第5話 幸せな未来への第一歩
お城を追放されてから一週間が経った。あの日に死のうとしたわたしは、まだ死ぬ事なく、今日もあの滝へと赴いていた。
最近では、滝に行くのが楽しみになりつつある。その理由は、もちろんリュード様に会う為だ。
こんな気持ちになるのは初めてで、少々戸惑いも感じているが、それ以上に胸が弾むのを抑える事が出来ない。
「亡霊に邪魔されて、怖い思いをする事もあるけど……あそこにいると楽しんだよね……今日もいるかな……あっ」
「……やあ、おはよう」
「おはようございます」
いつもの定位置で、リュード様は今日も釣りに勤しんでいた。手元のバケツには、今日も魚は一匹も入っていない。
前々から思っていたのだけれど、ここって魚は釣れるのだろうか? こんな滝で釣りをしてても、釣れるようには思えない。
……趣味嗜好は人それぞれだし、わたしがとやかく言う必要は無いよね。
「うん、最近は本当に良い顔をするようになって、僕は嬉しいよ」
「そうでしょうか?」
「毎日見てる僕が言うんだから、間違いないよ。出会った時は、今にも死にそうな顔をしていたからね。飛び降りようとしてたんだから、当然と言えば当然か。あはは」
このカラッとした笑い方も、だいぶ耳に馴染んできた。この笑い声を聞くと、とても安心できる。
それに、このちょっとだらしない感じの、へにゃっとした笑い方も、なんだか見慣れてきた。
「自分ではよくわかりませんけど……リュード様にそう言ってもらえると、そうなんじゃないかって思えます。えへへ……」
「そう、その笑顔。とても素敵だよ」
「ふにぇ!?」
「どんな宝石よりも、僕には輝いて見えるよ。あはは」
い、いきなりそんな事を言われても……困ってしまう。う、嬉しいけど、この顔の熱さとソワソワした感じをどうすればいいのか、わたしにはわからない。
「そういえば、もう君は大丈夫そうなのに、どうしてここに? もしかして、また亡霊に導かれた?」
「いえ、リュード様に会いたくて。お話してると、凄く楽しいんです」
「…………」
「リュード様?」
「ああ、すまない。君は随分とストレートに言うタイプなんだなって。ちょっと予想外だったよ」
熟れたリンゴのような色に、頬をほんのりと染めるリュード様は、何故かわたしから視線を逸らした。
「まあいい。随分と顔色も良いし、そろそろいいかな……」
「何がですか?」
「君が元気になったら、一つ提案したい事があったんだ。だいぶ元気になってきたように見えるから、その時が来たかなと思って」
再びわたしに視線を合わせたリュード様は、とても真面目で凛々しい顔でわたしに告げる。
提案って一体なんだろう? 全く想像もつかない。リュード様の事だから、変な提案ではないと思うけど……。
「これから生きていく以上、一人で自立しないといけない。そのためには、まず仕事をしないといけない」
……確かに、いつまでもここにいるわけにはいかない。お仕事もそうだけど、住む所も見つけないと。
「そこで提案なんだけど、裁縫の仕事をしてみたらどうだい?」
「お裁縫?」
「ああ。裁縫の事を話す君は、とても楽しそうだったからね。町のギルドに行けば、いろんな仕事を紹介してくれる。その中に、裁縫の仕事もあるだろう」
ギルドとは、各町に点在している、お仕事の紹介所のような団体だ。そこではお裁縫の仕事以外にも、大工だったり錬金士だったり……様々な仕事の募集があると聞いた事がある。
確か……最近ではめっきり減ったみたいだけど、昔は冒険者という人達もいて、世界中を旅して困っている人の依頼をこなしていたそうだ。
「でも……リュード様とお話しできる時間が……」
「そう言ってくれるのは嬉しい。僕も君といるのは楽しいからね。でも、これからの将来のためにも、やっておいた方が良い」
