第11話 のんびりデート

『へえ、こんな食べ物があるのか……お、これは僕も知っている果実だ。だが、色も形も違うのもある……実に興味深いな』


 リュード様と町に来たわたしは、興味津々にお店に並べられている食べ物を眺めるリュード様を見つめていた。


 ここに来るまでに、リュード様は見るもの全てに興味を持ち、なにか独り言を呟いている。時には声を弾ませる事もあった。


 なんていうか、おもちゃを与えられた子供みたいに目をキラキラさせていて、見ているだけでとても楽しい。わたしの思っていたお散歩とはちょっと違うけどね。


『……あ、すまない。つい夢中になってしまって』

「いえ、いいんです。でも、そんなに面白いものがあったんですか? 色々なものに興味を持ってるように見えましたけど」

『なにぶんあの滝にずっといるから、外の世界には本当に疎くてね。見るもの全てが新鮮で、とても楽しいよ』


 言ってる事はわかるんだけど、そんなになるほど滝にいたって事なのだろうか? リュード様の見た目は、わたしよりも少し上に見えるけど……もしかして、見た目以上なのかもしれない。


 まあ、だからどうしたって話だけどね。何歳だろうと、リュード様に変わりはないし、わたしの付き合い方も変わるわけじゃない。


「セレーナちゃん、珍しくお友達を連れてきたと思ったら、えらくイケメンじゃないか。お前も隅に置けないな」

「もしかして、彼氏かい?」

「かれっ……!? ち、違います!」


 お店を経営しているおじさんとおばさんに、わたしは思わず声を荒げてしまった。


 彼氏だなんて、わたしには縁のない話だよ! それに、リュード様にはわたしよりもきっと素敵な女性が現れるって!


 それよりも、今の話をリュード様が聞いて、嫌な思いをしてないかが心配だよ。


『ふむ、これは森にあったな……これは全く知らない……異国の果実……』


 あ、よかった。商品に夢中で全然聞いてなかった! 不思議と胸の奥に霧がかかったみたいにモヤモヤするけど、きっと良かったんだ……よね?


「気になるなら、試しに買ってみてはどうですか?」

『残念だけど、手持ちが全然無くてね。あの滝にいると、お金なんて必要ないし』


 そ、そういうものなのだろうか? あの滝にいるからといって、服とかは買わないといけないし、森の食べ物だけで全てまかなえるとは思えない。


 うーん……きっとわたしの知らないやり方で、生活をしているのかも。リュード様は、かなりの魔法の使い手みたいだし。


「それならわたしがプレゼントします!」

『気持ちは嬉しいけど、それはさすがに……』

「気にしないでください! 全然お金を使いたい欲がなくて、貯金が沢山あるんです! 今日も沢山持ってきたので、心配はいりません!」

『……それじゃ、この果実を一つ』


 リュード様が示したのは、甘くて美味しい赤い果実だった。お手頃価格なのにおいしいんだけど、これ一個でいいのだろうか?


 仮にリュード様がよくても、わたしがこれじゃ申し訳なく思っちゃう!


「もう、こんな時くらい遠慮は無しです! 確かこれとこれと……これも興味深そうに見てましたよね?」

『あ、ああ』

「じゃあこれもください!」

「まいどっ!」


 有無も言わせずに、リュード様が興味を持っていた野菜や果物を買うと、一緒にお店を後にした。


 去り際に、おじさんとおばさんがニヤニヤしていたけど、気にしないでおこう……。


『まったく、セレーナにこんな強引な一面もあるとはね。でも……ありがとう』

「どういたしまして。そこに広場がありますから、どこかよさげな場所を探して食べましょう」

『わかった。それじゃ行こうか』


 リュード様と変わらず手を繋ぎながら、わたしは広場へとやってきた。広場には沢山の人が行き交う他、子供達が元気に遊んでいて、まさに平和という言葉を目の前に表現しているかのようだ。


