第6話 大好きな裁縫の職場へ

「着いた、きっとここがリュード様の言っていた町だ……!」


 歩き出してから一時間くらい経っただろうか。森を抜け、青々とした草原を歩き続けたら、そこは町が一望できる丘の上だった。


 わたしが住んでいたお城があった所に比べると、町の規模は小さいけど、凄く綺麗な町並みだ。わたしのような人間には、これくらいの落ち着いた雰囲気が丁度良さそう。


「もうちょっと、頑張ろう」


 一望できたからと言って、到着したわけじゃない。それに、まだ安心はできない。ちゃんと職に就いて、寝床とごはんを確保して、初めて一段落出来る。


「ふぅ……ふぅ……つ、着いたぁ」


 思った以上に丘からここまで長かった。数分で着くと思ってたから、想像以上に疲れてしまった……。


 さてと、到着したのは良いけど……ギルドってどこにあるんだろう? 右も左もわからないから、どうすればいいかわからない。


「あ、あの……ギルドってどこですか……?」

「やだなにこの子。なんでこんなボロボロなのかしら?」

「もしかしたら変な魔力とか持ってるかもしれないわよ。行きましょ」


 試しに住人に声をかけてみたけど、なんだか変な目で見られてしまった。そして、そのまま足速に去っていった。


 や、やっぱり今のわたしには無理なのかな……服も髪もボロボロだし、体は泥だらけだし……。


『あそこの大きな建物がギルドだよ』

「え?」


 どこからはわからないけど、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 でも、ここには彼は来ていないはず……だって、どういう理由かはわからないけど、彼は滝から離れられないんだから。もしかして、空耳?


「寂しいのはわかるけど、幻聴が聞こえるなんて……もっとしっかりしないと。お城にいた頃だったら暴力振るわれてるよ」


 ……思い出したら気分悪くなってきた。今はもう関係ないんだから、もっと前向きに……大丈夫、わたしなら出来る……だってリュード様が太鼓判を押してくれたんだもん。


 今は考えてないで、行動しないとね。さっきの声が正しいなら、あの大きな建物がギルドみたいだ。


「看板にもギルドって書いてある……よかった、無事に着いた。本当に大きい建物……ゴクリッ」


 お城ほどではないにしろ、ここまで来るのに通った町の建物より大きい。木製だからなのか、建物に温かみを感じる。


 さて、入ったのは良いけど……えっと、どうすればいいんだろう……。他の人に聞いてみても、多分また避けられちゃうし……うぅ。


『総合受付に行くんだ』

「総合受付?」


 またどこからか聞こえてきた声が、親切に教えてくれた。そこは、確かに受付と書かれていて、仕事をしているお姉さんがいた。


 あの人に話しかければいいのかな。でも、またさっきみたいに避けられてしまうかもしれない。ううん、あの声が教えてくれたんだから、きっと間違えてない。もし間違えてたら……その時はダッシュで逃げよう、うん。


「えっと、すみません……お仕事を探してるんですけど」

「はい。ギルドに登録はされてますか?」

「い、いえ」

「では、まずはギルドに登録作業からしていただきます。こちらの紙に、お名前や生年月日、お住まいの住所の記入をお願いします」


 え、住所って……どうしよう、わたし……今野宿生活をしてるんだけど……。


「ごめんなさい、わたし……家を追い出されてしまったので……住所が書けないです」

「そうでしたか……何か訳ありなのですね?」

「はい……」


 わたしのボロボロ服や体を見て察してくれたのか、受付のお姉さんは表情を曇らせた。


「では、お住まいが決まった際にまた記入をしてください」

「え、いいんですか?」

「はい。たまにあなたのような、家がない人も登録に来られるので」

「ありがとうございますっ……! 書けました!」


 なんとか切り抜けられたのが嬉しかったわたしは、思わず声を弾ませながら記入を済ませると、受付のお姉さんに紙を渡した。


「セレーナ様ですね。ご希望のご職業はありますか?」

「お裁縫のお仕事を……」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 お姉さんは奥の棚とガサゴソと漁り始めてから間もなく、少し申し訳なさそうな顔で戻ってきた。


