第3話 #ハル





 俺は小学校の頃から、将来はウチのお店を継ぎたいと思っていた。


 友達みんながサッカーやゲームに夢中でも、俺は外には遊びに行かずに、お店に入りびたりだった。


 厨房で鍋を振るう父をずっと眺めて居たり、祖母や母と一緒にギョーザやシューマイを包んだり、たまに料理を出すのを手伝ったり。 常連さんには「ハル坊」と呼ばれて可愛がって貰い、学校でも「大人なったら料理人になる」と公言していた。


 だが、父と母は反対していた。

 小学校の頃は、お店の手伝いをすることに何も言わずに許してくれていたが、中学校に入ると同時に「勉強して大学へ行け」と言われる様になった。


 そのことに納得が出来ず、祖父母も巻き込んで両親の説得を試みると、将来の仕事に関しては保留となり、大学へ進学することと学校の成績を上位(具体的には学年で10番以内)を維持することで、お店の手伝いを許可して貰えることになった。


 この時、父に言われたのは

「俺は中学出て直ぐに料理の道に入った。母さんは高校卒業と同時に俺と結婚してこの店で働き始めた。俺も母さんも学が無い。チャーハンやギョーザを美味しく作る自信は誰にも負けんが、それ以外は何もない。 世の中、チャーハンよりも学や常識のが大事だ。俺たちにはそれが無いからその重要さが身に染みて分るんだ」


 父さんの話を聞き、お店に立つ条件を約束してから1学期に2回あった定期試験は、いずれも10番以内だった。

 小学生の頃は全然勉強をしてこなかったが、授業中は苦手な教科の勉強をして、休憩時間もトイレに行く時間を惜しんで勉強をして、朝も夜も寝る間も惜しんで勉強した。


 学年で10番というのは父や母から見て、俺には無理だろうと思って言った順位だった。

 つまり無理難題を突き付けて、強引に諦めさせようとしていた。


 しかし結果は中間で7番、期末で3番だった。

 父はそれでも不満そうだったが、祖父に一喝されて俺がお店に立つことを認めた。


 そして少しづつだが調理も教えて貰えるようになった。

 まだ1年の頃は揚げ物ばかりだったが、2年になるとテストで学年1番を取れるようになり、お店では鍋で簡単な炒め物を覚え、週末なんかは賄いを任されたりもした。


 もうこの頃の俺の生活は完全に学校の勉強とお店の仕事の2つだけ。

 両親に文句を言わせない為に、学校でも勉強ばかりしてたし、お店でも時間があれば客席で勉強していた。

 マキとは顔を会わせればお喋りくらいはしたが、俺はお店で料理することに一番夢中だった。





 3年になると母から新たな条件が提示された。


 お店の手伝いは週末だけにして、平日はマキの勉強を見ること。


 マキの成績はあまり芳しくなく、それを自分たちの離婚の影響じゃないかと心配していたサキさんから相談されたウチの母が、だったらハルに家庭教師やらせようってことで俺に白羽の矢が立った。



 3年になった頃、お店ではチャーハンを作らせてもらえるようになっていて、楽しくて堪らなかった時期に、お店の時間を減らされて家庭教師をやるハメになり、当初は腐りかけていたが、マキから「ハル君、いつもありがとうね。私はハル君だけが頼りだから」と毎回の様に頼りにされる言葉を言われると、次第にマキへの恋心が再熱して、腐っていた気持ちもいつの間にかすっかり消えて、マキとの勉強の時間が大切に思えるようになっていた。




 公立高校の受験を控えたお正月。

 俺の部屋で一緒にコタツで勉強をしていると、マキが不意に高校生活への不安を零した。



「ハル君居ない学校に行って、上手くやっていけるかな」


「なんとも言えん」


「ハル君は不安とか無いの?」


「うーん、特に不安は無いかも。 どうせ高校行っても勉強とお店のことで一杯だし、友達とかと遊んでる余裕とか無いだろうから、どこの学校行っても同じじゃないかな」


「ハル君は強いんだね・・・」


「強いとかは分らん」



 マキは勉強の手を止めて下を向いたまましばらく黙ってしまった。


 何て言葉を掛けて良いのか分からなかったから、「コーヒー煎れて来る」と言って立ち上がり、台所に行って二人分のコーヒーを用意した。


 部屋に戻るとマキは正座をしているようで顔も上げていた。

 マキの前にコーヒーを置いてから向かいの自分の場所に座ると


「ハル君に伝えたいことがあります」


「え?急に畏まってどうしたの?」


「大事な話だから聞いてほしいの」


「わかった」


 コタツの対面に座りながらマキの顔を見つめていると、何度も咳払いをしながらまるでタイミングでも見るように話し始めた。







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