「……もしやったら、リュード様は褒めてくれますか?」
「もちろん。本当ならここで死ぬはずだった君が、未来に歩みだしたら褒めるし、とても嬉しい。そして、君なら出来ると信じている」
「……なら、やってみます」
ここで死ぬならいざしらず、これから先も生きていくのなら、お金は絶対に必要だ。それに、リュード様が喜んでくれるなら、頑張ってみたい。
……あと、これはわたしにはきっと高望みな事なんだろうけど……好きなお裁縫をやって生活して、幸せになってみたい。
「決まりだ。そこに見える川沿いに歩いて行けば、小さな町がある。そこは西の国が所有する町だから、君を追い出した東の国の人間の目が届きにくいだろう」
「わかりました」
「僕が案内できればいいんだけど、何度も伝えてる通り、僕はここから離れる事が出来ないんだ。申し訳ない」
「いいんです。あなたには本当にお世話になりました。また会いましょう」
「そうだね、またどこかで」
リュード様と離れるのは凄く寂しいけど、ここでわがままを言ったら、それこそリュード様の好意を無下にしてしまう。
そう自分に言い聞かせながら、わたしはリュード様が教えてくれた町へと向かって歩き出した。
****
■リュード視点■
「……行ったか」
セレーナが去っていった方向を見ながら、僕は小さく言葉を漏らした。
ここに来た人を助けられたのは……いつぶりだろうか。少なくとも、ここ数年……いや、数十年は覚えがない。
ここに来る人は、皆亡霊に誘われる人ばかりだから、僕の声が届かない事がほとんどだ。
だが、セレーナには僕の声が……手が届いた。少しでも未来に、幸せに向かおうとしてくれた。それが、僕は凄く嬉しかった。だから、アドバイスをして応援したくなったんだ。
……彼女の素敵な笑顔をもう見れないのは、とても寂しいけどね……これも彼女の幸せの為だから、仕方ない。
「ただ少し心配だな……彼女は素直で優しすぎる。それに、あまりに世界に無知だ」
セレーナの話を聞いてる限りでは、ほとんどが労働に勤しんでいた幼少期と、城に幽閉されていたようだから、外の世界を知らないだろう。
そんな状態で外に出たら、また利用されてしまうかもしれない。下手したら、悪人に捕まって、更に酷い環境に送られてしまう可能性だってある。
「一応セレーナに護衛をつけておこう。お守り程度の効力だけど、無いよりはマシだろう」
僕はいつも通り指を鳴らすと、足元に僕と同じ容姿……しかしサイズは掌程度の、もう一人の僕が生まれた。
これは僕の魔法で作った分身だ。本体の僕と五感も共有できるし、記憶の共有も可能だ。簡単に言うと、魔力で出来た、もう一人の僕を作ってるイメージだ。
「さっき旅立ったセレーナの所に行って、なにかあった時にさりげなく守ってあげてほしい」
『それは構わないけど、僕の魔力じゃ一回が限度だよ?』
「いいんだ。わざとそうしたからね。全部助けてたら、セレーナは自立できないから」
『オリジナルがそう言うならいいんだけど。それじゃ行ってくるよ』
小さな僕を見送ってから間もなく、奴らが蠢き始めた。地面からボコボコと出て来て、僕の周りに集まってくる。
『サセ、ナイ……』
「おや、静かだったのに急にどうしたんだ? もしかして、ずっと僕が彼女に付きっきりだったから、ヤキモチでも焼いたか? 人気者はつらいものだ」
もう一度指を鳴らして風を起こし、亡霊達を追い払った。
本当は僕がこの亡霊達を開放出来たり、ここが自殺の名所になった所以をどうにかできればいいんだけど……今の僕には、もうその力が無い。
「……セレーナには関係のない事か。ふぅ……もうここに来てはいけないよ、セレーナ。君の進む道に、幸多からんことを」
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