『……この世界は、こんなに平和になっていたのか。何とも感慨深いものだ』

「リュード様? どうかされたんですか?」

『いや、気にしなくて大丈夫だ。ただの世間知らずの独り言ってやつだよ』


 それならいいんだけど……リュード様の表情が少し寂しそうに見えたから、気になってしまった。


「リュード様」

『ん?』

「さっきの、一緒に食べましょう!」

『……ああ、そうだね』


 強めの口調で提案したからか、リュード様は目を丸くして驚いていたけど、すぐに微笑みながら、小さく頷いた。


 変に暗い顔をするよりも、今みたいに笑顔の方が、リュード様にはよく似合っている。


「それじゃ……リュード様が食べた事の無いものってどれですか?」

『この緑色で長細いのは食べた事がないな。異国の物と書いてあったが……たしか、ハラペーニョ? とかいうものだったはず』

「なんだか可愛い名前ですね。わたしも食べた事がないです。おいしいといいなぁ……それじゃ、いただきますっ!」

『いただきます』


 リュード様と一緒に、ハラペーニョとかいうものを口にする。すると、口の中が一気に熱くなって――


『か、かっらぁぁぁぁ!?!?』


 ――隣のリュード様が、辛さに耐えきれなくて悶え始めた。


 これはちょっとまずいかもしれない! 早くお水を渡してあげないと! 水筒に入れて持ってきているから、それを渡そう!


「リュード様、これを!」

『ごくっごくっごくっ……はぁ、まだビリビリする……こんな刺激的な食べ物とはね……予想外だった』


 手渡した水は、一瞬のうちにリュード様の口の中へと消えていった。


 まさか、こんなに可愛い名前の食べ物が、凄く辛い食べ物だなんて、思ってもなかった。色も緑色だし、どう見ても辛そうじゃないのに。


『想定外の攻撃をされて驚いたけど、それ以上にこの歳になって新しい発見があるのは面白い! やはり外の世界に出て正解だった!』

「……リュード様って、一体おいくつなんですか……?」

『気になる? それは、いずれ君との仲がもっと深くなった時に、話してあげる……かもしれないね』


 なんだか含みのある言い方をしながら、リュード様はクスクスと笑う。


 歳を聞いただけなのに、どうしてそんなに隠すような事を言うのかはわからないけど、いつか聞ける日が来るかもしれないから、その時はちゃんと聞かなくちゃ。


『セレーナは平気なのかい?』

「わたし、辛いものは食べ慣れてるんです! お城にいる時、毒味という体で、嫌々食べさせられてましたし。その時に辛い物なんていくらでも食べてるから、耐性があるんですよ」

『……すまない、嫌な事を思い出させてしまって』

「いえいえそんな、わたしは今が幸せだからそれでいいんです!」

『そうか……今……君は本当に幸せなのか?』


 隣に座るリュード様の真剣な表情に対して、わたしも真剣な顔で頷いてみせた。

 

「幸せですよ。大好きなお裁縫が出来て、一緒に暮らす人もいて、町には知り合いが出来て、助け合って生きている。そして、森に行けばリュード様との楽しいお喋りの時間がやってくる。こんな幸せが一気に来ちゃったら、バチが当たるかも? なんて思ってるくらいです」

