第7話 新しい家と仕事
「おやまぁ……セレーナちゃん、本当に上手ねぇ」
「えへへ……ありがとうございます」
翌日、さっそくお仕事という事で、わたしはボニーさんと一緒に、小屋の地下にある工房で、作業を開始した。
ボニーさん曰く、今日作っているのは、数日前に入った仕事だそうだ。幼い娘の誕生日プレゼントとして、服をプレゼントしたいという男性からの依頼との事。
そんな仕事の手伝いとして、わたしは最後の仕上げの部分を行っていた。
子供の服を作った経験はある。仕上げの部分だけなら、すぐにできてしまうと思う。
「やっぱりお裁縫は楽しいなぁ……!」
「セレーナちゃん、良い顔で作るのね。見てるあたしも幸せになっちゃ――あら、あなたの手、どうして光ってるのかしら?」
「え……手?」
ボニーさんに言われて手を見ると、確かにわたしの両手はほんのりと光っていた。そして、光は洋服に吸い込まれるように消えていった。
「う、うそ! なんで勝手に……!?」
「すごいわねぇ。これ、もしかして魔法かい?」
「は、はい……えっと、確かちょっぴり幸せで素直にする魔法……です」
ど、どうしよう。こんなの絶対に本来の製作予定に入っていなかった事だ。もしかして、わたしのせいで、ここまで作ったボニーさんの頑張りが無駄に……!?
「まあ、それはすごいわ。ならこれを着たお子さんは、さらに幸せになれるのね。是非そのまま仕上げて頂戴」
「え……?」
あれ? 怒られるかと思ったのに、むしろ歓迎されている。叩かれるんじゃないかって身構えちゃってた……。
「そんな怯えなくても大丈夫。もし失敗したとしても、あたしが謝ればいいんだから。そして、また作ればいいんだから。もちろん一切の妥協はなしで、ね?」
「…………」
こんな優しくされた覚えがなかったわたしは、ボニーさんの優しさに思わず涙を流してしまった。
「どうしたの、そんな泣いて……針が指に刺さっちゃった?」
「いえ、なんでもありません……仕上げ、早く終わらせます」
「焦らなくてもいいからね。納品まで時間はまだあるから」
終始ニコニコしているボニーさんに見守られながら、わたしは無事に洋服の仕上げを終わらせる事ができた。
「うんうん、上手ね。これならきっと依頼主も満足すると思うわ」
「そんな、わたしなんて……ボニーさんのお仕事が丁寧だから、ほとんどわたしはしてないです」
「謙遜しないの。さて、今日は一段落したし……あたしは買い物に行ってくるとしようかね」
ずっと座っていたボニーさんは、腰を叩きながら立ち上がると、おぼつかない足取りで一階へと上がっていった。
ここから町までは距離がある。わたしの足ならあまり疲れないけど、ボニーさんはあまり足腰が強そうに見えないから、少し……いや、凄く心配だ。
「お買い物なら、わたしが行ってきます!」
「え、いいのかい?」
「お世話になってるんですから、それくらいはさせてください!」
「悪いねぇ……もう歳のせいか、買い物に行くのもつらくてね。買い物のリストを作るから、持っておいき」
数分も立たないうちに、ボニーさんはとても綺麗な文字が書かれた紙を渡してくれた。
う、うわぁ……生活用品に食べ物、お裁縫道具……思った以上に量がある。これ、わたしがいなかったらボニーさんが一人で買ってたと思うと……。
「この後にやる仕事はないから、買い物ついでに町を散歩しておいで」
「お散歩……」
それも楽しそうだけど、仕事がなくて時間があるなら……わたしは行きたい所がある。
「あの、行きたいところがあるので……少し帰りが遅くなってもいいですか?」
「構わないけど、どこに行くんだい?」
「わたしの……命の恩人と言える人の所です」
「そうかいそうかい。ぜひ行っておあげ。けど、暗くなる前に帰ってくるんだよ」
「わかりました。行ってきます!」
わたしはボニーさんにペコっと頭を下げてから、家を飛び出した。
こんな晴れやかな気持ちで外に出るのなんて、生まれて初めてだ。ゆっくりでもいいのに、無意識に駆け出してしまう。
人とぶつからないように町を駆け抜け、草原の草の匂いと風の気持ちよさを感じながら走る。その途中で、わたしは思わず芝生の上に寝転んでしまった。
あ~……お日様の光も、冷たい風も気持ちいい~……こんな広々した所で大の字で寝転がるなんて、初めての経験だけど……解放感があって凄く良い。ずっとこうしてたいけど、早く行かないと。
「はぁ……はぁ……はふぅ……」
息を切らせながら、無我夢中で走っていたら、いつの間にかわたしはあの森に到着した。そして、川の上流を目指して、更に走っていく。岩がゴロゴロ転がってるから、かなり進みにくい。
……町に行く時は不安でいっぱいで、道のりもとても長く感じたけど、今回は全然苦じゃなかった。これも気の持ちよう……なんだろうか。
「はぁ、はぁ……リュード様!」
「え、セレーナ??」
今日もいつもの所で釣りをしていたリュード様は、わたしの方を見ながら目を丸くさせていた。
時々子供のように、へにゃっとした笑い方をする人だけど、基本的に落ち着いていて、大人の男性って感じのリュード様が、こんな驚いた顔をするのは、なんだか新鮮だ。
「どうしてまたここに……?」
「わたし、リュード様に報告がしたくて! それと、お礼も!」
息が苦しいし、足もガクガク、胸もドキドキして爆発しそうだ。さすがにここまで来るのにずっと走ってきたから、疲れがたまったんだろう。
でも、そんな事よりも……早くリュード様に報告したい欲求の方が強かった。
「わたし、無事にお仕事が決まりました! 住む場所も決まったんです! 凄く優しいお婆ちゃんが居候させてくれて……!」
「ああ、知っているよ。よかったね」
そっか、リュード様はもう知ってたんだ。なら話は早――え?
