第5話 甘やかす
少し眠い。
昨日の体験が余程楽しかったのか、明け方までガイアが俺の部屋で話し込んでいた。
今日泊まっている、この宿屋には残念ながらキッチンはついていない。
だから、朝食を予約することにした。
どうせなら…高級店デファニーにしようと思う。
今から出かけてくるか?
◆◆◆
「こんな朝っぱらなんの用ですか? お店なら8時からですよ」
「朝食の予約を取りたい」
「あのお客様、当店は高級店ですので、通常は1か月前に予約を入れなければ無理ですよ…当日なんてふざけないで下さい」
「そこを何とかお願いします」
「駄目な物は駄目です、例え貴方が貴族でも無理ですね」
「ほう…こんな事はしたくないんだが…」
「脅すつもりですか? 衛兵を呼びますよ」
「衛兵? 来た所で黙って帰っていくよ、もし揉めようもんなら確実に叩きのめせる…俺は竜より強い」
「デファニーは高級店です、脅しには屈しません! 斬りたければ斬れば良い」
「あのさぁ…俺の頼みを聞かないとお前だけの命じゃすまない、お前の家族全員がこの世界で生活出来なくなるぞ…」
「何の冗談ですかな? まるで国王の様な言い方をして頭がおかしいのですか」
俺はそのまま冒険者証を見せた。
「俺の名は理人、勇者パーティブラックウイング所属だ。此処で食べる予定の者は、聖女のマリア様、賢者のリタ様、剣聖のエルザ様だ、もし時間が取れれば勇者のガイア様も来るかも知れない…それを断ると言うのか?」
「ですが…食材が間に合いません」
「お前たちは勘違いしている…勇者様と聖女様は教皇様が中央聖堂で跪く存在…つまり女神の次にこの世界で偉いのだ、今日この場所に教皇様が来てもお前は食事を出さないのか?」
「そんな」
「勇者保護法にもちゃんと書かれているんだ…どうする? この世で最も尊ばれる方の食事を拒むなら、もう頼まない。だがこの事は聖教国の教皇様にお話しする…どんな高級店も教会から破門を受けたら誰も来なくなるんじゃないか…さぁ選べ」
「わ、私が間違っていました。予約を入れさせて頂きます」
「無理言って悪かったな…受けてくれた事感謝する」
「いえ、勇者様や聖女様の食事を用意できるなんて光栄でございます」
今の教皇ロマーニ三世は『勇者絶対主義者』だ。
勇者や聖女を二職といい、四職の中でも差別する位に勇者や聖女が好きな人物だ。
ある意味、狂信者と言っても可笑しくない。
冗談ではなく、勇者や聖女に恥をかかしたとなれば、本当に破門位には平気でする。
だから、俺の言った事は嘘ではない。
最も、本当にそんな事したら、パーティの評判が悪くなるから、普段はそんな事はしない。
◆◆◆
「ガイア、朝だぜ飯食いに行こう…良い所を予約したんだ」
「う~ん、昨日やりすぎて疲れたし、少し二日酔いなんだパスして良いか?」
「デファニーだけど」
「美味しそうだが、うぷっ、無理だ…思い出作りで、ほら4人で行って来いよ」」
「なんだか悪いな」
「良いんだ…今夜でもまた話ししようぜ」
「解った」
随分一日で雰囲気が変わったな。
◆◆◆
「エルザ起きているか?」
俺はドア越しに話した。
「ああっ起きているぞ…」
「今日の朝食は外食だから、出かける準備をして下に降りてきてくれ」
「解った、マリアとリタは私が声を掛けた方が良いかな?」
「そうしてくれると助かる」
「ああっ頼まれた」
エルザは野営の時は早く起きて剣を振るうから、いつも早起きだ。
他の二人は、どちらかと言えば寝坊タイプだ。
流石に幼馴染とはいえ、この齢になると部屋に入って起こす訳にいかないから凄く助かるな。
待つこと10分3人が降りてきた。
「理人おはよう」
「理人おはよう~ふわぁ」
3人が起きてくるまで10分。
これで解ると思うが…3人ともお化粧なんて全然していない。
前世で散々ワンレンボディコンのけばい女と過ごしてきた俺にはこの化粧気の無さは…実は好きだったりする。
「それじゃ行こうか?」
「おい、ガイアはどうした?」
「ああっガイアなら二日酔いだからパスだそうだ」
「ガイア行かないんだ」
「そうなんだ」
あからさまにガッカリしているな。
特にリタ…こういう顔されると、流石の俺も少し傷つく。
「今日の朝食は、凄く美味しい所を予約したから、期待してくれ」
「そうか」
「そうなの」
「だけど、何処で食べても、そんなに変わらないよ」
驚かせてやる。
敢えて説明しないで連れて行き驚かす。
これが、サプライズだ。
「さぁ着いたぞ…入ろうぜ」
「「「ここ(なのか)」」」
「そう、此処デファニーだよ…さぁ入ろう」
「ここは予約が取れなくて有名なんじゃないか?」
「確か予約1か月待ちと聞きましたよ」
「よくとれたね」
「まぁ、皆に喜んで貰おうと頑張ったんだよ」
「そうか、そうかありがとうな」
「ありがとう、理人」
「理人ありがとうね」
「さぁ、入ろうか」
「「「うん」」」
少しはサプライズできたのかな。
「これは…これは理人様よくおいで下さいました」
脅しが効いたのかかなり緊張しているな。
「ああっ、こちらが聖女マリア様、こちらが賢者リタ様、そしてこちらが剣聖であられるエルザ様だ、今日は最高のもてなしを頼む」
「はい心得ております」
「「「理人?」」」
「エスコートするのは俺の役だから気にしないでくれ」
そのまま個室に通された。
脅しすぎたのか?
