第14話 文明という名の海

「え、えぇ……?」


 リュード様が指を鳴らすと、わたし達の前に、ほんのりと光る一本の道筋が出来ていた。


 これって、リュード様の魔法だよね? 一体どんな魔法を使ったのか、皆目見当もつかない。


『さあ、いくよ。僕の手を取って』

「りゅ、リュード様?」

『大丈夫。僕を信じて』


 リュード様の手を取ると、今現れた光に向かって歩をすすめる。すると、なんと宙に見えない足場が出来ていて、宙を歩けるようになっていた。


「す、凄い! わたし、空を飛んでるの!?」

『ちょっと違うかな。僕の魔法で、光の足場を作ったんだよ。ほら、見えるだろう?』

「この光の道筋の事ですか?」

『ああ。この光を、町の上空まで伸ばした。今日を締める、文字通りの空中散歩を楽しもう』


 いつものちょっとだらしない笑い方ではなく、まるで物語に出てくる王子様のような、綺麗な笑顔のリュード様と共に、わたしは恐る恐る歩を進める。


『大丈夫、今度は僕が案内をするから。もし何かあっても、すぐに助ける』

「リュード様……ありがとうございます」


 とても頼もしいリュード様の言葉を聞いていたら、不安なんてどこかに行ってしまった。


 光の道を進んでいくと、さっきまで遠くにあった町の景色が、わたし達の下に広がっていた。それはまるで、光の海の上を歩いているかのようだ。


「な、なんて綺麗……!」

『そうだね。足元に広がる光に、ほのかに聞こえてくる民の声……きっとどこかの酒場で一杯やってる声だろうか』

「そんな感じがしますね」

『……この光景は、まさに文明という名の海。人類の繁栄と、平和の象徴とも言えるかもしれないな』


 自分の言葉を胸に刻むように、静かに呟くリュード様。光の道によって照らされたその顔は、どこか懐かしいものを見ているかのような、少し寂し気なものだった。


「リュード様、何か悲しい事でもあったんですか?」

『どうしてだい?』

「悲しそうで、寂しそうな顔をしていたので……心配で」

『ありがとう。セレーナは優しいね。なに、ちょっと昔の事を思い出しただけさ』

「昔の事……」


 リュード様は、わたしに一切自分の過去を話した事がない。それどころか、年齢までずっと隠しているほどの徹底っぷりだ。


 そんなに触れられたくない過去があるのだろうか。わたしの過去だって最悪だし、誰かに話したいと思うような内容じゃないけど、リュード様になら包み隠さず話したいって思えるくらい、リュード様を信頼している。


 ……駄目だよね。いくらわたしが信用してるからって、それをリュード様に押し付けるのは、ただの傲慢。わたしがするべき事は、リュード様が話したいって思った際に、ちゃんと聞いてあげる事だよね。


「……きゃっ!」

『危ないっ!』


 景色を堪能しながら、違う事を考えていて……油断した。わたしは突然吹いてきた突風に煽られてしまい、バランスを崩してしまった。幸いにも、預かった帽子は無事だったけど、わたしは光の道がない方へと倒れ――


『セレーナ!!』


 ――なかった。リュード様が咄嗟に手を引っ張り、わたしの事を受け止めてくれたからだ。


『大丈夫か!? 怪我はないか!?』

「だ、大丈夫です……ごめんなさい……」

『いいんだ。君が無事ならそれでいい』

「え……? 許してくれるんですか?」

『ん? ああ。非を謝って反省した。それでいいじゃないか』

「…………」


 わたしのミスを、リュード様が簡単に許してくれた事が、わたしにとっては意外としか言いようがなかった。


 わたしが実家にいる頃。わたしが失敗した時に、酒に酔ったお父さんに殴られた事は一度や二度ではない。お母さんには、


『どうしてこんな事もできない無能なの! あんたなんか生むんじゃなかったわ!』


 と、わたしの否定をされた事もある。


 あの時は悲しかったな……わたしって、なんで生まれて来たんだろう? どうしてまだ子供なのに、こんなつらい目に合わないといけないんだろうって、毎夜考えながら、枕を濡らしたものだ。


『そうだ。この方が安全だし、ムードもそれっぽくていいじゃないか』

「え……ま、まさかこのまま……!?」

『ああ。ここじゃ見てる人間なんていないし丁度いい』

「えぇぇぇ~~~~!?」


 リュード様の提案は、わたしを助けた際に抱きついたから、このままの格好でいようというものだった。


 た、確かに周りに人がいなければ……で、でも恥ずかしいし……不思議と胸がバクバクいってる。どうして? もしかして、なにかの魔法?


『ほら、見てごらん。あの辺りは僕達が行った商店街だね。まだ暗くなり始めて間もないから、まだ店をやってるみたいだ。お、あそこはギルドかな』

「そ、そうですね。あ、見てください! さっきの公園の噴水、ライトアップされてます! 色が変わってて不思議ですね!」

『魔法で光の色を自動で変えるようにしているんだろうか? それにしても、町一つの中に、色んな灯りがあるね』


 リュード様のいう通り、灯りと言っても色々ある。民家の明かりや噴水のライトアップ、お店の看板を照らすものだってある。


『……今更で申し訳ないが、急に抱きしめて申し訳ない。嫌ならすぐに離れてくれても構わないからね』

「い、いえ! その……どう言えば、わたしの気持ちが伝わるのかわかりませんが……こうしてるのは、嫌じゃないんで」

「そ、そうか……」


 相変わらずひんやりしたままだけど、リュード様の首が赤くなっている。もちろん、その上にある顔も赤い。


 何か怒らせちゃった……? リュード様は急に怒るとは思えないし……それか、照れてる……? なんて、そんなわけないよね!