「知ってる……?」
「ああ。僕の魔法で分身を作って、セレーナの様子を見てたんだ。とは言っても、君があの小屋に行ってから、少し経った後までしか知らないんだけどね。あはは」
分身? よくわからないけど、言葉の意味的に、わたしの事を見守っていてくれたのはわかる。
「そうだったんですね……あっ! もしかして、わたしを導いてくれた声も、ギルドで急に男の人が倒れたのも!」
「ご名答」
やっぱりそうだったんだ。何処にもリュード様がいないのに声が聞こえたり、男の人が急に倒れた理由がわかった。
リュード様がいなかったら、わたしはギルドで途方に暮れていたし、変な男の人に押し切られて、連れていかれていたんだね。
……本当に、リュード様にはもう何度お世話になったんだろう……いくらお礼を言っても足りないくらいだ。
「本当にありがとうございます。何かお礼を……」
「気にしなくていいよ。僕がしたくて勝手にしただけだからね」
「そういうわけにはいきません!」
「あはは、前にもこんな事があったし、そう言うと思ったよ。じゃあそうだね……僕がいなくなった後の事を話しておくれ。具体的には、あの小屋の老婆の話や、生活してみた感想とかさ」
リュード様は優しく微笑みながら、すぐ隣の地面をポンポンと叩いた。それはわたしに座れと促していると思い、ゆっくりとそこに腰を下ろした。
「えっと、何から話せばいいかな……まずボニーさんとお話して、お風呂に入れてもらったんです! 暖かいお水も、誰かに洗ってもらうのも新鮮で、凄く気持ちよかったんです! ほら、ボサボサだった髪も、少しは見れるようになったと思います!」
「ああ、綺麗だね。君は顔も心も綺麗だけど、髪も綺麗だったんだね」
「ひょにぇ!?」
「そうやって変な声で驚くところも、とっても愛らしいね」
「ぎゅひゅ!?」
な、なな、何を唐突に言ってるのこの人は! そんな事を言われても……わたし、困っちゃいます……あうう……。
「それで、その後は?」
「え、えっと! お洋服を着せてもらったんです! 生まれてから、まともな服を着た事がなかったので……凄いんですよ! ふわふわで暖かくて! ご飯もおいしくて、寝床もフカフカで、ぐっすり眠れました! あ、もちろん森の木の実もおいしかったですし、洞窟の寝具もよかったですから!」
「あははははっ! そんな慌てなくても大丈夫。とにかく、君は今幸せなんだね」
「はい! お裁縫も楽しくて! そうだ、紹介してなかったですね。さっきお話に出た、ボニーという名前のおばあちゃんと一緒に作業したら、洋服にわたしの魔法がかかっちゃって! 結果的に、着た人がちょっぴり幸せで素直になれるものになったんですけど!」
話す事にテンションが上がり過ぎてしまったわたしは、更にリュード様に話をする。それでも、リュード様は微笑み、頷き、褒めながらわたしの話を聞いてくれた。
「それでそれで……!」
「ふふ、ゆっくり話していいよ。僕は見ての通り、ずっと暇だからね」
……前々から思っていたけど、リュード様って凄く優しいけど、どこで何をしてる人なんだろう? 凄い魔法が使えるんだから、宮廷魔術師とかでもおかしくないと思うんだけど……。
そんな疑問を抱きながらも、それからしばらくの間、わたしはリュード様との会話を楽しんだ。
……ここだけの話、リュード様と一緒にいるのが楽しくて、結局小屋に帰った頃には暗くなってしまい……ボニーさんに心配され、注意された。
でも、それもわたしを心配しての事だと思うと、怒られてるはずなのに、なんだかとても嬉しく思えたの。
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