第18話 味方と付き合い方

 あの事件から数日後、ボニーさんは無事に退院して小屋に帰ってきた。話していた通り、ボニーさんは現役を引退する事となった。引退といっても、暫くは運営の方をしてくれるそうだ。これなら腰に負担がかからないしね。


 代わりにわたしがお店の責任者になった。元々お裁縫に集中していたけど、これからは経営も関わってくる。顧客と商談をしたり、布や道具を自分で用意し、自分で作り、顧客に出来た品を渡してお金をもらう。もちろんお金の管理もやらなきゃいけないし……え、これ全部一人でやるの??


「ひ、ひっくり返っちゃいそう……」

「そのためにあたしがいるのよぉ。暫くの間は、制作をしながら、あたしの運営のやり方を覚えてね。セレーナちゃんは賢いから、すぐ覚えられると思うわ」


 正直あまり自信はないけど、ボニーさんにそう言ってもらえると、本当にできるんじゃないかと思える。


 ――そう思えたのも、数日程度だった。実際にお仕事をして見ると、これが想像の何十倍も大変だった。


 元々人と話すのがあまり得意ではないわたしは、特に顧客の人の要望を聞くのに苦労した。その後の値段交渉も、顧客に押し切られそうになったのは一度や二度ではない。


 その度にボニーさんに相談をし、言われた通りにやる日々。そのおかげで、仕事を引き継いでから時が経っても、大きな失敗をせずに済んで……いなかった。


「ああもう、本当にわたしの馬鹿……!」


 とある日の夜、わたしはリビングの机に突っ伏しながら、大きく溜息を漏らした。


 実は、依頼を受けていた商品の納品日を勘違いしてしまっていて、納品日なのにまだ完成していなかったの。


 依頼主は怒ってしまい、折角の依頼はキャンセルされてしまった。ボニーさんには、失敗を糧にして成長すれば良いと言われたけど、やっぱり簡単には立ち直れそうもない。


「セレーナちゃん、まだ起きてたの?」

「ボニーさん……」

「もう済んだ事なんだから、そんなに落ち込まないの。失敗を反省するのは必要だけど、必要以上に自分を追い詰めちゃいけないわ」

「…………」

「そうだわ。明日はお休みなんだし、久しぶりに彼の所に行ったらどう?」

「……リュード様の所ですか? 行きたいですけど……」


 明日は、お裁縫の練習をするつもりだ。もっと上手になって、今回の失敗を帳消しにする為に。


 そんなわたしは、何故か凄く怖い顔をしたボニーさんに、おでこを軽く小突かれてしまった。


「いたっ」

「セレーナちゃん。この店を続ける為に頑張ってくれるのは嬉しいわ。あなたが頑張って運営の仕方を覚えようとしてるのも、裁縫の練習をしてるのも知ってる。でも、あなたいつ休んでるの? いつ気晴らしをしてるの?」

「…………してないです」


 だって、未熟なわたしには時間がいくらあっても足りないんだもの。リュード様の元に行きたいけど、それを我慢しなければならないほどに、わたしはお店の運営と制作、そして練習に追われていた。


 でも、本当なら定期的にあの滝に行きたい。リュード様にも会いたいし、亡霊になってしまった人を助けないといけないのに、忙しくて行ける気配がない。


 ううん、これはただの言い訳だ。わたし、何もかも中途半端なんだ……本当に情けない。


「頑張り過ぎると、いつかは綻びが出てしまうものよ。今回のミスだって、疲れからきた不注意が招いた事でしょう? だから、慕っている人の所に行って、リフレッシュしてきなさいな。これは先代命令よ」

「うっ……わ、わかりました」


 そこまで言われて、さすがに何も言い返せないくなってしまったわたしは、小さく頷いてみせた。


 久しぶりにリュード様に会えるのは嬉しいけど、こんな心境では心が弾まない。これではリュード様にも失礼だというのに……本当にわたしって人は……。



 ****



 翌日、重い足取りで滝に行くと、今日もいつも通り釣りをしているリュード様の姿があった。道中で、何度も亡霊の声が聞こえたのは、ここだけの秘密だ。


「…………」

「…………」


 前回と同じく、近くにまで行っても気づかないリュード様。本当なら大きな声で声をかけるべきなんだろうけど、そこまでの気力がないわたしは、静かにリュード様の隣に腰を下ろした。