「申し訳ございません。ただいまこの一帯で募集している仕事は、この求人しかございません」

「ありがとうございます」


 お姉さんが持ってきた求人は、かなりボロボロの紙だった。応募を出した日にちも、もう何年も前のものだ。


「以前はもう少しあったのですが、最近応募者が多くて……その募集も、随分前に出されて以来、何も更新がないので、もう応募してない可能性もありますが」

「いえ、大丈夫です。ここに行ってみます」

「かしこまりました。では私共から事前に連絡を送らせていただきます。住所はこの紙に書かれてますので」

「ありがとうございます。行ってみます」


 お姉さんにお礼をしてから、わたしはギルドを後にしようとすると、行く手を阻むように、恰幅の良い男性が現れた。


 急に出て来て、何の用だろう。もしかして前にあった事がある? うーん……記憶をたどっても、こんな人と会った記憶が出てこない。


「そこのお嬢さん! お仕事を探しているようだねぇ!」

「え? あ、はい」

「実はうちでもいい仕事を募集してまして! 是非うちに来てくれませんか! アットホームな職場でお休みも取りやすい、風通しのいい職場ですよ!」


 満面の笑顔浮かべる男性は、わたしに一枚の紙を渡してきた。どうやら求人のようだけど……なんていうか、凄く怪しい。わたしを買った奴隷商人も、こんな胡散臭さが目立ってたから、こういうのはなんとなくわかっちゃう。


「え、遠慮します……ごめんなさい」

「まあそう言わずに! 話聞くだけでも!」

「やめ、放して!」

『なるほど、これがオリジナルの懸念か。そぉらっ!』


 わたしの肩に腕を回した男性は、そのまま大の字に寝転がり、いびきをかきはじめた。


 ……??? よくわからないけど、なんとか絡まれずには済みそうだ。起きちゃう前に、さっさと目的地まで行ってしまおう。


「ふぅ……ふぅ……何とか逃げ切れた。さて、目的地は……町の外れにある小屋……?」


 ギルドの外に出て、地図通りに歩いて行けば行くほど、町の中心から離れていく。


 もしかして、道を間違えた……? ううん、方角はこっちで合ってる……もうちょっと様子を見よう。


 そう思って歩き続ける事数十分。あまり元気がない木々に囲まれた小屋が、わたしを出迎えてくれた。


 地図は……合ってる。ここが目的地みたいだけど……想像以上にボロボロの小屋だ。ここに誰か住んでるって事だよね……?


