第9話 思い出の帽子と共に
住んでいたお城を追い出されたり、リュード様やボニーさんに出会った日から、暫くの時が経過した。
あれからわたしは、変わらずボニーさんの家に居候をしながら、お裁縫の仕事に勤しんでいる。それ以外でも、お客さんとのやり取りの仕方を教えてもらったりしていて、毎日が充実しているおかげか、もう死にたいなんて思わないし、明るくなった……気がする。
「セレーナちゃん、少し休憩したらどうだい?」
「いえ、もう少しだけ……!」
「そんなに根を詰めたら、疲れちゃうわよ」
「大丈夫です! お裁縫してると、楽しくて……つい時間を忘れちゃうので!」
「時間だけじゃなくて、疲れも忘れちゃうから心配なのよ。ほら、早く上がってらっしゃい」
「う……そ、それもそうですね……」
何も言い返せなくなったわたしは、素直に一階へと上がると、ボニーさんの用意したお茶とお菓子を口にした。
あれからというもの、依頼をしてきてくれた人から、『幸せにしてくれる職人がいる』という評判が広がり、仕事が来るようになった。
お仕事をこなすのは大変だけど、ボニーさんと一緒にお裁縫をするのは、とても楽しい。それに、わたしにお婆ちゃんが出来たみたいで、凄く嬉しいの。
ただ、一つ問題がある。それは――
「リュード様……元気かな……」
そう、最近忙しくてお休みがなかなか取れず、リュード様に会いに行けてない。最後に会ったのは随分前だし、結局お礼の内容も決めれてない。
はぁ……会えない日が募れば募るほど、会いたいって気持ちが増していってる気がする。この気持ち、なんなんだろう。
「会いたいなぁ……」
「ごめんねぇ……最近あたしの腰が悪化して、仕事をたくさん任せちゃって……」
「い、いえ! 大丈夫です!」
いけない、ついぽろっと口に出してしまった。あまりボニーさんに心配させるような事を言っては駄目だよね。
「よし、休憩おしまい! それじゃわたし、作業場に戻りますね!」
「あっ、ちょっとお待ち! まったく……あの子は本当に裁縫が好きなのねぇ」
ボニーさんの静止を振り切って作業場へと戻ってきたわたしは、再び作業を開始する。
ふふっ、やっぱりお裁縫をしてると、楽しくてウキウキしてしまう。熱中しすぎると、気づいたら数時間が経過していたなんてザラだ。酷い時は、半日以上経過していた事もあったっけ。
「……ここを……こうして…………よし、無事に完成した! 今回作った帽子は……確かお父さんに作ってあげるものって言ってたっけ。喜んでもらえるといいなぁ」
わたしの手には、落ち着いた色合いの帽子がある。今回もちょっぴり幸せに、そして素直になれる魔法はかけてある。
この魔法も、だいぶ使いこなせるようになってきた。今ではお裁縫をしてなくても、ある程度自由に使えるようになったんだよ。
「ボニーさーん。作業終わりましたー。次の依頼は何ですかー?」
「おや、お疲れ様。次の依頼は無いよ」
「そうですか、わかり……え、無い? 冗談はやめてくださいよボニーさん。ここ最近ずっと依頼があったのに」
「少しの間、依頼をストップさせたんだよ」
依頼をストップ? 折角依頼をしてもらえてるのに、どうして自分からお仕事を減らすような事を……?
「流石にあの量を捌くのは、疲れて倒れちゃうよ。ほら、数日くらいで申し訳ないけど、羽を伸ばしておいで」
「え、それって……」
「例の彼の事、気になってるんでしょう? 会いに行っておあげ」
「ボニーさん……!」
ボニーさんの優しさが嬉しくて、わたしは思わずボニーさんに抱きついてしまった。そんなわたしの頭を、ボニーさんはそっと撫でてくれた。
「ではお言葉に甘えて、明日出かけてきます」
「ええ、楽しんでらっしゃい」
リュード様に会える……な、なんか緊張してきちゃった。ただ会うだけなのに、どうしてこんなに緊張して……心と体が熱くなるんだろう?
****
翌日、わたしは鏡に映る自分と睨めっこをしていた。
髪は変じゃないし、服装も変じゃない……大丈夫だよね。うん!
