第10話 デートのお誘い

「僕と散歩……か」


 ずっとにこやかな笑顔を見せていたリュード様が、今日初めて暗い顔をしてしまった。


 どうしよう、そんなにワガママなお願いだっただろうか……それとも、わたしとお出かけなんて嫌なのだろうか?


「前にも伝えたけど、僕はここから離れる事が出来ないんだ。どんな事があっても……ね」

「……あっ!」


 し、しまった……完全にそれを忘れていた。確かに出会って間もない頃に、リュード様の口から直接聞いていたのに……わたしの馬鹿! なんでそんな大切な事を忘れてるの!?


「ご、ごめんなさい! 今のは忘れてください!」

「……でも、それが君の希望なんだろう?」

「は、はい。やっと慣れ親しんできた町を、一緒に歩けたら楽しいかなって……」

「そうか……うん……その願い、叶える事は出来なくもない」

「え!? で、でも……」

「そう、僕はここから離れられない。でも、なんとかしてみせるよ。なんといっても、君の為だからね」


 ちょっと悪戯っぽく笑いながら、パチンとウィンクをするリュード様に、なぜかわたしの胸が大きく高鳴った。


 え、今のドキッて……なに? 全然収まる気配もないし、顔がものすごく熱い……!


「その、どうするんですか?」

「以前町に行った君を助けた時の事、覚えているかい?」

「はい。確かリュード様がわたしを導いてくれたり、危ないところを助けてくださった事ですよね」

「うん。その時、僕は自分の分身を作り、君の後を追わせたって話もしたよね?」


 分身……そっか、そういう事か。リュード様がわたしに伝えたい事が、ようやくわかった。


「リュード様本人は動けないけど、分身なら……って事ですか?」

「そういう事。五感も記憶も全て共有してるし、僕自身とほぼ全てが同じだ。ただ、セレーナが僕の本体とじゃなきゃ嫌だって言うなら、話は別だけど……」


 欲を言うなら、リュード様本人と行きたいけど、何か事情があるなら仕方ない。むしろ、代替案を出してまで、わたしの希望を叶えてくれる事に感謝しないと。


「はい、それで大丈夫です」

「うん、わかった。当日は楽しみにしてるよ。それと……本当に申し訳ない」

「いえ、リュード様にも何か事情があっての事だってわかってますから。だって優しいリュード様が、嫌がらせの為にそんな事をしないって思ってるので!」

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」


 こうしてわたしは、リュード様とおでかけする約束を取り付ける事ができた。


 男性とお出かけするなんて、初めての経験でドキドキしてしまう。今のうちに、当日はどんな格好で行くか決めておかないと。





「さてと、とても楽しみだけど……実物大と同じ大きさの分身を作るなんて、今までやった事がないからな……僕の残ってる魔力で足りるか……? まあいい、こうしていられる時が数十年は減るだろうけど……セレーナの幸せの為の応援と思えば安いものだ。それに……不思議と彼女の笑顔を見ていたいしね」



 ****



 リュード様とデートの当日。わたしはいつもより早くに起きて、入念に準備を重ねていた。


 着る服から髪型、アクセサリー、お化粧諸々。この前会った時もちゃんと準備はしたけど、今日はそれ以上に準備している。ボニーさんが帽子をまた貸してくれたし、準備万端だ。


「セレーナちゃん、デート楽しんでくるのよ」

「で、デートじゃないですから!」

「なに言ってるんだい。男女が二人きりで出かけるのをデートって言わなければなんていうのか、この老いぼれに教えてほしいくらいだよ」

「えーっと、お散歩?」

「寝ぼけた事言ってないで、さっさと準備をしてお行き!」

「は、はーい!」


 ボニーさんに半ば追い出されるように、わたしは家を飛び出した。


 うーん、約束の時間までまだ一時間はある。ここからのんびり歩いても、余裕で早く着いちゃうよ。


「まあいいか。遅刻するより全然いいもんね」


 待ってるのも、デートっぽくていいよね……って、だからデートじゃないから! これはお散歩! それ以上でもそれ以下でもないのに!