「ふー……こほんっ」


 小屋の前に立ったわたしは、深呼吸を一つしてから、扉をノックした。ドアも脆いから、あまり強めには叩かなかったけど。


『どちらさまでしょうか?』

「はじめまして、セレーナといいます。ギルドの募集を見て来ました」

『…………』


 ――沈黙。


 あれ、もしかして間違えちゃってた? もしそうなら凄く恥ずかしい――そんな事を思っていたら、小屋のドアがゆっくり開いた。


「おやまぁ、さっき話が来てビックリしてたんだけど、こんなめんこい子がやって来るなんてねぇ。なんでそんな薄着なんだい? ほら、外は寒いだろう? 早く入りなさいな」

「え、あ、その……え?」


 小屋から出てきた女性だが……お婆さんと言った方がしっくりくる。腰が曲がってるけど、目はしっかりしてるし、まだまだ元気盛り! って感じだ。


 そんなお婆さんは、笑顔でわたしを家に招き入れると、暖かいお茶を出してくれた。


「ほら、暖かいからお飲み」

「いいんですか?」

「いいんだよ。飲んでもらわにゃ、あたしが困っちまうさ」


 高らかに笑いながら、お婆さんはわたしの対面に腰を下ろした。こうしてると、親戚のお婆さんの家に遊びに来たみたいだ。もちろんそんな経験はないんだけど。


「まさか、あんなずっと前に出した募集で、人が来てくれるなんてねぇ。あたしゃ嬉しいよ」

「あの、あなたが責任者さんですか……?」

「ああ、あたしがここの責任者、ボニーさ」

「よろしくお願いします、ボニー様」

「ボニー様ぁ? あっはっはっ! そんな大層な呼ばれ方をされたら、体がむずがゆくなっちゃうねぇ」


 ボニー様は、面白そうにひとしきり笑った後、涙を拭いながらニコッと笑った。


「もっと気楽な呼び方でいいんだよ?」

「えっと……じゃあ、ボニーさん」

「はいよ、セレーナちゃん。それで、ここに来たって事は、裁縫がやりたいのかい?」

「は、はい……お裁縫、好きなんです。一応経験者です」

「そうだったのね。いつも人手不足だし、ぜひ採用――の前に、こっちいらっしゃい」


 有無も言わさずにつれて来られたところは、小さなお風呂だった。そこで素っ裸にされてしまったわたしは、ボニー様……じゃなくて、ボニーさんに全身くまなく、そして遠慮なしにガシガシ洗われた。


 ちょっとおおざっぱで痛かったけど、誰かに洗ってもらった事なんてないから、まるで夢みたいだ。


「髪も肌もこんなにガサガサで……今日はクリーム塗ってあげるから、次回からは自分でやるんだよ」


 洗い終わった後、ボニーさんはわたその髪や体にクリームを塗ってくれた。これで少しは良くなるといいなあ。やっぱり女の子として、髪も肌も綺麗でいたいもん。


「綺麗になってよかったわぁ。着替えはこんなのしか無くて申し訳ないんだけど。随分昔に娘に作ったのだけど、気に入ってもらえなくてねぇ」


 ボニーさんは謝りながら、わたしに可愛い白の服を着せてくれた。


「すごい、お洋服ってこんなに気持ちいいものなんだ! ふわぁ……ずっと触れる……」

「これで綺麗になったわね。綺麗な洋服を作るなら、作る側が綺麗じゃないといけないのよ。それで、あなたはどれくらいできるのかしら?」

「幼い頃、両親の借金を返すのと、生活費を稼ぐために、ずっとお裁縫をして、売って生計を立ててたので……それなりに出来ます」

「そう。大変だったわねぇ……」


 ボニーさんは何かを察したように頷きながら、シワシワの手をわたしの頭に手を乗せると、そのままワシャワシャと撫で始めた。


 リュード様の手と違って、この手はポカポカでお日様みたい。気持ちのいい暖かさで、ずっと触ってもらいたい。


 ……もちろんリュード様の手も好きだから。本当よ?


「それじゃ、明日からあたしの仕事を手伝ってもらおうかねぇ。ところで家からここまでどれくらいで来れるんだい? それによって、仕事の開始時間を決めるんだけど……」

「……その、家はありません。先日追い出されてしまったので……」

「そうかい……訳ありとは思っていたけど……ならここに住み込みで働くといい」


 え、住み込みって……ここに置いてくれるという事? 嬉しいけど、さすがにそこまでしてもらうのは申し訳ない。


「で、でも……」

「若いもんが遠慮なんてするもんじゃないよ。部屋は嫁いだ娘が使っていた部屋があるから心配ないよ」

「…………」

「この歳になると、一人でいるのは寂しいからねぇ。あたしの為と思って、この老いぼれと一緒に住んでもらえんかね?」


 ボニーさんが気を使ってくれているのが、ひしひしと伝わってくる。


 ここで断る事は出来るかもしれないけど……この好意に甘える方が、きっとボニーさんは喜んでくれそう。


 それに、わたしもボニーさんみたいな優しい人と一緒に住めるのは、凄く嬉しい。


「わかりました。お世話になります。その分沢山働くので、何でも言ってください」

「期待してるよ、セレーナちゃん」


 こうしてわたしは、住む場所とお仕事を同時に得る事が出来た。これもボニーさんと……リュード様のおかげだ。


 ……近いうちに、またあの滝に行ってリュード様に会いたいな。報告もしたいけど、リュード様と凄く会いたくて仕方ないから。





『よかった、思った以上に優しい人に出会えたみたいだ。これで本当にセレーナは大丈夫だろう。さて、僕はさっさと消えてオリジナルに共有しないと……今度こそさようなら、セレーナ。頑張るんだよ』

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