「……うおっ、セレーナ!?」

「こんにちは……」

「こんにちは。あービックリした……来たなら声をかけてくれてもいいじゃないか。驚いて大きな声を出してしまったよ。あはは」

「……ごめんなさい」


 リュード様の隣で膝を抱えて座っていたわたしは、小さな声で謝罪をすると、とても真面目な顔をしたリュード様が、わたしの顔を覗いてきた。


「どうかしたのかい? もしかして、彼女に何か……?」

「い、いえ。ボニーさんは無事に退院してからずっと元気です。わたしに色々お店の運営の仕方を教えてくれて……」

「ほう、それは何よりだ。最近来れなかったのも、店関連かな?」

「はい……ずっと来たかったんですけど、運営の勉強とお裁縫の練習で時間が無くて」


 ――言い訳だ。こんなの……言っちゃいけないのに、ついぽろっと口から出てしまった。それに続いて、最近あったミスの一件を話した。


 どんな状況だとしても、わたしはこの滝の亡霊を何とかすると約束した。だから、身を削ってでも、やらなければいけないのに……言い訳してる時点で、本当に情けない。


「セレーナは本当に真面目で正義感が強い、良い子だね」

「え?」

「だって、一度のミスでそんなに落ち込んで、失敗を取り返そうとするなんて、真面目な証じゃないか。それに、こっちの事も考えてくれて、本当にありがたいよ」

「そんな事ないです。両方共お仕事なんですから、失敗しちゃいけないんです!」


 お仕事だとわかっておるのに、全く両立が出来てない所か、片方のお仕事さえまともに出来ていない自分に、腹が立って腹が立って……どうにかなってしまいそうだ。


「落ち着いて。もちろん失敗はしないに越した事は無い。けど、真に成功する人は、何度も失敗して、それを糧にする人間の事を言うんだと僕は思うんだ。そして、適度に休息が出来る必要もある」

「…………」

「彼女だって、初めて数カ月の職人じゃないだろうし、何度も失敗しただろう。けど、彼女は彼女なりの反省の仕方、そして休息の仕方があったんじゃないかな? 一方のセレーナは、このままじゃ自分を追い詰めて追い詰めて……壊れてしまいそうな不安を感じる」


 そう言うと、リュード様はわたしの事を、包み込むように抱きしめてきた。


「大丈夫、まだ君は未熟かもしれないけど、ここに確かな味方がいるよ」

「味方……」


 短い言葉で問うと、リュード様はわたしを抱きしめたまま、頭を優しく――それこそ壊れ物を扱うくらい、優しく撫でてくれた。


「ああ。僕は裁縫の事も、店の運営も素人だからわからないけど、こうやって話を聞く事は出来る。話す事で、少しは気晴らしになるだろう。まあ……偉そうな事を言っておいて、こんな事しか出来なくて申し訳ないけど……」

「……いえ、嬉しいです。じゃあ……聞いてもらっても良いですか?」

「もちろん」


 かなり近い所に顔があったリュード様は、にへらと笑ってみせた。そのいつもの笑い方を見ていたら、少しだけ……心が軽くなった気がする。


「わたし、ミスをしたのもありますけど、自分が何もかも中途半端で落ち込んでたんです。ボニーさんの思い出がたくさん詰まったお店を継いで、今以上に有名にしたい。それに、この滝で彷徨ってる人達も助けたい。けど……未熟なわたしは失敗した。それに、忙しいのを言い訳に、ここに来ようともしなかった……自分が情けないです」

「そんな事はないさ。ここに来るの自体が大変だからね……気にしてくれてありがとう、セレーナ。その気持ちだけで、僕は凄く嬉しいよ」


 リュード様はそう言ってくれるけど、わたしはまだわたしを許せない。なぜなら――


「わたしのせいで、周りの人に迷惑をかけちゃうのが……凄く嫌なんです」

「迷惑だって、誰が決めた?」

「…………」


 間髪入れずに帰ってきたリュード様の言葉を受けたわたしは、勢いよく頭を上げた。


「話を聞いてる限りだと、彼女は君のミスをあまり気にしないように言っている。迷惑が掛かってたら、もっと叱るだろう? けどそんなことはしなかった」

「…………」

「言い方があれだけど、僕はセレーナが大切な人だから言うよ。一つのミス程度で引きずってたら、この先絶対にやっていけない。一流になりたいのなら、もっと成長するんだ。今の君は、一回のミスでふてくされる子供だ」

「……子供……」

「ああ。だが、子供の君は成長する。ミスはしっかり反省をして、同じミスをしないようにする、嫌な事は僕に吐き出す。スッキリしたら、ここの除霊を少しやってもらって帰って、ボニー殿から仕事のアドバイスを貰う。これがセレーナ流の、仕事と休息の向き合い方なんじゃないか?」


 わたしから目を離さずに、真っ直ぐと見つめながら言ってくれた言葉。それは、リュード様の厳しいながらも、優しさがたくさん詰まっていて……気がついたら、わたしはリュード様の胸の中で泣いていた。

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