第8話 感謝の気持ちを

「セレーナちゃん、おいしいかい?」

「はい、凄くおいしいです!」


 ボニーさんの注意が終わった後、わたしはボニーさんが作ったシチューに舌鼓を打っていた。


 一応、人生の中でシチューを食べる機会は数える程度はあったのだけれど、こんなにおいしくて、心も体も温まるシチューは食べた事がない。


「そうかいそうかい。お風呂も準備してあるから、ゆっくり入っておいで」

「本当に何から何まですみません……」

「いいんだよ。セレーナちゃんはもう家族みたいなものだからねぇ」


 家族……わたしみたいな、みすぼらしくて、どこの人間かもわからないような人間に優しくしてくれるなんて、ボニーさんはリュード様と同じくらい優しい方だ。


 なにか……お礼をしたいな。わたしが出来そうなお礼……そうだ!


「あの、地下の作業場にある、使う予定の無い生地や糸って使ってもいいですか?」

「それは構いやしないが……何に使うんだい?」

「あー、えっと……その、お裁縫の練習をしようかなって……」


 まさか、この場で明かす事なんてできないから、咄嗟に誤魔化してしまった。流石に苦しすぎる言い訳だろうか……?


「既に上手なのに、更に上達しようだなんて、セレーナちゃんは努力家なんだねえ。仕事と体調に影響がない程度なら、好きにしていいよ」

「ありがとうございます!」


 そうと決まれば、早く食べてお風呂を済ませたら、材料があるかの確認をしなきゃ!



 ****



「これだけあれば大丈夫かな」


 ごはんとお風呂を済ませたわたしは、ボニーさんに見られないように寝静まった頃を見計らって、地下の作業場にやってきた。


「さて、始めようかな。えーっと、最初は確か……」


 久しぶりに作るから、失敗しないように、記憶の中にある作り方を思い出しながら、製作に取り掛かる。


「ここをこうして……あ、ちょっとここ納得いかないなぁ……えへへ、やっぱりお裁縫って楽しいなぁ……」


 作業を始めてから数時間。わたしの前に置かれた作業机の上には、レースのハンカチが二枚乗っている。


 作っている最中に、またわたしの魔法が勝手に発動しちゃったけど、ちょっぴり幸せになってもらえるし……いいよね?


「そういえば、これを作ったのっていつ以来だったかな?」


 確か、あの時は……まだ実家にいる時に、お母さんのお誕生日に作ってあげたんだった。でも、こんなものいらないって言われて……商人に勝手に売られてしまった。


 結局、売って得たお金は全部ギャンブルに消えちゃったんだよね。今思い出しても、とても悲しい気持ちになる。


 ……あ、あれ? お母さんは全く喜ばなかったし、これをプレゼントしても……リュード様もボニーさんも喜ばない? それどころか、逆に迷惑に思って……嫌われちゃう?


「そ、そんな事ないよね。二人とも凄く優しいし……ない、よね……?」


 な、なんか急に不安になってきた。もしいらないって言われたら……今度こそ立ち直れなくなるかもしれない。


「おやおや、綺麗に出来たねぇ」

「ひにゃん!?」


 突然背中から声をかけられたわたしは、変な悲鳴をあげてしまった。思わず飛び上がっちゃったし……は、恥ずかしい。変な子って思われないだろうか。


「驚かせてごめんなさいね。まだ明かりが見えたから、寝ちゃってるのかと思って」

「そ、そうだったんですね。えっと、その……」


 どうしよう、タイミングを見て渡そうと思ってたのに、こんなに早くバレてしまうとは思ってもなかった。


 ……むしろ、今こそ渡すチャンスだったりする? 感謝の気持ちを伝えるのなら、早いに越したことはない。きっと大丈夫……!


「じ、実は練習っていうのは嘘で……これをボニーさんにプレゼントしたくて」

「このレースのハンカチをかい?」

「はい。その……感謝の気持ちです。迷惑でしたら、捨てて構わないので……」


 手を震わせながら、ハンカチを一枚手に取ってボニーさんに差し出すと、ボニーさんは顔を綻ばせながら、受け取ってくれた。


「まあまあ、ありがとねぇ。こんな嬉しいプレゼントを貰えるなんてビックリだよ」

「よ、よかった……!」

「あら……なんだか心が暖かいわ。これがあなたの魔法の力なのね。優しいあなたにピッタリの魔法だこと」

「ボニーさん……」

「セレーナちゃん。あたしの所に来てくれて、本当にありがとねぇ」


 胸の芯にまで染みわたるような声。更にボニーさんの人生という名のシワが沢山刻まれた手で頭を撫でられたわたしは、嬉しくて涙が止まらなかった――



 ****



 あれから数日後、一日お休みを貰ったわたしは、あの滝を目指して歩いていた。その手には、手作りのレースのハンカチを握っている。


 リュード様、喜んでくれるだろうか。もしかしたら好みに合わなくて、気に入ってもらえないかもしれないけど……ちゃんとした形で、感謝は伝えたい。


「リュード様ー!」

「おや、また来たんだね。こんにちは」

「はい、こんにちは!」


 今日も変わらず釣りをしていたリュード様。その優しい笑顔も、空っぽのバケツもいつも通りだ。


「町からここまで来るのは大変だろう。君も物好きだね。僕としては、一人ぼっちは寂しいから、嬉しい限りなんだけどね。あはは」

「えへへ……あの、今日はこれをリュード様にプレゼントしにきたんです」

「これは、レースのハンカチ? とても良い出来だ。高かったんじゃないか?」

「実はこれ、わたしの手作りです」


 ずっと笑顔だったリュード様は、目を数回パチパチをさせてから、じっとハンカチを見つめた。


 あ、あれ……もしかして、気に入らなかった……!?


「僕とした事が……大変失礼した。熟練のプロが作った高級品かと思ってしまってね……上手とは聞いてたが、まさかここまでとは」

「そんな、褒め過ぎですよ」

「いや、長年色んな高級品を見てきた実績のある僕が言うんだ。自信を持ってほしい」

「あ、ありがとうございます」


 リュード様は、そんなに高級品に触れてくる生活を送っていたのだろうか?


 確かにリュード様は気品がある。落ち着いているし、程よい柔らかさと上品さを併せ持った喋り方だ。もしかして、どこかの貴族の出身の方?


 もしそうなら、尚更どうしてこんな所にいるのだろう? 見た目は綺麗な所だけど、未練を持った亡霊がいる危ない場所に……しかも毎日、何時に来てもここで釣りをしてる。


「さて、こんな素晴らしいものを貰ってしまったんだ。何かお礼をしないといけないね」

「いえそんな、これはリュード様に沢山助けてもらったお礼ですから!」

「そうはいかないよ。君が良くても、僕が自分を許せないからね。何か希望はあるかい?」


 お礼にお礼を返してたら、それこそずっと続いてしまうんじゃないかと思いつつ、断るのも失礼だから、お礼は何が良いか考える。


 希望……うーん、そんな事を言われても、ずっと自由を奪われた人生だったから、いざなにかを決めろと言われても……。


「ちょっといきなりは思い浮かばないので……考えておきます」

「わかった。本当に何でもいいから、思いついたら是非伝えてほしい」

「わかりました」


 気持ちは嬉しいけど、これは中々に難題だ。リュード様に失礼にならないような提案……どうすればいいのだろう?

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