『さて、そろそろ町の中央だね。ここに、とある物を用意したよ』

「なんですか?」

『見てごらん』


 光の示す先。そこには、光で作られた、ソファのようなものが宙を浮いていた。厳密に言うと、光の道に乗っかってるんだけどね。


「わあ、見た目では想像が出来ないくらい、フカフカ~!」

『君が喜ぶと思ってね』

「あぁぁぁぁぁ~~……フカフカりゃ~……」

『これはしばらく帰ってこれないな』


 このソファのフカフカに、さっき買ったポンチョのフカフカを合わせれば……ほわぁぁぁぁぁぁぁ! フカフカ天国だよぉぉぉぉ!!


『ふふ、嬉しそうでなによりだよ』

「はっ……す、すみませんでした! フカフカしたものを触ると、つい抑えきれなくて」

『なるほど、人間好き嫌いはあるんだし、気にする必要は無いさ。それよりも……始まるみたいだ』


 何の事だろうと思っていると、わたしの視線の先――漆黒の上空に、色鮮やかな光が打ち上げられていた。


 これって……間違いないよね?


「……花火! どうして?」

『さっきのサーカス一団が、最後に魔法の打ち上げ花火をするって告知があったよ』

「そうだったんですか!? 完璧に見逃してたぁ……!」

『それで、僕があの丘に連れていってもらった瞬間に、ここまでの算段を思いついてね。つまり、このフカフカソファという特等席で、二人きりで花火を楽しむというわけさ』


 特等席で、最高の花火を、大切な人と一緒に楽しめる。こんな幸せがあっていいんだろか? そろそろ本当に悪い事が起きそうだけど、気にしない気にしない。


『ほら、また上がるぞ!』

「うわぁ~……!」


 ひとつ、ふたつと皮切りに、花火はどんどん上がっていく。白や赤や緑といった、様々な色の光は、わたし達の視線を奪っていった。それから間も無く、花火は役目を終えて消えていった。


 花火は一瞬だ。それが終われば、そのまま消えていく定め。でも、花火はわたし達の心に、大きな感動と思い出を残してくれる。だから……花火は消えない。心の中で、ずっと綺麗に咲き続けるから。リュード様との思い出と一緒に……ね。


「わっわっ……うわぁぁぁぁぁぁ!!」

『怒涛の連続打ち上げをお楽しみにってところか』


 今までのが全部序の口だったと言わんばかりに、沢山の花火が一気に打ちあがる。近くで見ると、凄い迫力だ。


「ひゃあ! 凄い音!」

『そうだね。さすがに驚いたよ。疲れたなら、僕に寄りかかってもいいからね』

「うぅ……し、失礼します」


 思った以上に花火の迫力にやられてしまったわたしは、お言葉に甘えて、リュード様に寄りかかる。大興奮した熱い体には、リュード様の冷たい体温が丁度いい。


『空中散歩、どうだった?』

「にゃん!?」

『ど、どうした? 急にそんなネコみたいな声を出して』

「お、驚いただけです」


 こんな変な声が出てのには、理由がある。さっきリュード様が、わたしに声をかけながら、なんと肩を抱いてきたからだ。


 される事自体は嫌じゃない。むしろリュード様になら、嬉しいくらいだし。でも、不思議なんだけど……リュード様に触れると、体が熱くなって、胸がバクバクして……いてもたってもいられなくなる。これ……なんなんだろう……?


「って……え、リュード様? どこに行ったんですか?」


 自分のよくわからない気持ちにモヤモヤしていたら、隣にいたはずのリュード様がいなくなっていた。


『ここにいるよ』

「あれ、声は聞こえる……?」

『ここだよ』

「え、えぇ!?」


 声のした方を見ると、わたしの隣に確かにリュード様はいた。違うのは、さっきまで普通の大きさだったのに、掌サイズにまで小さくなっていた事だ。


『いやぁ、この光の道とソファを作ったら、分身に渡した魔力をほとんど使い果たしちゃってね。さっきまでは何とかなってたけど、さすがにこれ以上は形を保てずに、小さくなってしまったよ。あはは』

「な、なるほど」


 小さなリュード様、なんだかぬいぐるみみたいで可愛い。持って帰って飾りたいくらいだ。


『さてと、帰り道は事前に用意してある。僕についてきて』


 リュード様は、ぴょんっとソファから降りると、ここに来た時とは違う光の道を進んでいく。方角的に、わたしの住んでる小屋まで道を作ってくれたのだろう。


『はい、到着。我ながら完璧な魔力調整だ』


 光の道を歩いて地上まで戻ってきたら、丁度小屋の前まで帰ってこれた。本当に完璧すぎて、溜息が漏れてしまいそうだ。


「リュード様、今日は本当にありがとうございました」

『こちらこそ。また今度、機会があったらデートしよう』

「お、お散歩ですから! もう……おやすみなさいっ」

『ああ、おやすみ』


 リュード様に何度も頭を下げてから、小屋の入口を開けたわたしだったが――


「きっ……きゃあああああ!!!?」


 わたしはその場で大声を上げながら、ペタンと座り込んでしまった。


 何故なら……家の中で、ボニーさんが血を流して倒れていたからだ――

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