「でも、デートって思うと……なんで顔がにやけちゃうんだろう」


 自分の事なのに、自分で理解できないというのもおかしな話だ。とはいえ、考えても全然答えは出る気配がないし、早く約束の場所に向かおう。


「……え、うそっ」


 まだ約束時間じゃないはずなのに、待ち合わせ場所である町の入口に到着すると、そこにはリュード様の姿があった。


 いつも釣りをしているからか、ラフな格好をしているリュード様だけど、今日は全然違う。真っ白な服と、風になびくマントが印象的だ。


 まるで、どこかの国の王子様みたい……品があるというか、上手く言えないけど……とにかく言える事は。


「か、カッコいい……!」


 早くリュード様の元に行かないといけないと分かっているのに、わたしは思わずそう口にしながら、その場に立ち尽くしてしまった。


 元々の生活のせいもあるかもしれないけど、異性を見てこんな事を思ったのは初めての経験だ。


 リュード様から目が離せない。足が全然動かない。息もちょっと苦しいし、熱が出たみたいに体が熱い……!


『……ん? やあ、セレーナ。随分早かったね』

「…………」

『セレーナ?』

「はっ!?」


 いつの間にか目の前まで来ていたリュード様に全く気付いてなかったわたしは、思わずその場で飛び上がってしまった。ああ、恥ずかしい……。


『どうかしたのかな?』

「い、いい、いえ! それよりもリュード様、随分と早いですね! それに服もいつもと違ってビックリしました!」

『さすがにいつもの服ではどうかと思ってね、魔法で用意したんだよ。それに、女性を待たせるのもよろしくない』

「な、なるほど……凄くカッコいいです!」

「あ、ありがとう」


 リュード様で、本当に凄く優しいな。フィリップ様だったら、絶対に真逆の事をすると言っても過言じゃないよ。


「ところで、本当にリュード様じゃないんですよね?」

『そうだね。ここにいる僕は、魔法で作った分身体だよ』

「本体のリュード様は?」

『寝てるよ。この分身を作るのに相当魔力を使っちゃったから、休憩ってところさ。それと同時に、セレーナとのお出かけに集中できるし。もちろん、あの滝に誰か来た時に止められるようにはしてるから、責任を感じなくても大丈夫』


 ……わたしがこれまでの会話で気になっていた事を、全て言い当てられてしまった。リュード様って、人の考えがわかる魔法でも使えたりするのだろうか?


『さて、それじゃ行こうか。申し訳ないけど、行き先は任せてもいいかな? 長年あの滝にいるから、外の地理には疎くてね』

「そうなんですか? ギルドの事は知ってましたよね?」

『建物に大きな看板があったのが見えてたし、中では受付の表記が見えてたからね』

「な、なるほど。変なことを書いてごめんなさい。では、行き先は任せてください!」


 わたしは胸を大きく張りながら、力強く頷いた。


 これでも町には沢山行っているから、おいしいお店とか可愛い雑貨を売っているお店とか知っている。それに、密かにリュード様と行ってみたい場所とかもある。


『それじゃ、僕の手を取って』

「え、え……!?」

『どうしてそんな顔をしているんだい? 女性をエスコートするのは当然だろう? とはいえ、僕が街を案内してもらうんだから、エスコートをするというのはおかしな話かな? あはは』

「あの、えーっと……よ、よろしくお願いしますっ!」


 思わず声を裏返しながら、わたしはリュード様の手に自分の手を重ねる。いつも通りひんやりしていて、火照った体に気持ちが良い。


「触れても、全然本人と変わらないですね」

『そうだろう? 術者本人と何一つ変わらないからね。魔力消費が大きすぎるのがネックなだけかな』

「それって大丈夫なんですか?」

『君の為なら安いものさ』

「…………」


 ……なぜか大丈夫と言わないリュード様の言葉に、わたしは一抹の不安を抱きながらも、一緒に町の中に入っていった。

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