態々VIPルームを用意していた。
「なぁ理人、一体どうやったんだ? 此処どう見ても普通じゃないぞ」
「エルザ驚く必要は無いな、まぁVIPルームって奴だ」
「凄いのは良いのですが…」
「大丈夫なの?」
まぁ、3職とはいえ、元は村娘、貴族でも何でもないから、こういう贅沢にはガイアと同じで慣れていない。
「支払いとかは気にしないで良い、此処は俺のおごりだ」
「あの、何でだ…」
「私に食事をおごる意味があるの?」
「私はその…別れたんだよ」
「ああっ、気にしないでくれ、3人がガイアの事を好きなのは知っているし、リタの事も完全では無いにしろもう諦めはついたよ…だから、これは、前に話した思い出作りの1つだ」
「「「思い出作り?」」」
「ああっ、皆が俺の事を気遣って言ってくれた事は解っているし感謝もしている…多分俺の実力じゃ魔王城の中では戦えない、だからその前の街でお別れだ…これは実は俺も解っていたんだ、そこがきっともう、永遠の別れだ。もし長く一緒に居られてもそこで終わりだ」
「そんなことは無いだろう、私は幼馴染だ、恋愛ではないが理人は友人だ」
「そうよ数少ない友達だわ」
「そうだよ恋人関係は終わらせても友情や幼馴染まで解消はしていないよ」
「そうじゃない…魔王を倒せばその後は凱旋に祝賀会…そしてもう俺とは住む世界が違う、ガイアと一緒になるなら王族、貴族との付き合いが多くなる筈だ…多分3人とも側室とはいえ庶民ではなくなる…もう一介の冒険者の俺とは違う世界の人間だよ、だから君たちと居られる最後の時間、それが今なんだ」
「そうだったのか…その、なんだ、この間は済まなかった」
「私も意地悪いったわ…ごめんなさい」
「私は…」
「リタは気にしないで良い…どうしても一人で良いから傍に居て欲しくて自分勝手に告白した…今思えば俺が悪い」
「ううん…そんな事ない」
「ただな、俺にとって三人は全員初恋の相手なんだ、1人じゃなく誰でも良いから生涯傍にいてくれたら、それだけで幸せ…そう思えるほどに魅力的な女の子なんだ…本当だよ」
確かに三人はガイアが好きだ。
だが、小さな村で一緒に育ったから…次に好きなのは俺の筈だ。
幼馴染として過ごした期間は10年を超える。
全く俺に気持ちが無いとは考えられない。
「ああっああ、そうだったのか?」
「まぁ私は気が付いていましたよ」
「まぁ、付き合っていたからね、解るよ」
ガイアへの思いが10なら俺にも5位の思いはある筈だ。
「それでな、俺の思い出作りなんだが、大好きな皆にしたい事をする事にしたんだ」
「ちょっと待てよ、私はもうガイアと付き合っているんだぞ」
「私だってそうよ」
「私も」
「知っているよ…だからこれは俺が一方的に好意を伝えるだけだ、勿論、キスやそれ以上の恋人がするような事はしない…ただ最後に思い出作りをしたい、それだけだ、勿論誤解されないようにガイアにも話を通したから安心して欲しい」
「そうか、ガイアに話してあるなら別に私は良いぞ…まぁこれでお別れというなら私だって寂しい物はある、幼馴染との思い出なら私も欲しい」
「そうね10年以上の付き合いだし、私も良いわよ思い出作り」
「ガイアが良いと言ったのよね、それなら良いよ」
「そう、ありがとう…とりあえず食事が来たから食べようか?」
「ああっそうだな、凄く美味そうだ」
「うん、凄く美味いわね」
「美味しいね」
まぁ朝食とはいえコース料理だ、美味いよな。
やはりVIP室で正解だな。
皆テーブルマナーなんて出来やしない。
当たり前だ…戦いの日々でそんな物は学んでいないんだからな。
◆◆◆
「凄く美味しかった、ありがとうな理人」
「こんな美味しい料理は初めてです、ありがとうね」
「うん、美味しかったよ」
「どう致しまして」
満足してくれて、良かった。
だがこれからが本番だ。
「それでね、皆にプレゼントがあるんだ」
「「「プレゼント?」」」
「はい、これ」
「おい、流石にこの箱は私でも知っているぞ…高級宝石店のだ」
「知らないわけないわ」
「一体、何が入っているの」
「良いから開けてみて」
「「「うん」」」
「これ…」
「ああっエルザは勇ましい女の子だから獅子をデザインに選んだんだ、どう気に入ってくれたかな?」
「気に入らない訳ないだろう、うん凄く綺麗だな」
「私のは天使ですのね」
「マリアは聖女だから天使が良いんじゃんないかと思ってな、どうかな」
「私、こんな高価なプレゼント貰った事ないわ、気に入らない訳はないわよ」
「私のはなんで蛇なの」
「蛇は俺の前世の世界では知識の象徴なんだ、賢いリタに凄く似合うだろう」
「へぇ~そうなんだ…ありがとう」
「プレゼントは良いが何で私達にこれをくれたんだ」
「ああっ、これは大好きな幼馴染へのプレゼントだ」
「私達にくれても…その何もしてあげられないわ」
「私も何も答えてあげられないよ」
少しへこむが…それは解っている。
「ああっ別に良いんだ、見返りなんて期待はしていないからな、ただ覚えておいて欲しい、その為だけに贈ったんだ」
「なんだ、それは?」
「俺という幼馴染が居た…それだけ覚えておいて欲しい…それだけだ」
「おい」
「えっ」
「あの…」
「勘定ならもう済まして置いたからゆっくりしていってくれ…俺は先に行くな」
「「「あっ」」」
まずはこんなもんかな。
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