「それじゃボニーさん、行ってきますね」
「ちょっとお待ち。これを被っていきなさい」
「これは……?」
ボニーさんは部屋の奥から、真っ白で唾の大きい帽子を持ってくると、わたしに手渡してくれた。
凄く綺麗で上品な帽子だ……シンプルな作りだけど、細部にこだわって作られた形跡が見て取れる。
「これはね、あたしが死んだ旦那とデートに行く時に被っていたものでねぇ。娘と孫もかぶってたのよ。実は旦那も職人で、まだ初心者だったあたしと一緒に作った一品物なのさ」
「それをわたしに? そんな思い出の品、受け取れないです!」
「いいんだよ。セレーナちゃんにうまくいってほしい……そんな親心みたいなものさ。あたしも娘も孫もうまくいった実績があるから、安心していいからねぇ」
ニコニコしながら話すボニーさんは、思い出の帽子をわたしに被せてくれた。ちょっとサイズが大きいけど、被ってると不思議と落ち着いた。
「うんうん、似合ってるねぇ。めんこい顔が更に良くなった」
「そ、そんな言われたら照れちゃいますから」
「本当なのよ? 鏡を見てご覧なさい」
ボニーさんに促されて鏡を見ると、そこには少し可愛くなった……気がするわたしと、笑顔で頷くボニーさんの姿が。
こうして被ってるのを見ると、本当に綺麗な帽子だ。わたしいつか、こんな綺麗なものをたくさん作れるようになりたい。
「大切な帽子、確かにお借りしました。本当にありがとうございます! その、帽子も嬉しいけど、ボニーさんの気持ちが嬉しかったです!」
「ふふ、あたしの素直な気持ちだからね。それじゃ、気をつけて行ってらっしゃい。なるべく暗くなるまでに帰ってくるんだよ」
「はいっ!」
わたしは元気よく小屋を飛び出すと、いつものように町を経由して、草原を抜けて森の中の道を進んでいく。
今日はとても良いお天気。お日様の光はとても暖かくて、思わず草の上に寝転びたくなってしまう。
いけないいけない、折角オシャレしてきたのに、こんな所に寝転んだら汚れてしまう。特に、この帽子は絶対に綺麗なまま返さないと。
「って……これでリュード様がいなかったらどうしよう」
わたしが通ってた頃は、たまたまリュード様は毎回いたけど、今も来ている保証はない。ちょっぴり……ううん、凄く不安になってきた。
「どうかいますように……!」
はやる気持ちを抑えきれなくなってしまい、走ってしまったわたしは、息を切らせながら川の上流へと向かう。すると、いつものあの場所に……一人の男性が座って釣りをしていた。
その姿を見たら、心が弾んで、居ても立っても居られなくて……気づいたら、大きく両手を振っていた。
「リュード様ー!!」
「え……? まさか、セレーナかい!?」
のんびり釣りをしていたリュード様は、なんと釣竿を手放してわたしの所へとやってくると、わたしの手を取った。
この笑顔、匂い、そして冷たい肌。本当に久しぶりで、心の底から焦がれていたものだ……!
「久しぶりだね。まさかまた出会えるとは思ってなかったよ。その帽子と服、よく似合ってるね。それに、表情も明るくなった」
「えへへ、ありがとうございます。えっと、すみません。最近、わたしの評判が広まったようで……お仕事が忙しくて、なかなか来れなかったんです」
「それは嬉しい悲鳴だね。でも今日は大丈夫なのかい?」
「はい、ボニーさんがお休みを取らせてくれたんです。なので、いの一番に会いに来ました!」
ちょっぴり自信ありげな顔で言うと、リュード様は楽しそうにクスクスと笑った。
「え、何か変な事を言いましたか……?」
「いや、せっかく幸せになれたというのに、どうしてこんな危ない所に来ちゃうかなぁ? ってね」
「だって、リュード様がいるから……リュード様に会いたくて来てるんですから」
「うぐぅ……あ、相変わらずのドストレート……本心なのか無自覚なのか……タチが悪いな……」
なぜかはわからないけど、リュード様は地面に手を当てなながら、うなだれてしまった。
ど、どうしよう……何か悲しいのかな? それなら、わたしの魔法の出番……!
「りゅ、リュード様を幸せにしてあげて」
わたしは光の球体を掌の上に作ると、それをリュード様に渡した。
「おや、これは……ふぅ、君の素敵な魔法は、本当に心が温かくなるね。ありがとうセレーナ。君が嬉しい事を言ってくれたから、つい照れちゃってね」
「えっ!?」
リュード様はわたしの頬をそっと撫でながら、ニコッと微笑んだ。リュード様の手は氷のような冷たさなのに、触られているところは、自分でも驚く程熱い。
「そ、それでですね。今日は本題があって」
「おや、なんだい?」
「以前、ハンカチを渡した時のお礼の話です」
「そんな事もあったね。てっきり忘れちゃってたかと思ってて、少し不安だったよ」
うっ……確かに凄く待たせちゃった自覚はある。忘れられてたとしても、文句は言えないと思う。
そんな状態で、わたしのワガママを聞いてもらえるかわからないけど、今一番リュード様としたい事を伝えよう。
「その……一緒に町をお散歩とか……どうでしょうか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。