはわからないものだな。それにしても……ふふっ、愛らしい寝顔だ。この寝顔を独占してるって思うと、なんだか顔がにやけてしまうな」


 我ながら少々気持ち悪いと思いつつも、セレーナの頭をそっと撫でる。まだ少し髪の毛の質が悪いけど、出会った頃と比べれば、かなり改善されてきているようだ。きっともう少し経てば、艶のある素敵な髪になるだろう。


 そうなったら……もっと好きになってしまうかもしれないじゃないか。これ以上セレーナを好きになったら、自分を抑える事が出来ないかもしれない。


「…………んうっ」


 頭を撫でていると、セレーナが急に色っぽい声を出してきた。さすがにいきなりは驚いてしまうから、勘弁してほしい。


 しかも、ずっと顔全体を眺めていたのに、唇に集中するようになってしまった。


 小ぶりだけど、綺麗なピンク色だ……つやつやしてて、ややプルンとしてるようにも見える。触ったらどんな感じなんだろうか……。


「だからこれじゃ変質者じゃないか! 僕は何をしている!」

「ん~……どうかしましたかぁ……?」

「いや、何でもないよ。ゆっくりおやすみ」

「うん……そうするね……すぅ……」


 危なかった。まさか自分の煩悩のせいで、セレーナを起こしてしまうところだった。そんなのは絶対に良くない……。


「……セレーナ……」


 僕の中にいる悪魔が囁く。『寝てる間に襲ってしまえよ』と。


 僕の中にいる天使が囁く。『疲れてるのだから、あなたの優しさと愛で癒してあげなさい』と。


 僕の天使と悪魔よ。アドバイスをくれるのは良いが、それって意見が合致してないか? 要は、寝てるセレーナを襲えって事だろう? 冗談じゃない! 了承も得てもない女性を襲うほど、僕は腐ってないぞ! 


「想像以上に、セレーナと会えなかった時間が響いているようだ。会えないとしても、少しくらい話せる機会を設けられないだろうか……」


 セレーナの頭を撫でながら、僕は目を閉じて思考にふける。


 手紙……は駄目だな。やり取りに時間がかかってしまうし、セレーナに書く手間を取らせてしまう。なによりも、ここまで郵便屋に来てもらう事が困難だ。


 僕の分身を行かせる? 最初は良いかもしれないけど、そのうち僕の魔力がそこを尽きてしまうから、これも駄目だ。


「……そうだ、声のやり取りが出来る魔法道具を作ればいいじゃないか」


 元々僕は、声を別の場所に飛ばす魔法を使える。それを応用して、離れていても話せる魔法道具を作れば、好きな時に話せるじゃないか。


「とはいえ、この前のデートでかなり浪費してしまった問題もあるが……まあいい。この程度の魔法道具を作るくらいなら、分身を作るよりかは楽だろう」


 そうと決まれば、さっそく魔方陣を組み立てるところから始めよう。声のやり取りは長い方が理想だが、あまり長すぎても、その分魔力を消費してしまう。それに、使いきりでは意味がない……そうなると、短い時間しか話せないが、自動で魔力を補充できるようにすれば……。


 想像以上に難解な魔法陣を作る必要がありそうだ。けど、これもセレーナを励ます為だ。やってやるさ。


 ……別に僕がセレーナと話したいからではないからな? いや、話したいが……第一優先は、セレーナの事だから、そこは勘違いしないでくれ!

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