『そうか。それなら、今日の散歩は神が嫉妬するくらい、楽しいものにしようじゃないか!』

「リュード様……はいっ! それじゃ次は……」

「そこのおねーさん、今サーカスやってるよぉ! よかったら見に来てね!」


 次の目的地を決めようとしていると、近くを歩いていたお姉さんが、わたし達にチラシをくれた。そこには、この近くで旅の一団がサーカスをしているという広告が載っていた。


『なんのチラシ?』

「サーカスですって! 各地を旅してる一団がこの町に来てるそうです!」

『ほう、サーカスか。それは興味深い』

「折角ですし、行ってみます?」

『でも、お金がかかるんだろう? これ以上は申し訳ないから他に――』

「なに言ってるんですか、サーカス行きますよ! 見た瞬間から行きたくてたまらないんですよ!」


 自分の事ながら、驚くくらいテンションが上がったわたしは、リュード様の手を取ると、サーカス小屋がある場所へと、ズンズンと突き進む。


 困った、心が弾んでいるせいで、歩く速度がかなり速くなってしまう。サーカスを見れるのも嬉しいけど、そこにリュード様と行けるのが、何よりも嬉しい。


「一体どんな芸が見れるのかな? 見てくださいリュード様、動物の芸もあるみたいですよ!」

『セレーナは動物が好きなのかい?』

「はい。実家にいる時、お仕事以外はする事は無かったので、家にあったボロボロの本を読んでまして。その本に動物が出てくるんですけど……動物の可愛さに、もう虜になっちゃって!」


 本を読んでいると、出かけなくても様々な世界に行ける。だから、わたしはよく本を読んで過ごしていた。家にはどこから持ってきたのかわからない本があったからね。


 今思うと、あの本ってどうしてたんだろう? 両親が誰かから貰って来たのかな。ギャンブル狂いの両親が、本なんて買うわけないし。


「トラにゾウにライオンに……うわぁ、名前を見るだけでもワクワクしちゃう! 早く中に入りましょう!」

『そんなに慌てなくても、サーカスは逃げないよ』

「サーカスは逃げなくても、良い席が取れないかもしれないじゃないですか!」


 ワクワクを無理やり抑えながら、わたしはサーカスの受付の列に並ぶ。


 早くサーカスが見たいなぁ……! それで終わったら、リュード様と一緒にゆっくりしながら、サーカスの話をするの。きっと楽しいだろうな!


 そんなワクワクするわたしに水を差すように、どこからか女性達の声が聞こえてきた。


「サーカスだって。ちょっと面白そうじゃない?」

「えー? 動物に酷い事をして芸をさせて金を取ってる連中だよ? 最悪じゃん」

「……言われてみれば確かにそうかも。いこいこっ」


 女性達の会話が聞こえてきてしまったわたしは、俯きながら自分の言動を恥じた。だって、動物の事なんて考えずに、一人で盛り上がって……情けないよ。


「……確かにあの子の言う通り、動物に芸をさせるって、訓練をさせるって事だよね。それがもし無理やりやらせてるとしたら、動物が可哀想……」

『確か、サーカスの調教師は、動物と意思疎通ができる魔法が使えないと、免許が取れないと聞いた事がある。だから、動物と話をして了承を得た上でやらせているはずだよ』


 リュード様の丁寧な説明を聞いたわたしは、顔を勢いよく上げた。


 動物とサーカス団の間に、そんな関係があっただなんて、全然知らなかった。という事は……!


「なら、動物が嫌々やらされてるわけじゃないんですね!」

『ああ。動物にも色々考えがあって芸をしているだろうけど、少なくとも無理やりではないだろうね。動物には元々持っている牙や爪の他にも、魔力持ちの個体もいる。そんな彼らと喧嘩をしても、互いに利益は無いだろうからね』


 確かに、わざわざ衝突するくらいなら、話をわかってくれる動物を探した方が、互いに傷つかなくて済むもんね。その方が絶対に賢いよ。


 なんにせよ、これで安心してサーカスを見る事が出来る。これもリュード様のおかげだ。


「ありがとうございます、リュード様」

『礼を言われるような事はした覚えはないけど?』

「いいんです。わたしが言いたかったんです」

『やれやれ、本当に君は真面目な子だね。なるほど、だから僕は……』

「……?」

『なんでもないよ。さあ、中に入って席取りをしようじゃないか』


 なんとも意味深な事を言うリュード様を見ながら小首を傾げたわたしは、そのままサーカスのテントの中に入っていった――

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