闘技場の裏 その2

 今日の闘技は終わったはずだった。観客の誰もがそう思っていた。

 

 しかし、司会者に話しかけてきた男は使用人の格好をしていて何かを耳打ちしている。観客も普段とは違う動きに徐々に静まりかえりその様子を伺っていた。


 その使用人は自らの王に使える者であることを明かすと特別な命令があると伝える。


 内容は帝国人と魔獣で闘わせろというものだった。司会者は反対しようとしたが何かが詰まった黒い袋を手渡される。それに満面の笑みで態度を一変させる。


「コホン。えぇ――――皆様。本日は特別にもう一つの演目を急遽、用意させてもらいます―――――」


 司会者が説明するその内容は帝国人が魔獣と戦うという演目である。それを聞いた観客は沸き立った。女剣闘士の闘技を観に来ていた者たちも自分の席に再び戻る。


「おっ! 面白そうじゃないか」

「帝国人が魔獣に喰われる所をみたいわ」


 女剣闘士と少年剣闘士が帰っていった鉄門から数人の帝国人が拘束された状態で出てきた。完全武装した国軍兵士がその周りを固める。


(――――――帝国人がなんで……ここにいるのだろうか……)


 ヨハンネは疑問に思った。囚人にしては年齢層が幅広い。プルクテスと帝国は険悪な関係のため、国交断絶している。それに身の危険を感じ互いの国に住もうと思う人間などいない。―――――では彼らはどこから連れて来られたんだろうか。


 少年はその優しい顔に似合わない顔で、眉を寄せて考え込んだ。


 その間にも闘技は進行する。近くにいた国軍兵士らが帝国人に鉄製の剣を渡し始めたのだ。それを彼が見つめていると、違和感を感じた。


「はっ!?」


 ヨハンネが手すりから身を乗り出した。それほど、彼が驚く光景が目に映ったからである。よく見ようと、身体を乗り出す。それにダマスが反応する。


「バカ! 危ない。落ちたら死ぬぞ」


 ヨハンネの肩に手を置き、強引に手すりから引き離し座らせる。それに謝辞するかと思いきやヨハンネはダマスの胸元を持ち強めな口調で問う。


「なんで、なんで子供まで混じってるんだ!!! ダマスの父上はあんな下劣な事までするのか!!!」


 怒りを覚えた少年は親友を睨みつける。親友に対して殺意を抱いた。ヨハンネの行動にダマスは冷や汗を垂らす。


「お、おいおい……落ち着けよ。親父の運営は表向きで、裏では王が動かしてるだ。あんな茶番もたまにある」


 ダマスは親友をなだめるように答えた。それにはっと我に返ったヨハンネは掴んだ手をゆっくりと離した。肩をすくめて頭を下げる。


「ごめん……」

「いいって。仕方ないさ。あの子には可哀想な思いをさせるがこれも運命だ」


 ヨハンネは何も言わずに黙り込んだ。


(―――――運命? 他人に決められる運命とかあっていいのだろうか)


「それに今更だろ? ここは奴隷大国だぜ」


 それにヨハンネがムッとする。彼の言葉は間違っていない。言い返せないヨハンネは子供のようにすねて彼から視線を反らした。


「まぁ俺たちには無関係から安心しろ」


 それにヨハンネは何も応えなかった。ダマスを一瞥したあと、悔しい顔をする。

 

(―――――――彼らを助けてあげたいけど……もう闘技場に入ってしまえば、勝って帰るか、負けて死体となって帰るかだけだ……)


 ヨハンネは彼らの姿を直視できず、目線を落とした。


(―――――――僕には助ける力は無い)


ヨハンネを横目に、何を悩んでるんだ?、と疑問になりつつもダマスは何気無く目を左に動かせた。予想外の事態に普段は冷静なダマスでも、驚きを隠せない。


「おいおい。マジかよ……」


 目に入った光景にダマスは怒りを覚えた。


「どうしたんの?」

「あれ。見ろよ、左側少し手前の席」


 顎て指差した。左側少し手前の席をヨハンネが目で捜す。すると、とんでもない者がいた。


「ま、まさか、あれジャバ王?」

「あぁ衛兵を引き連れて、観に来やがった。いけすかねぇ野郎だぜ。全く。都合が悪い事や後処理はみ―――んな親父に押し付けやがるんだ。あの帝国人らも裏ルートでここに送られて来たんだろうさ」


 ダマスはふんぞりかえるのであった。国の頂点が自ら観戦しにくるのには必ずしも理由がある。でないとわざわざ、いくつものある闘技場から選んでくることはないのだから。


(―――――――そうか。彼らは……帝国にとって邪魔となった人々なのかもしれない。でも、どうしてここに連れて来る必要があるんだろうか?)


 鉄門から鎖で固められた頑丈な檻が牛車で運ばれて来た。


 ここに居る観客らには見たことがないくらい大きい檻だった。そして全体を黒い布で覆われていて、中の魔獣は見えない。しかし、闘技場が静寂なおかげで魔獣の寝息がかすかに聞こえてくる。

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